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忠次郎の股肱の子分である三ッ木の文蔵は、新田郡世良田村三ッ木で産まれた。子供の頃は母親の生家がある国定村の大山家に預けられた。そこで忠次郎と竹馬の友となった。忠次郎が、百々の紋次の縄張りを受け継いで、国定一家の貸元になった時、同じく忠次郎と竹馬の友であった重兵衛、清五郎と示し合せて、忠次郎の子分になった。文蔵、重兵衛、清五郎は、忠次郎曰く〝義では親分子分だが、情では兄弟だ〟の通り、肝胆相照す莫逆である。

 天保九年(一八三八)飢饉の騒動が収まり、一段落した国定一家に、三月二十八日、世良田の「朝日屋」で大がかりな賭場が開かれるとの、情報がもたらされた。世良田の縄張りは、文蔵が下部屋の貸元として死守している。

「何処の者か知らねぇが、随分舐めた野郎ですぜ。一寸行って、叩っ斬りますか」

 磯沼の改修工事も終り、一年も経っているので、子分達は退屈しているのである。

「俺に渡りも付けず、勝手に縄張り内で博奕をされたんじゃあ、黙っている訳にはいかねぇ」

 文蔵に同調して、忠次郎も世良田で開かれる賭場に行く気でいる。

 円蔵が、忠次郎が世良田の賭場に行くのを察して、心配そうな面持ちをして、忠次郎を諫(いさ)めた。

「親分!待っておくんなさい。日の出の勢いの国定一家の縄張りで、一家に話を通さず賭場を開くのは、死ぬのに等しい。それをやることは、必ず裏になにかゞあると見て好いでしょう。といって、見過す訳にもいきませんから、誰かを行かせて様子を見させたら、どうでしょうか?」

 文蔵は、忠次郎から預かり、死守している縄張り内のことなので、そうゆう訳にはいかない。

「何れにしても、俺が様子を見て参ぇります。寺銭が上っていたら、掠(かす)って来ますぜ」

「文蔵。念には念を入れて要心して行け。円蔵の謂う通り、何かの罠が仕掛けられているかも知れねぇ」

「心配には及びません。朝日屋の女将のお三代(みよ)は好く知っています。それじゃあ行って参ぇりやす」

 忠次郎の眸を見た文蔵の姿は、空っ風の吹き荒ぶ中、養寿寺の先代住職貞幹の、肝の臓の病に効くからとの両親の話を盗み聴いて、文蔵を連れて磯沼に行き、身も凍る水中に入って、蜆(しじみ)を取った時、青洟を垂して付いて来た、幼い頃を思い出させた。

「文蔵!」

「なんでしょうか、親分」

「気を付けて行って来い」

 肯くと文蔵は踵を返して、紫藤洞を出て行った。

 これが、忠次郎との永遠の別れになるとも知らずに……。

 世良田の朝日屋は、祇園で有名な八坂神社の参道入口の西角にある。此処での賭場は、朝日屋を恫喝して抱え込んだ関東取締出役と村役人が仕組んだ、謂わば囮作戦である。 

 この頃、江戸を中心に関八州の治安と警察を担当する、関東取締出役十三人に対しての、不正摘発捜査が、隠密裡に行われていた。職権を乱用した賄賂、飢饉救済のための施金の不正配分、数え上れば枚挙に遑がない。その腐敗で機能は麻痺していたのである。

 従って、関東取締出役のこの囮作戦は、勘定奉行所に対する信用恢復を狙った妙手でもあった。

 忠次郎に注意するように謂われて、要心をしていた文蔵であるが、朝日屋は自分が死守する縄張り内である上に、女将のお三代は幼馴染みである。まさかはないと思っていた。

 朝日屋に着いた文蔵は、賭場の約束事で、賭場の開かれる部屋には長脇差を持たず、丸腰で入ることになっているので、長脇差を階下に預け二階に上り、賭場の隣りの控えの間に入った。控えの間には女将のお三代がいた。

「おう。女将さん、元気かい?」

 幼馴染みである文蔵は、笑いながら挨拶をした。女将は目を伏せて、小さく頷いた。

 文蔵は、おや?と思って、女将の普段とは微妙に違う態度を訝った。

 女将が文蔵にお茶を差し出したので、茶碗を受け取ろうとして、手を差し出すと、女将の手が小刻に震えていた。それを見て全てを悟った文蔵は、小声で女将に言った。

「お三代、ありがとう」

 女将は目で頷くと、街道沿いの障子を、促した。

 障子を打ち破り、屋根に躍り出た文蔵は、地べたに飛び下ると、一目散に木崎方面に向って走った。

「御用だ!」

「御用だ!」

 捕方の威声を後にして、文蔵は走った。正面に二、三十人の捕方がいたが、走ってくる文蔵の気迫に呑まれて、草を分けるように二つに割れ、難なく突き進むことができた。

 大川屋の前に来た文蔵は、後を振り返り、追手を確認した。その時、大川屋の角に潜んでいた五人の捕方が、この時とばかりに、文蔵の足元目掛けて、梯子を突き出した。文蔵は梯子に蹴躓いて転倒した。〝梯子捕り〟という逮捕術である。前のめりに倒れた文蔵の背中には、五人の捕方が一斉に飛び掛った。次に後を追って来た捕方が、次々に折り重なった。こうして文蔵は捕縛されて、木崎の役人宿所の仮牢に入れられた。

 

「何に!文蔵が捕まったと!」

 文蔵の出掛け様、子供の頃、文蔵と二人で磯沼に行って蜆取りをしたことが、唐突に脳裡をよぎったのは、虫が知らせたのだと悟った忠次郎は、文蔵を引き止めなかったことを後悔した。

(この儘では、文蔵は間違いなく獄門だ。何んとしても助けなければならない)

 文蔵が捕縛されたことを聞いて、忠次郎は、赤城山の紫藤洞から、国定一家に帰って来た。

 忠次郎の前には、円蔵、重兵衛、浅次郎、清五郎、沢吉といった、一家の幹部が揃っている。

「何が何んでも、木崎の役人宿所の仮牢にいる文蔵を奪い返すのだ」

 忠次郎は眦を決して、文蔵の奪還を、子分達に告げた。

「親分。在所の上田中村から、兄の金吾が、木崎附近の様子を文で報せてくれました。読んで下せぇ」

 沢吉の差し出した金吾からの文を、忠次郎は読み始めた。金吾の文に拠ると、関東取締出役は、上州一円は疎か武州にまで御触れを出して、村役人を動員して捕方とし、その数は約二百人。更に世良田に近い上田中、下田中、三木、女塚の名主を呼び付けて、嫌がる名主達を恫喝して、忠次郎と子分の捕縛に協力するように申し付けた。と認めてあった。

「重兵衛。子分を全員集めてくれ。一体、何人いるんだ?」

「三百人以上は、今日にでも集まります」

「判った。酉の刻(午後五時)までに子分を全員集めろ。此処にいる者は鉄砲、槍、刀といった喧嘩の道具を用意して、清五郎、久次郎、定之助は、近所の百姓衆に手伝って貰い、炊き出しをして、三百人分のにぎり飯を作れ」

 こうなったら戦争である。

「親分。この戦は後戻りはないんですね」

 円蔵は忠次郎に、念を突くことに拠り、この場にいる幹部達に、臍(ほぞ)を固めさせようとした。

「可愛い子分が、八州の薄汚ねえ罠に嵌っ捕られたのでは、何があっても助けねぇ訳にはいかねえ………。但しだ!八州に無理やり動かされた百姓衆が、俺達の行く手に立ちはだかったら、悔しいが引くしかねぇ。百姓衆に長脇差を向けることはできねぇ」

 文蔵は、何んとしても奪還したい。しかし、百姓衆を犠牲にはできない二律背反の狭間で、忠次郎は、顔には出さぬが、苦しんでいた。

 三百人以上の子分を従えた忠次郎が、文蔵の奪還を目指して、文蔵の生まれ在所の世良田の三ッ木山まで来た時である。関東取締出役に指嗾されたのであろう。百姓達が鐘や太鼓を叩いて、国定一家の前に立ち塞った。二百人はいるだろう。鐘や太鼓の音は勢いがなく、弔鐘のように悲しみを感じさせる。掲げるべき松明も下げているようだ。

 恩人で慈父のごとく慕っている忠次郎に対して、関東取締出役の命令であっても逆らうのが辛いのである。

 前方に立ち塞っている百姓衆を、忿怒の形相で、暫く睨んでいた忠次郎は、やがて慈悲深い佛のように、目を細め微笑を浮べた。

(文蔵。勘弁してくれ。百姓衆を痛め付ける訳にはいかねぇ。況んや、文蔵の生まれ在所の百姓衆だ)

「引き上げる!」

 忠次郎の合図に従い、国定一家三百の子分は、粛々と国定村に引き返した。

 

 紫藤洞に戻った忠次郎は、沢吉に三丁の鉄砲を担がせて、近くの峰の崖の上に立つと、星が燦々と煌めく夜空に向って、続けざまに、鉄砲の引き金を引いた。

「ダーン」「ダーン」「ダーン」

 子を谷に落して、死なせた親獅子が、悲しんで咆哮するように、鉄砲の音は、赤城山の峰々に谺