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 忠次郎達が潜んでいる、赤城の滝沢不動尊の岩屋の近くを流れる粕川渓流は、水面が凍っていて、その下を水が流れている。辺りの岩蔭や木々の蔭には、まだ雪が残っている。

 岩屋の中では、忠次郎・円蔵・清五郎・久次郎・定之助・沢吉(この時は沢五郎であったが、紛らわしくなるので、沢吉に統一した)の六人が、忠次郎を中心にして、焚火を囲んでいる。円蔵は物事を良く知っているので、忠次郎の相談相手として、沢吉は腕が立つ上に、状況判断が的確で、気が利くので、忠次郎の警備と身の周りの世話、定之助は食料の調達と炊事、久次郎は伝令、清五郎は、沢吉、定之助、久次郎を采配した。

 飢饉になって暫くすると、上州各地で破落戸や博徒崩れが糾合して、徒党を組んで「世直し」や「打ち毀し」と呼ばれる暴動を起した。特に上州は酷く、天下に人なしといった傍若無人振りの暴行があって、各地で質屋、名主、大地主、商店が、斬り込み強盗や放火、掠奪、破壊に拠り、大きな被害を受けていた。中でも凄まじいのが〝鬼辰〟の異名で畏れられた一党の残虐さである。

 鬼辰一党は、女子供であっても、容赦なく斬り捨て、最近では、国定一家の縄張り内まで荒し、百姓衆の娘を拐して、赤城山の紫藤洞に連れ込んで、ほしいまゝに狼藉を働いていた。

 最近までは、赤城山の鈴ヶ嶽の岩屋に、手下三十人と籠っていて、渋川、前橋方面を荒し回っていたが、現在は、忠次郎達のいる滝沢不動尊の岩屋から程近い、深沢川沿いの紫藤洞に移ったという。

 縄張り内を、鬼辰に跋扈され、百姓衆の娘を拐して狼藉を働き、女子供でも容赦なく斬り捨てると聞いた忠次郎は、足元から湧き上るような憤りを感じた。

「舐めた野郎ですぜ、親分。今から乗っ込んで行って、全員、叩っ斬りやしょう」

 飢饉の窮民に対して、施米、施金をしてから数カ月経過していて、岩屋に籠ったまゝであるため、退屈している清五郎は、久次郎が持ち帰った重兵衛からの報告を傍で聞いて、渡りに舟とばかりに言った。

「この飢饉で堅気衆が苦しんでいる時、俺の縄張り内に、山賊がのさばっていたんじゃあ、堅気衆は二重の苦を味わっているだろう。退治しねぇ訳にはいかねぇ。義を見てせざるは勇なきなりだ!」

 ――義を見てせざるは勇なきなり

 円蔵は、忠次郎の覚悟が判った。

 焚火の炎が、忠次郎の眸に真紅に映っている。口元は微笑を浮べているが、その眼は不動明王の憤怒のようである。

「先ず、里から腕の立つ子分を、何人か呼んで下さい。五人もいれば好いでしょうぜ。此処にいる人数と合わせりゃ、十人です。腕の立つ者が十人いりゃあ、山賊が三十人であろうと、鬼辰とめぼしい野郎を叩っ斬れば、後は烏合の衆だから、逃げ出すでしょうぜ」

「円蔵!何人か叩っ斬るだけじゃ甘ぇぜ。三十いりゃあ、全員を叩っ斬ってこそ、同じような山賊がのさばらねえことに繋がるってもんだ。山賊退治に情容赦はいらねぇ」

 焚火の炎が、真紅に映った眸を宙に据えて、忠次郎は円蔵だけでなく、この場にいる子分全員に言った。

 一罰百戒。〝鬼辰〟一党を全員叩っ斬ることに拠り、賊徒の跋扈を阻止する考えで忠次郎はいた。

「久次郎。直ぐに山を下りて、重兵衛に伝えてくれ。文蔵、浅次郎、才市、安五郎、秀吉の五人を、明日の午の刻(正午)頃までに、此処へ来させろと…」

 忠次郎の命令を受けた久次郎は、取るものも取り敢えず、雪の残る杣道(そまみち)を、国定村に向って一目散に走って行った。

 

 翌日午の刻、滝沢不動尊の岩屋には、文蔵、浅次郎、才市、安五郎、秀吉といった、国定一家の腕利きで暴れん坊達が集合した。これに円蔵、清五郎、定之助、久次郎を加えて、九人である。沢吉は忠次郎と共に此処に残り、紫藤洞には行かず、事の首尾を待つとされた。円蔵、文蔵、浅次郎が相談して、親分を危い場面に出せないとして決めたのである。

「俺らぁ行くぜ。行って〝鬼辰〟がどんな野郎か?篤と拝んでやる」

 忠次郎に謂れると、子分達は誰も止めることができない。

「親分。それじゃあ、一緒に紫藤に行って下せぇ。そして後に控えていて、俺達の働きを見守って下せぇ」

 文蔵は、忠次郎に頼んだ。忠次郎としても、子分達の気持は十分判っているのである。

「判った」

 一言口にすると、忠次郎は微笑んだ。

「それでは、酉の刻(午後五時)に此処を出て、紫藤洞に行くことゝします。多分、奴等は酒でも喰って騒いでいるでしょうぜ」

 円蔵は、忠次郎に言った。

 酉の刻、杣道の所々に残る雪を、さく、さくさくと踏んで、国定一家の暴れん坊達は、紫藤洞に向った。紫藤洞の近くに来ると、岩屋の奥から、山賊達の笑い声と、嬌声が聞えてきた。女がいるに違いない。

「女がいるようですぜ」

 文蔵が、どうしたら好いかといった面持ちをして、忠次郎に尋ねた。

「可哀相に、拐された娘達だろう。自分の命を守るため、好きでもねぇ山賊に媚びているのだろう。先ず最初に、娘達を助け出してやれ。娘達に山賊を叩っ斬る場面は、見せるんじゃあねぇ」

 悪には強く鬼になりきれるが、弱い者に対しては、飽く迄優しい忠次郎は、国定一家に拠る山賊斬殺の場面を、まのあたりにして、娘達に精神的な傷が残らぬよう配慮した。清五郎、定之助、久次郎の三人を、娘を救出する係とした。

 紫藤洞の前に、全員が揃ったのを確認して、忠次郎は顎をしゃくった。

 文蔵、浅次郎、沢吉が先陣を切り、紫藤洞に乗り込むと、我れ遅れまじと、他の子分が続いた。全員が乗っ込んだ後、忠次郎は紫藤洞の入口に、両腕を組んで仁王立ちになった。円蔵が片膝を着いて傍に控えた。

 近くの深沢川から運んできたのであろう。一抱えもある石を並べて、一間四方の大きい囲炉裏が組んであり、榾(ほた)が焼()べられている。周囲には酒に酔った山賊達が、娘達を横に侍らせて、黄色い歯を見せて、下卑た笑いを浮べ、娘の乳や尻を弄っている。

 突然、乗り込んで来て、一党の前に躍り出た文蔵、浅次郎、沢吉を見て、囲炉裏の中央に座って、娘を両脇に侍らせていた、相撲取りのように図体の大きい、丸顔で虎鬚を生やした男が、虎のように咆哮した。

「野郎共!賊だ!!腹熟しに叩っ斬れ!」

 山賊が忠次郎達を、賊と謂うのだから面白い。この男が鬼辰であると見て、文蔵は長脇差を抜いて切っ先を向けた。

 山賊達は、それぞれに己れの得物である武器を取るため、囲炉裏の周囲から立った。その隙を見て、娘達は文蔵、浅次郎、沢吉の背後に走り寄った。そこには、清五郎、定之助、久次郎の三人がいた。

「これで全員か?」

 清五郎の言葉に、娘達が頷いた。拐されていた娘は六人である。

 娘達を素早く誘導した清五郎達が、紫藤洞の入口に向って行くのを確認した文蔵、浅次郎、沢吉とその他の子分は、それぞれの相手を選んで、斬り込んで行った。

 鬼辰を護るように、五、六人の手下が、鬼辰の周囲を固めた。文蔵が鬼辰を斬るつもりでいるようである。

 浅次郎と沢吉は、瞬く間に五、六人を叩っ斬った。見ると文蔵が、鬼辰を岩屋の奥に追い込んでいる。刀を振り回してはいるが、鬼辰は剣の心得は全くないようである。文蔵の優勢は明らかである。酒を喰っている上に、急に動いたので、鬼辰は直に疲れて、動作が怠慢になった。相撲取りのように太っているので、心臓への負担もかなりあるようだ。劣勢となり、後退する鬼辰を追詰めた文蔵は、此処ぞとばかりに長脇差を大上段に構えた。

(南無三……)

 鬼辰が思った刹那、文蔵が水気を含む岩に足を取られ滑った。仰向けに転倒して、腰を強(したた)かに打った文蔵が、長脇差を構えて立ち上ろうとした時、鬼辰は隙を見て、刀を水平に構えて心臓を目掛けて突進した。鬼辰は、殺ったと思った。浅次郎は、文蔵が殺られたと思った。瞬間、鬼辰の首が宙に舞った。斬られた首の大動脈から、血飛沫が上った。どさ!地に落ちた鬼辰の首は、この状況で己れが斬られた摩訶不思議を表わしていた。

「文蔵兄ぃ!怪我はありませんでしたか?」

 鬼辰の着物の袖で、長脇差に付着した血糊を拭くと、真白い歯を見せて沢吉が笑った。

「沢吉。ありがとうよ、礼をいうぜ」

 文蔵は、絶体絶命の窮地を救ってくれた沢吉に感謝した。背中には、冷汗が流れていた。

(沢吉は凄腕だ……)

 国定一家の暴れん坊達の活躍に拠り、鬼辰一党の山賊は、粗方(あらかた)叩っ斬られて絶命した。命が助かったのは三人である。忠次郎の前に引き出された山賊は、頻りに命乞いをしている。忠次郎は、山賊を睨め付け、不敵な嗤いを浮べている。

 沢吉は山賊の背後に回ると、髻を掴み、仰向けに倒して、腹の上に右足を乗せて山賊の動きを止め、ゆっくりと心臓に長脇差を貫いた。命乞いをして騒ぐのを、気にも留めないで、二人目…三人目と……。

 一家を統率する親分たる者は、時には非情に徹しなければならぬ場合がある。それを何んの躊躇もなく実行できる沢吉に、忠次郎は、渡世人の親分として、端倪すべからざる資質があるのを看破した。

(俺の跡目を継ぐことができるのは、沢吉だろう……)

「親分!奥に米俵が積んであります。長持ちの中には、小判や金目の物がかなり入っておりやす」

 秀吉の声を聞いて、岩屋の奥に行くと、何んと米が三十俵、小判が百五十両、金銀の装飾品が数えきれぬ程、長持ちに詰っていた。酒も四斗樽が幾つかある。全て山賊が強奪してきた品物である。

 忠次郎は、会心の笑みを浮べて指図した。

「直ちに、国定村の名主の又兵衛さんと、田部井村の宇右衛門さんに報せてくれ。この米や金銀を飢饉で喘ぐ百姓衆に配って貰えば好い。百姓衆が喜んでくれるだろう」

 円蔵の指揮に拠り、山賊達の屍体を深沢川の崖へ放り込んだ。岩屋の内部を水で洗い流して、修羅場の痕跡を消した。

 翌日、百姓衆を引き連れた又兵衛と宇右衛門が、米俵と金銀を運び出した後、忠次郎は、滝沢不動尊の岩屋から、紫藤洞に移った。

 

 再度、山賊や盗賊が跋扈しないようにとの願いから、忠次郎は飢饉で苦しむ百姓衆のために、国定一家の縄張り内の村々に、毎夜、子分を五人一組として、見廻りをさせた。国定一家が山賊の〝鬼辰一党〟を皆殺しにして退治したことは、近在に鳴り響いている上での警備であるので、国定一家の縄張りである、新田郡・佐位郡・伊勢崎藩領といった赤城山の南面では、盗賊、山賊の類がなりを潜め、こそ泥、空き巣狙いまで姿を消した。忠次郎が仕切る縄張り内の領主の支配より、忠次郎の手腕が、卓越している証左である。この現状に、土地の堅気衆は忠次郎を畏敬し、赤城山に足を向けて、寝られないといった。

 このため忠次郎は、縄張り内の村々に、普段、堂々と現われることができた。関東取締出役の廻村時は、代貸の重兵衛が賄賂を掴ませている道案内人から情報を得て、紫藤洞に戻るか、百姓に化けて潜んでいたのである。

 如何にしても、縄張り内の村々の百姓衆が全員、忠次郎の味方であるので心強い。

 しかし、渡世人の世界に於ける仕来たりや、不文律に対する忠次郎の姿勢は、峻厳であった。裏を返せば、堅気衆に対しては、温和そのものであった。渡世人たる者、堅気衆から一物たりとも、物を取ることは許されず、又堅気の子弟が一存で、子分になりたいと謂って来ても、これを認めず、父兄が来て、どうしてもと頼まれゝば、受け容れはするが、賭場への出入は許さず、嫌がりそうな雑役で一日中こき使った。辛さに我慢できず、家に帰りたいと申し出ると、判り易く丁寧に訓誨して、

「どうだ、判ったろう。桑を植え、蚕を育てゝ、真面目に百姓をやれ」

と優しく諭して家に帰した。

 渡世人として、堅気衆との境界を峻別し、渡世人には、鉄の規律を強制して、堅気の世界を渡世人から、守ろうとするのが、忠次郎のやり方である。関東取締出役の虎の威を借りる、二足の草鞋である道案内人とは大違いの、仁侠の世界である。

 

 昨日、円蔵が、鉄砲で仕止めた猪を、円蔵の指導宜しく、定之助がばらして、味噌仕立ての〝おっきりこみ〟の鍋に、猪肉をぶち込んだのを、大振りのお椀によそって、忠次郎・円蔵・清五郎・沢吉・定之助・久次郎の六人が、ふうふう吹きながら喰っている。

「円蔵。猪の肉は旨ぇなぁ…こんなに旨ぇとは知らなかったぜ」

 忠次郎だけでなく、初めて猪肉を喰った四人は、その美味に魂消て舌鼓を打っている。

「俺が修験道の行者をしていた頃、山の中で猪を見付けりゃあ、直ぐに射殺したもんですぜ。荒行で参った躰には、猪肉は滅法効くもんで、行者は、先を争って喰ったもんです」

 円蔵の猪肉の能書に、清五郎や沢吉が頷いている。

「温まるし、好い出汁が出てますね」

 料理番の定之助が、感心して言った。

 円蔵の講釈は続く。

「此の猪肉は不思議なもんで、煮込んで鍋の中の汁が、沸き上っているのに、その肉を喰っても熱くねえし、火傷もしねぇ」

 沢吉が確かめるように、鍋の中の大振りの肉を箸で掴んで、口に頬張った。

「確かだ。こりゃあ不思議だ」

 忠次郎が、にこにこ笑いながら半畳を入れた。

「円蔵。猪は武神摩利支天の眷属じゃあねぇのか?そのご眷属を喰ってしまっては、罰が当り、喧嘩が弱くなってしまぁねぇか?」

「大丈夫ですぜ、親分。猪肉は精が付きますから、千万人と雖も吾れ行かんという気持になれますぜ」

「千万人と雖も吾れ行かんか。円蔵はさすが軍師だ。旨いことを謂いやがる。ワッハッハッハッ……」

「ワッハッハッハッ……」

 親分子分、相和して和やかな雰囲気が、紫藤洞に流れ、笑い声が岩屋に響いていた。

 忠次郎は、養寿寺の貞然を師として学問を学び、現在でも尊敬している。円蔵は十五歳で、法華の寺の小僧として、その後は修験道の行者として最近まで、全国の山岳霊場を廻っていたのである。二人共、佛法とは浅からぬ縁がある。それでいながら、

 ――神佛は敬うが、是れを頼らず

 忠次郎は制吒迦(せいたか)童子の生まれ変り、と信じている貞然が知れば、魂消る程、合理的な考えを、忠次郎も円蔵も持っている。

 これは生と死のぎりぎりの狭間で生きているからこそ、会得できた真理と謂えよう。渡世とは他力本願でなく、自力本願である。

「円蔵、清五郎、沢吉、伴をしろ。今から山を下りて、田部井村の宇右衛門さんの所に行く」

 唐突な忠次郎の言葉に、何故か?と考え、一瞬躊躇した三人は、直ぐに返事をした。

「判りゃした親分」

 

「実は貸元。先達て領主平岩金左衛門様の御用人上之山源兵衛様から、御召しが掛かり、参上しました。源兵衛様が謂うに、領内の磯沼が長い間浚渫(しゅんせつ)していないので、土砂や芥が溜り、灌漑の用を足していないので、百姓が困っているであろう。ついては、磯沼の土砂を浚って浚渫をして、磯沼の周囲を改修して貰いたいとのお言葉でして………」

 田部井村の名主宇右衛門は、偶適、赤城山を下りて来て、家に寄った、忠次郎と円蔵、清五郎、沢吉を自分の部屋に招き入れて言った。

「それは好い処に領主もお気付きだ。磯沼の土浚いをすりゃあ、田畑に水が回る。飢饉も内端で済むだろう」

 宇右衛門の逡巡に気付かず、忠次郎は応じた。

 河川の改修、溜池の整備は、為政者たる領主がなすべきことである。田部井村は代官領であり、領主は平岩金左衛門である。金左衛門が、領地の飢饉の実体をまのあたりにして、磯沼の整備を思い立っての施策であれば、為政者としては合格である。だが源兵衛の話には、裏があった。

「ついては、磯沼改修工事の資金として、金三十五両を先納して貰いたいとのことでした。儂としても、村の状態は痛い程好く解るから、飢饉の実状を事細かに説明して、無理だと断ったのだが、源兵衛様は、何んでかんでとの事なのです。泣く子と地頭には勝てませんが、先納金の件に付いては、一応留保ということで、承知はして戴きました」

 先納金とは、領主が口実をもうけて、年貢を先取りすることである。先納金は翌年の年貢と相殺されて、返済されるのが常識ではあるが、実際に返済されることは稀である。

「貸元。磯沼を工事することは、田部井村だけでなく灌漑用水の下流にある国定村も潤う。儂としては、先納金は出したくないが、磯沼の工事だけはやりたい。何か良い智恵はありませんか?」

「円蔵。智恵を働かせて良い方法を考えてくれ。先納金のことは別として、磯沼の土浚いは、しなければならねぇ」

 円蔵は肯くと、宇右衛門に質問した。

「宇右衛門さん。工事の費用は一体どれ位かゝるかね。大まかで好いから教えてくれ」

「工事請負師の金五郎に訊かないと判らないが、人足の日当は、一人一日二百文と、相場が決っている。取り敢えず、金五郎を明日呼んで、見積りをさせてみましょう」

「一体全体、何人の人夫が必要なんです?宇右衛門さん」

 円蔵は、人足の溜りには、必ず博奕ができるのを知っている。賭場を開いて寺銭を上げれば、工事費用の足しになるのではないかと考えた。

「親分。人足が集まれば、必ず博奕が始まります。そこで、国定一家で賭場を開いて、寺銭を上げて工事の費用に回せば、工事の費用の問題は解決します」

「…………」

 忠次郎が返事をしないでいる。円蔵の考えは、合理的であり、納得はできるが、釈然としないのである。

「大きい事業を成し遂げようとする者は、些細なことに拘らず事を行うと謂いますぜ、親分」

 ──大行は細謹を顧みず

 円蔵の意とする処を酌んで、忠次郎は決心をした。

「好いだろう。円蔵、やってみろ!」

 国定村から、代貸の重兵衛を呼んで、一家の全財産を持って来させた処、十七両しか無かった。飢饉に際して、窮民に一家の全財産を投げ出して、施米、施金をしてしまったので、金は無いのである。

 十七両を宇右衛門に預け、後日、手付金として請負師の金五郎に渡して貰うことゝして、賭場での上りは、逐一、宇右衛門に届けて、人足の日当にすることにした。

 磯沼の改修工事を、忠次郎の肝煎りで行うことが、近在の村々に知れ渡り、百人集まれば十分であるのに、二百人以上の人足が集まった。忠次郎の肝煎りで施行される、磯沼の改修工事に参加することが、己れの誇りでもあるかのように……。

 現場の近くには、飯屋や飲屋の仮設の店が建った。人足相手の賭場は、小銭を張り取りするので、捗(はか)は行かぬが、昼となく夜となく、取っ替え、引っ替え、人足が入り浸り、倦くことはないから、賭場は繁盛して、円蔵が予想していた以上に、寺銭が上った。賭場の死守を任されている板割の浅次郎は、毎日五両、七両の金を、宇右衛門の所に届けた。

 忠次郎は、赤城山中で猪を鉄砲で撃たせ、猪肉を人足の溜場に届けさせた。最初は躊躇の色を隠さず、敬遠していた人足達も〝おっきりこみ〟と一緒に煮込んだ物を口にして、その旨さに魂消て、忠次郎からの猪肉の差し入れを、待つようになった。

 案ずるより産むが易し。磯沼の工事は、僅か三カ月余りで終った。