IMG_2218



























合の川の政五郎

 

 上州に於ける利根川の最東部に、邑楽郡高嶋村がある。高嶋村は利根川河岸と呼ばれる舟着場があり、陸上交通の街道に見られる宿場とは、何ら変ることのない状態を呈していた。従って、船問屋や船頭、人足達といった回漕業に携う者は、現金流通があり、経済的に潤っていた。利根川淵にある高瀬家は、利根川を上下する舟の権利を持っていて、利根川の回漕問屋をしていた。

 享保年間、初代高瀬仙右衛門は蓄財をして、分限者となり、〝利根川の水が尽きるとも、高瀬の身代は終らない〟と謂われた。浅草観音前に三百坪の土地を買って、その上に石垣を組み、佛像を寄進したり、武州君村始め数カ所に、佛像を寄進した。

 七代目当主仙右衛門の時に、事業に失敗して、村にいられなくなり、高野山に行き、出家して僧になってしまった。

 一子政五郎は、このため、近くの海老瀬村合の川で渡世を張る貸元、合の川の新八に預けられた。合の川の新八は、合の川一家の鼻祖である。新八の家で渡世人としての英才教育を、好むと好まざるに拘わらず受けた政五郎は、性来、喧嘩っ早くて暴れん坊で、胆力もあったので、十五の歳には、一端の兄ぃになっていた。

 渡世人の修業は、旅に出て一宿一飯の義理を受けながら、広い世間に出て、様々な人間に会って、人間として、いや渡世人として、成長するのである。

 政五郎は、若さにものを謂わせて、東海道筋で一家を張っている貸元衆を往訪して、渡世人修業をし、筋金を入れた。

 何年かして、越後長岡の石内村に行き、土地の高橋一家の貸元治助の所に草鞋を脱いだ。

 政五郎は、眉太くして、鼻梁が通り、口を一文字に結ぶと、如何にも漢らしく、身の丈は六尺は優にある。旅中各地で兄弟分や子分を作り、この時は、五人の子分を従えていた。

 政五郎の漢振りに惚れた貸元治助の倅である綱助は、政五郎と盃を交わして、四分六の舎弟になった。親である治助は、それが内心面白くなかったのである。抑(そもそも)、己れの子分達が、政五郎に馴れ親しんでいることが気に入らない。狭量な男である。

 ある日政五郎は、栃尾村の五郎三に用事があり、一人で出掛けて行った。栃尾村に着くと、旅籠に泊り、翌日五郎三に会って用を足すつもりで、酒を徳利に三本ばかり飲んで、微酔気分で蒲団に入った。どれ位眠っていたのであろうか。廊下を何人かが歩く足音に目を覚した。政五郎が傍に置いてある長脇差に手を伸した時である。いきなり障子を開けて入って来た男が、蒲団の上にいる政五郎に斬り付けた。咄嗟に反転して体を躱した政五郎であるが、左の上膊部を斬られた。

「此の野郎!何処の者だ。此の合の川の政五郎の寝込みをかけるたぁ、太ぇ野郎だ!!

 政五郎は三、四転して廊下に転り出た。廊下には男が四人いた。何れも長脇差を抜いている。無手の政五郎は立ち上りざま、男の一人に体当りをくわせ、もう一人を足払いにかけて、忽ち、二人を倒した。次に廊下を走って旅籠の表に躍り出た。五人の男も素早い動きで、政五郎を追って来て、上膊部を斬られて出血している政五郎が、息が上るのを待って取り囲んだ。幾ら卓越した膂力(りょりょく)を持っている政五郎であっても、無手の上、相手が五人、しかも、手負いであっては絶体絶命である。

「くたばれ!」

 政五郎の背後についた男が斬り付けた。政五郎は背中を斬られた。斬られた勢いで地べたに倒れた。と、道の脇に積んである藁束が目に入った。手傷を負っているが、政五郎の胆力は並ではない。藁束を掴むと、それを楯にして、男達の長脇差を禦いだ。正面の男が政五郎に斬り付けた。

「えい!」

 藁束に挟み込んだ長脇差を、政五郎は捻った。男は考えてもいない力が加わったので狼狽えて、長脇差の柄を放した。刹那、地べたに落ちた長脇差を、政五郎は拾って、構えたと同時に、男の右手首を斬り落した。

「痛ぇ!」

と言って、男は政五郎に斬り落されて、無くなった右手首の所を、左手で押えて叫んだ。

 政五郎は長脇差を構え直して、残った四人に言った。

「命の要らねぇ野郎は、掛かって来やがれ!」

 獅子吼した政五郎の気迫に飲まれた男達は、互いに顔を見合わせた。一人が頷くと他の三人も頷き、踵を返すと一目散に逃げて行った。

 政五郎の命を狙った者は政五郎とは面識がない。屹度、一宿一飯の義理のための行為であるか、又は、金で雇われたのに違いはない。政五郎に対して、恨み辛みはないのである。だから、己れの命を捨てるまでのことはないと、考えたのであろう。

 暫くして、騒ぎを知り、近所の百姓が起きて来た。政五郎の傍に寄り、心配そうな面持ちをした。

「でえじょうぶですか?」

「大したことはねぇ。それより、このことを石内村の高橋一家にいる合の川の身内に報せてくだせぇ」

「高橋一家にいる合の川の身内ですね。判りました」

 百姓が反復する声が、何処か遠くで言っているように聞えて、政五郎は、意識が遠退いた。腕と背中から血が大量に流れ出たためである。百姓は政五郎を背負うと、自分の家に運んだ。

 

 翌日、政五郎の急を聞いて、子分の生井の弥兵衛達五人が、政五郎のいる百姓家に駆け付けた。政五郎の気力と体力は半端ではない。百姓に止血を施して貰っただけで、正気に返り、今は蒲団の上に胡坐を組んでいる。

「親分の命を狙った太ぇ野郎は、一体何処の誰なんです?」

 弥兵衛は、眉間に皺を寄せて、政五郎に訊いた。

「判らねぇ。だが渡世人であるのは間違いねぇ。一人の手首を斬り落したから、何れ判るだろうよ」

「親分に手傷を負わせた野郎達は、直ぐにでも殺ります。直ぐに殺らねぇと、合の川一家の名折れになりやす」

 弥兵衛は熱(いき)り立っている。

「弥兵衛。慌てるな、急いては事をし損じると謂うじゃねぇか」

 逸(はや)る弥兵衛を諫めはするが、己れの仇を討つといって熱り立つ弥兵衛達子分を見て、政五郎は内心嬉しくて、目を細めた。

 合の川一家は現在、相の川一家と、合の字を相と変えている。合の川の家名は、初代政五郎の故郷上州邑楽郡海老瀬村合の川に端を発する。

 子分の生井の弥兵衛は、合の川とは渡良瀬遊水池を挟んだ対岸の野州生井村の出身で、後に生井一家を起して初代となった。合の川一家三代目の又五郎とは、飲み分け(五分)の兄弟分である。