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再度、山賊や盗賊が跋扈しないようにとの願いから、忠次郎は飢饉で苦しむ百姓衆のために、国定一家の縄張り内の村々に、毎夜、子分を五人一組として、見廻りをさせた。国定一家が山賊の〝鬼辰一党〟を皆殺しにして退治したことは、近在に鳴り響いている上での警備であるので、国定一家の縄張りである、新田郡・佐位郡・伊勢崎藩領といった赤城山の南面では、盗賊、山賊の類がなりを潜め、こそ泥、空き巣狙いまで姿を消した。忠次郎が仕切る縄張り内の領主の支配より、忠次郎の手腕が、卓越している証左である。この現状に、土地の堅気衆は忠次郎を畏敬し、赤城山に足を向けて、寝られないといった。

 このため忠次郎は、縄張り内の村々に、普段、堂々と現われることができた。関東取締出役の廻村時は、代貸の重兵衛が賄賂を掴ませている道案内人から情報を得て、紫藤洞に戻るか、百姓に化けて潜んでいたのである。

 如何にしても、縄張り内の村々の百姓衆が全員、忠次郎の味方であるので心強い。

 しかし、渡世人の世界に於ける仕来たりや、不文律に対する忠次郎の姿勢は、峻厳であった。裏を返せば、堅気衆に対しては、温和そのものであった。渡世人たる者、堅気衆から一物たりとも、物を取ることは許されず、又堅気の子弟が一存で、子分になりたいと謂って来ても、これを認めず、父兄が来て、どうしてもと頼まれゝば、受け容れはするが、賭場への出入は許さず、嫌がりそうな雑役で一日中こき使った。辛さに我慢できず、家に帰りたいと申し出ると、判り易く丁寧に訓誨して、

「どうだ、判ったろう。桑を植え、蚕を育てゝ、真面目に百姓をやれ」

と優しく諭して家に帰した。

 渡世人として、堅気衆との境界を峻別し、渡世人には、鉄の規律を強制して、堅気の世界を渡世人から、守ろうとするのが、忠次郎のやり方である。関東取締出役の虎の威を借りる、二足の草鞋である道案内人とは大違いの、仁侠の世界である。

 

 昨日、円蔵が、鉄砲で仕止めた猪を、円蔵の指導宜しく、定之助がばらして、味噌仕立ての〝おっきりこみ〟の鍋に、猪肉をぶち込んだのを、大振りのお椀によそって、忠次郎・円蔵・清五郎・沢吉・定之助・久次郎の六人が、ふうふう吹きながら喰っている。

「円蔵。猪の肉は旨ぇなぁ…こんなに旨ぇとは知らなかったぜ」

 忠次郎だけでなく、初めて猪肉を喰った四人は、その美味に魂消て舌鼓を打っている。

「俺が修験道の行者をしていた頃、山の中で猪を見付けりゃあ、直ぐに射殺したもんですぜ。荒行で参った躰には、猪肉は滅法効くもんで、行者は、先を争って喰ったもんです」

 円蔵の猪肉の能書に、清五郎や沢吉が頷いている。

「温まるし、好い出汁が出てますね」

 料理番の定之助が、感心して言った。

 円蔵の講釈は続く。

「此の猪肉は不思議なもんで、煮込んで鍋の中の汁が、沸き上っているのに、その肉を喰っても熱くねえし、火傷もしねぇ」

 沢吉が確かめるように、鍋の中の大振りの肉を箸で掴んで、口に頬張った。

「確かだ。こりゃあ不思議だ」

 忠次郎が、にこにこ笑いながら半畳を入れた。

「円蔵。猪は武神摩利支天の眷属じゃあねぇのか?そのご眷属を喰ってしまっては、罰が当り、喧嘩が弱くなってしまぁねぇか?」

「大丈夫ですぜ、親分。猪肉は精が付きますから、千万人と雖も吾れ行かんという気持になれますぜ」

「千万人と雖も吾れ行かんか。円蔵はさすが軍師だ。旨いことを謂いやがる。ワッハッハッハッ……」

「ワッハッハッハッ……」

 親分子分、相和して和やかな雰囲気が、紫藤洞に流れ、笑い声が岩屋に響いていた。

 忠次郎は、養寿寺の貞然を師として学問を学び、現在でも尊敬している。円蔵は十五歳で、法華の寺の小僧として、その後は修験道の行者として最近まで、全国の山岳霊場を廻っていたのである。二人共、佛法とは浅からぬ縁がある。それでいながら、

 ――神佛は敬うが、是れを頼らず

 忠次郎は制吒迦(せいたか)童子の生まれ変り、と信じている貞然が知れば、魂消る程、合理的な考えを、忠次郎も円蔵も持っている。

 これは生と死のぎりぎりの狭間で生きているからこそ、会得できた真理と謂えよう。渡世とは他力本願でなく、自力本願である。

「円蔵、清五郎、沢吉、伴をしろ。今から山を下りて、田部井村の宇右衛門さんの所に行く」

 唐突な忠次郎の言葉に、何故か?と考え、一瞬躊躇した三人は、直ぐに返事をした。

「判りゃした親分」

 

「実は貸元。先達て領主平岩金左衛門様の御用人上之山源兵衛様から、御召しが掛かり、参上しました。源兵衛様が謂うに、領内の磯沼が長い間浚渫(しゅんせつ)していないので、土砂や芥が溜り、灌漑の用を足していないので、百姓が困っているであろう。ついては、磯沼の土砂を浚って浚渫をして、磯沼の周囲を改修して貰いたいとのお言葉でして………」

 田部井村の名主宇右衛門は、偶適、赤城山を下りて来て、家に寄った、忠次郎と円蔵、清五郎、沢吉を自分の部屋に招き入れて言った。

「それは好い処に領主もお気付きだ。磯沼の土浚いをすりゃあ、田畑に水が回る。飢饉も内端で済むだろう」

 宇右衛門の逡巡に気付かず、忠次郎は応じた。

 河川の改修、溜池の整備は、為政者たる領主がなすべきことである。田部井村は代官領であり、領主は平岩金左衛門である。金左衛門が、領地の飢饉の実体をまのあたりにして、磯沼の整備を思い立っての施策であれば、為政者としては合格である。だが源兵衛の話には、裏があった。

「ついては、磯沼改修工事の資金として、金三十五両を先納して貰いたいとのことでした。儂としても、村の状態は痛い程好く解るから、飢饉の実状を事細かに説明して、無理だと断ったのだが、源兵衛様は、何んでかんでとの事なのです。泣く子と地頭には勝てませんが、先納金の件に付いては、一応留保ということで、承知はして戴きました」

 先納金とは、領主が口実をもうけて、年貢を先取りすることである。先納金は翌年の年貢と相殺されて、返済されるのが常識ではあるが、実際に返済されることは稀である。

「貸元。磯沼を工事することは、田部井村だけでなく灌漑用水の下流にある国定村も潤う。儂としては、先納金は出したくないが、磯沼の工事だけはやりたい。何か良い智恵はありませんか?」

「円蔵。智恵を働かせて良い方法を考えてくれ。先納金のことは別として、磯沼の土浚いは、しなければならねぇ」

 円蔵は肯くと、宇右衛門に質問した。

「宇右衛門さん。工事の費用は一体どれ位かゝるかね。大まかで好いから教えてくれ」

「工事請負師の金五郎に訊かないと判らないが、人足の日当は、一人一日二百文と、相場が決っている。取り敢えず、金五郎を明日呼んで、見積りをさせてみましょう」

「一体全体、何人の人夫が必要なんです?宇右衛門さん」

 円蔵は、人足の溜りには、必ず博奕ができるのを知っている。賭場を開いて寺銭を上げれば、工事費用の足しになるのではないかと考えた。

「親分。人足が集まれば、必ず博奕が始まります。そこで、国定一家で賭場を開いて、寺銭を上げて工事の費用に回せば、工事の費用の問題は解決します」

「…………」

 忠次郎が返事をしないでいる。円蔵の考えは、合理的であり、納得はできるが、釈然としないのである。

「大きい事業を成し遂げようとする者は、些細なことに拘らず事を行うと謂いますぜ、親分」

 ──大行は細謹を顧みず

 円蔵の意とする処を酌んで、忠次郎は決心をした。

「好いだろう。円蔵、やってみろ!」

 国定村から、代貸の重兵衛を呼んで、一家の全財産を持って来させた処、十七両しか無かった。飢饉に際して、窮民に一家の全財産を投げ出して、施米、施金をしてしまったので、金は無いのである。

 十七両を宇右衛門に預け、後日、手付金として請負師の金五郎に渡して貰うことゝして、賭場での上りは、逐一、宇右衛門に届けて、人足の日当にすることにした。

 磯沼の改修工事を、忠次郎の肝煎りで行うことが、近在の村々に知れ渡り、百人集まれば十分であるのに、二百人以上の人足が集まった。忠次郎の肝煎りで施行される、磯沼の改修工事に参加することが、己れの誇りでもあるかのように……。

 現場の近くには、飯屋や飲屋の仮設の店が建った。人足相手の賭場は、小銭を張り取りするので、捗(はか)は行かぬが、昼となく夜となく、取っ替え、引っ替え、人足が入り浸り、倦くことはないから、賭場は繁盛して、円蔵が予想していた以上に、寺銭が上った。賭場の死守を任されている板割の浅次郎は、毎日五両、七両の金を、宇右衛門の所に届けた。

 忠次郎は、赤城山中で猪を鉄砲で撃たせ、猪肉を人足の溜場に届けさせた。最初は躊躇の色を隠さず、敬遠していた人足達も〝おっきりこみ〟と一緒に煮込んだ物を口にして、その旨さに魂消て、忠次郎からの猪肉の差し入れを、待つようになった。

 案ずるより産むが易し。磯沼の工事は、僅か三カ月余りで終った。

 天保八年(一八三七)赤城山の大沼の近くにある覚満淵(かくまんぷち)に、水芭蕉の白い花が咲く初夏であった。