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Cancun(カンクン)

カンクンで宿泊するホテルは『ザ・リッツカールトン・カンクン』である。バハマからカンクンは、ジェット機では指呼の間である。バハマではリンカーン・コンチィネンタルのリムジンであったが、『ザ。リッツカールトン・カンクン』ではキャデラックのリムジンで迎えに来た。リッツの洗練された部屋に案内されて、ゴルフウェアに着かえると私・本部長・近藤総長の三人は彼のグレック・ノーマンが設計をした『Moon Palace(ムーンパレス)に急いで行った。会長にゴルフに行きますと、挨拶をすると会長は笑いながら言った。

「お前達も好きだねー」

「では行ってきます」

と言いホテルのリムジンに乗り『Moon Palace』ゴルフ場に行った。

いつも通り賭けゴルフに興じていると突然雨が降ってきた。キャディーのアミーゴは、椰子の葉陰で少し休んで入ればすぐに止むと言ったが、勝負に熱くなっている三人が、スコールが来てもプレイを止める事は無かった。全身びしょ濡れに成ってしまったが、スコールは直ぐに止んで太陽の日差しが強烈なので十分もしない内に濡れたウエアは乾いてしまった。ゴルフを終えてホテルに帰るとジョージ・ダワチーノが付けてくれたボディーガードのチャーリーが、会長に話しをした。

「メキシコにロス・セデスと言う組織があります。そこのカンクンのボスが稲川の会長に敬意を表したいと言って来ています。その為に今日のディナーを招待したいと言っているのですが、如何でしょうか」

Good. I go」(私は行く)

会長も大分英語に慣れてきたと思った。尤も会長は東海大学を出ているのだから、この様な簡単な会話は出来て当たり前である。好奇心がヤクザは皆強い。夕食の時間が来るのを楽しみにして、私達は約束の時間に成るのを待った。約束の時間は五時である。直ぐに五時になり、会長始め側近の者と通訳三人を連れて、リッツの最上階にあるレストランに行った。

メキシコのヤクザ、いやギャングは洗練されている。

日本では他組織を招待する時に、親分共々、店の前へ出て出迎えるのが通常である。メキシコではレストランの前に、タキシードを着たロス・セデスの若い者がホテルの従業員の振りをしてさりげなく出迎えた。会長はロス・セデスのボスの席へ通訳と共に座った。私と本部長・近藤総長は窓際の席に三人で座った既に、テーブルに置いて有るワインは『ロマンネコンテ』であり、ガラス張りのレストランから、黄昏のカリブの海は幻想的な色をして人を感動させずにはいない様相を示していた。海を三人で眺めながら自然に本部長の口から、呟くような言葉が出た。

「好いなーまるで映画の世界だ…」

その内、レストランに置いて有るピアノが、ゴッドファーザー愛のテーマの曲を弾きはじめた。私達の感動は最高点に達していた。私達を招待したボスは洗練されていて、レストランの従業員と思えるタキシードを着て居るものは全員配下の者であった。

約二時間の時は、瞬く間に過ぎ会長とロス・セデスのボスが握手をしてディナーは終わった。レストランから出て通路に飾ってある花台の前で記念撮影をした時、会長が皆に教えるように話した。

「人を招待する時はあのように、自然体で接対するべきだ。家も今後真似をするべきだ」

「そうですね。然し、雰囲気もよかったです。」

本部長はそう言った。今でもアルバムを見えるとこの時に写した写真があるが、しばらく眺めているとこの時代のこの日に、タイムトラベルしてしまい妙な錯覚をしてしまう。それ程、メキシコのロス・セデスのボスが、招待をしたディナーは忘れる事がない思い出として私の心に刻まれている。私たち三人は毎日二ランドもゴルフをして、熾烈で卑劣な戦いをしていた。

カンクンの『Moon Palace』ゴルフクラブは、海に面しているコースが多くイグアナが浜辺には何十匹も甲羅干しをしている姿を見た。日本ではお目にかかれない風景である。何日目の何ホールであったかは忘れてしまったが、多分最終ホールのロングであったと思う。それは力を入れ過ぎ私が力一杯ティーショットをしたからである。きっとプッシュが掛っていたのだろう。ボールは大きくフックして左のリュウゼツランが、多く植えてある場所辺りに落ちた。ボールを見つけるために私がリュウゼツランを掻き分けて探していると動いているものがいる。

(なんだろう…)

持っていたセカンドをスイングするためのアイアンで突いてみた。意外と大きい手ごたえがした。今度はアイアンを振り上げて引っ叩いてみた。するとワニの様な全身と怖い顔をしたイグアナがいた。イグアナと言う動物がどのような性格をしているのはが解らなかったので、慌てて今度は思い切りアイアンを振り上げて打ち下ろした。イグアナは低く変な声を出して私に向って威嚇をしてきた。

「本部長。近藤さん。イグアナが出たよ、こっちへ来て見てくれよー」

二人は慌てて私の傍に来た。イグアナを見て本部長が第一声を放った。

「おいッ、これは中谷にそっくりじゃねーか。それにしても、酷い顔をしているねー」

近藤総長はイグアナの顔が可笑しいのか、本部長の言った言葉が面白いのか解からないが、高笑いをした。何時もは、うふふと笑う近藤氏が、高笑いをしたので本部長も私もまた驚いた。イグアナを見るとまだ威嚇をしていたので、もう一度アイアンを振り上げ思い切り叩いたら、素早く踵を返して、すたこらさっさとリュウゼツランが茂っている中に逃げて行った。印象の残ることはこれ位で後は、カンクンの海の美しさとリッツカールトンはさすが五つ星のホテルであるという事だけだった。そして、街中にお土産を買いに行った時、宝石店がありエメラルドが非常に安いという事と宝石店を経営しているのは、コロンビアの麻薬組織であると店に勤務している店員から聞いた。コロンビアでコカインを密売して、金を得ると今度は宝石店を経営するのは、コロンビアのギャングたちの決まりきった人生のコースであるようだ。カンクンではゴルフで勝っていたから、お土産も二百万円近く買う事が出来た。大きなバックを買い。お土産を全部入れて日本の家に送った。

(いつ頃家に着くのだろう…)

 

 

Acapulco(アカプルコ)

日本とアカプリコの歴史は古い。一六一三年伊達正宗の家臣支倉常長が、伊達政宗の密命を帯びて渡欧し、ローマでパウロ五世法皇に謁見して、日本の伊達家に援軍を送ることを願い出るために太平洋を越えて初めてついたところが、アカプリコである。支倉はアカプリコに何年間か滞在していた。それを証明するようにアカプリコには「ゾウリ・カマ」と言う言葉が残っている。私たちが、宿泊したホテルは太平洋に面した『ザ・フェモンテ・プリンセス』である。ホテルの建物がマヤ時代のピラミットの形を模している変わった建造物である。ホテルに到着すると会長が、今日の予定を自らの口で言った。

「この度の旅行も、このアカプリコで終わる。皆ご苦労さん。今日はそう言った意味で外で食事をして、面白いものを見せてやる。楽しみにしていろよ」

夕方に成ると皆は、それぞれにお洒落をして、ジャケットを着用してきた。私はベルサーチのベージュの麻の上下の中に黒いティーシャツを着こんだ。そしてジャケットと同じ色のバックスキンのメッシュの靴を素足の儘履いた。

このホテルは今までのホテルとは違いリムジンでも送り迎えは無く、高級大型バスで移動をした。

とにかく、アカプリコの夜景は凄い。延々と長い海岸線を繋ぐネオンの光は天までも届くような気がした。香港の夜景が百万ドルならアカプリコの夜景は一千万ドルの夜景だ。誰しも見たことがない夜景に眼を奪われて、バスの窓から無言のまま夜景に酔っていた。三十分位すると元砲台が有った場所である様なレストランに着いた。オープンレストランである。既に、ソンブレロを被り、ギターやウクレレを抱えたメキシコのコーラスグループが待っていた。シャンパンを空けワインを飲みダンスを踊った。

チャーター機の添乗員である女性三人も機長とサブの機長を交え五人が会長に招待されてきていた。メキシコの音楽をラテンミュージックと言うのだろうか、五人で奏でる裏哀しそうな声とギターとウクレレの混在した音に、ワインの酔いが特別な好い気分を醸しだし、ここは日本ではない事が良く解った。

Who will sing?」(誰か歌ってくれないか)

すると本部長が出て行きあの日本では名曲であり、昔から謳われている『ベサメムーチョ』をコーラスグープにリクエストをした。皆が喜んで万雷の拍手が夜のアカプリコの空に響いた。拍手が止むとおもむろにマイクを片手に持ち『ベサメムーチョ』をスペイン語で歌いだした。驚いたのは会長始め私達だけではなかった。元々信心深く毎日お経を唱えている本部長である。低くうら悲しい声で、しかもスペイン語で最後まで謳い終わった時は、メキシコ人までが感動して、一瞬は拍手をするのを忘れてしまった。それに気が付いた会長は、自ら拍手をすると皆、正気に戻り拍手をしてため息を漏らした。コーラスグループは次にアルゼンチンタンゴを引き語り奏でた。

「皆、踊れよ。遠慮はいらない」

会長のそのひと言で、何人か踊りだした。私はタンゴはあまりやった事はないので踊らないでいた。タンゴが終わると今度はジルバに変わった。ジルバは若い頃銀座の「ACB」に通って騒いでいる頃に、ロックンロールと共に何時も踊っていたので踊ろうと考えて思ったら、チャーター機の添乗員の女性が私の手を取った「ノウ」と言おうとしたら会長が言った。

「踊ってやれ」

「はいっ」

添乗員に手を取られたまま踊りだしたら、添乗員の女性の雰囲気が普通ではない。身体をグイグイ押し付けてくる。

(この人は俺が好きなのか…)

余り身体を押し付けられるのも、不自然で有るからなるべく体を離し踊り終えた。踊り終わった時に私の口にキッスをした。それを見ていた会長他、全員が結婚式でやるような拍手をした。指笛を鳴らして冷やかしているものもいた。恥ずかしいから、真面目な顔をして会長の所に行き挨拶をした。

「有難うございます」

「おいっ、あの女お前に惚れているぞ」

「親分、からかわないでください」

と言った時に通訳が来た。

「彼女が髙田さんに、ベサメムーチョだと伝えてと言ってます」

「ふざけるんじゃねーぞ」

「会長、失礼をいたしました」

早々とその場を去るに如かずと考えて、自分の席に戻った。

すると直ぐに金髪の添乗員は、ワイングラスを片手に私の隣りの席に座った。私もかなりワインを飲んでいるので彼女が話している英語が全く理解できず。適当に合槌をうち、面倒くさいから当時、腕に捲いていた数珠のブレスレットを指さして、俺は僧侶だから女性に触れる事が出来ないと言った。それでもパーティーが終わるまで私の席にいた。帰りのバスで隣りに座られたら、もうどうしょうもないと思い最後列に行こうとしたら腕を掴まれて自分が座っている隣に座るように引体を引かれた。

金髪で素敵な雰囲気を持っている魅力的な女性であるが、アメリカ人の女性はこんなに積極的にでるのかと認識する事が出来た。彼女は私たちと別なホテルに泊まっていて、バスを降りる時も私の手を引いた。この様な事が有ったので、外国に行き女に持てたのは、高ちゃんだけだと言われるようになってしまった。

何が原因であるか翌日のゴルフでは本部長に一億円負けてしまった。この時点で私はゴルフの賭けをこの旅行ではやらないと誓った。メキシコに来てからと言うものは毎晩、テキーラを飲んでいた。本場のテキーラである。まずい物はない。日本の枡酒の様に塩やレモンを親指と人差し指元に置いて、それを舐めながら、飲むのである。ロシアのウオトカとは違いスカッとして、何時までも身体に残らないところが好きである。夜になりホテルのバーで、マフィアのアンダーボスでもあるボディーガードをしてくれているチャーリーと簡単な言葉を交わしながら、飲むマルガリータは口当たりが良く時間が経つと、何杯飲んだのかが解らない程、飲んでしまう。

然し何杯飲んでも私は心から酔えなかった。

(一億の負けを如何して返したらよいのだろう…)

まるっきり、当てがないわけではないが、私よりゴルフの腕は下であると思っている本部長に負けたことが悔しい。傍に秘書室室長である大山健太郎氏がいたので、ホテルの外のダウンタウンへ遊びに行くことを誘った。

「ダウンタウンに行きたいのですが、一緒に行きますか?」

大山氏は驚いた様な顔をした。

「ダウンタウンに入っては駄目だと通訳から、言われているだろう。あんな、やばい所に俺は行けないよ」

「大山さんも根性がねーナ」

マルガリータが、効いているので先輩に失礼な事を言った。大山氏はこれ以上、私の所にいると何を言われるかと思ったのか、その場を去った。

「お休み高ちゃん」

誰かいないかと思い周りを見たら誰もいなかった。

(やばい所と言うのなら俺一人で行って見ようじゃないか…)

ホテルの前に止まり、客待ちをしているタクシーを呼んで私は言った。

Go downtown」(ダウンタウンに行け)

タクシーの運転手は驚いたような顔をした。そして直ぐには車を発信する気配がなかった。

苛立って私はもう一度同じことを繰り返した。

Go downtown

運転手は頷くと意を決したように、昔日本に有った中型車の様なぼろい車のアクセルを踏みだした。

 

 

A heart and heart(心と心)

『ザ・フエアモント・アカプリコ・プリンセスホテル』はアカプリコの町から離れた所にある。左手に海岸線があり、一千万ドルの夜景がいやでも目に付くのを放心状態でタクシーの後部座席で私は眺めていた。

(ダウンタウンと言う所はどうゆう所だろう。一般人が行ってはいけないと言われている場所だから、きっと面白い事があるだろう…)

その様な思いでいる内に、ダウンタウンに着いたので運転手が聞いた。

What kind of shop do you go to?」(どのような店に行くのですか)

An interesting place is good anywhere」(面白い所ならどこでも好い)

するとネオンが派手で、きらきら光っている店の前に止まった。

適当のメキシコドルを呉れたやり、タクシーから下りると店の前に五人の三十代くらいの男たちがいた。良く見ると二人は腰のベルトに拳銃を挟んでいる。

(おっ、これはやばいかな? まあいいや何とかなる…)

タクシーから降りた私の近くに、兄貴分らしい男が来た。良く見ると腕にチンケな刺青を入れている。とっさに私は男の腕の刺青を指さした。

The same. Same」(同じだ。同じだ)

自分のジャケットの袖をまくった。途端に男は手を出して握手を求めてきた。

It is necessary for brothers woman」(兄弟女でも必要か)

Does this shop have a woman?」(この店は女がいるのか?)

There are a lot of good women」(良い女がたくさんいる)

「オッケーサンキュー」

私はメキシコドルをポケットから出し彼らに呉れてやった。私自身幾らであるか分からない。彼らが嬉しそうに、微笑み、店の中まで案内をしてくれたのだから、かなり高額のメキシコドルを遣ったのだろう。

(どんな国でもどんなものでも、軽蔑や奢り高ぶったりしないで、心と心で接すれば、相通じるものがあるのだな…)

店の中は中央に舞台がり、一本のステンレスのパイプが天井と舞台の床に繋がっていた。水の様なメキシカンビールを注文して、舞台の中央前に座り、ビールを飲みながら、踊り子が腰をくねらせて踊るのを見ていた。

選り抜かれた女性であろう。どれを見ても日本的表現で申し訳ないが、いずれ菖蒲か杜若である。

そして一人の踊り子が踊り終わると、店の左端の天井に作られている全面ガラス張りのシャワールームでソープを全身につけて洗うのである。

お客は舞台とそれを見て興奮するシステムであるのだ。

(上手いやり方をしている。日本でこのやり方をすれば儲かるだろう…)

大分酔ったので、この辺でダウンタウン探検は止めて帰ろうとして、店を出ようとすると店に入る時にいた用心棒の様な者が近づいてきた。

Was there the woman who liked it?」(気に入った女がいたか)

Because I bring a friend tomorrow whenthere is a good woman, I ask then」(いい女がいる。明日友人を連れてくるからその時は頼むぞ)

I understood it. An elder brother.」(解かりました兄貴)

タクシーに乗ると私は寝てしまった。ホテルに着いてエレベーターに乗り、自分の部屋に着き面倒くさいが、シャワーを浴びて裸のまま眠りに着いた。

『ザ・フエアモンテト・アカプリコ・プリンセスホテル』の朝は早い。屋外にある日本で言うよしず張りのような馬鹿でかい建物の中で、宿泊客が全員バイキング方式で食事をするのである。そのざわめきの中を一人で歩いて行くと近藤総長が、一人で食事をしていた。傍に行き昨夜のダウンタウンの事を話すと言った。

「そんなの面白い店があるなら、俺も連れて行ってくれ、今夜行こう」

「行って見ましょう」

こうして近藤総長と今夜、ダウンタウンに行く約束をした。違う秘書仲間を近藤総長が誘ったようだが、ダウンタウンと聞くと皆、尻ごみをした。その晩、近藤総長と店に行くと用心棒が、昨日と同じにいた。

今度は向こうから声をかけてきた。

Is it the friend of the elder brother? Ifthere is a favorite woman, please talk to me.」(兄貴の友人ですか。好みの女性がいたら話してください)

I ask then」(その時は頼む)

そして、店に近藤総長と入っていった。ビールを飲みながら踊り子の踊るのをと言うより、体を見ていたのであるが、最初に出てきて踊っている踊り子が、気に入ったと近藤さんが言った。

「あの子いいね。高ちゃん」

私は店のドアの内側にいる彼らの一人を呼んだ。英語を話すのが、面倒くさいので踊っている踊る子を指さして、日本語で言った。

「俺の友人があの女性が、好みだと言っている何とかしてくれ」

解かったような解からないような顔をして、大きく頷くと指でオッケーの形を示した。

「近藤さん。オッケーですよ」

近藤さんは既に、次に踊っている踊り子に眼を付けていた。

「高ちゃん。この女もいいね」

「だけど、今頼んで又すぐ換えるという事は、こいつらだって仁義があるのではないかい」

「構うことはないよ。何人でも連れて行ってしまおう」

こんな調子で最後には、五人の踊り子をガタガタの中古車のタクシーに乗せてホテルに連れて行ったのだから、この時のことは近藤総長が瞑目した今も、近藤総長のスケールの大きさを思わずにはいられない。中古車のタクシーの運転手と私・近藤総長・踊り子五人合計八人が、ウィンドウガラスに顔を押し付け、私や近藤総長の膝の上に乗り、何とかしてホテルに着いた。

通常一流のホテルは、外から来た女性は入れない。二人ともそれを知っている。

「近藤さんどうする。ホテルに入れるのに、何か名案はないかい」

「入り口が二つあるだろう。ホテルのボーイは夜一人しか入り口にいないからいない方の入り口の近くに、髙ちゃんが女と降りて澄ましていて呉れれば、俺がボーイの方に行き日本語で何か言って、時間を稼ぐから、その隙に女を全員ホテルに入れ直に、エレベーターに乗せてしまえばオッケイだ」

近藤総長の作戦通りやったら上手くいった。そして、近藤総長は私に言った。

「もう旅行に来てから、二六日も経っている皆、寂しいだろうから女を配当してやろう」

これは面白いと私は思った。

「それでは俺が、皆の部屋に女性を連れて行きますよ」

「そうしてくれないか。俺はこの女を連れて行くよ」

そうして、夜中にも拘らず私は、同僚たちの部屋に女姓たちを連れて回った。先ず、大場一家山崎総長の部屋のドアをノックした。

「誰だよ。こんな夜中に、煩いぞ」

ドアを開けて女性の顔を見ると皆、同じような事を言った。

「高ちゃん有難う。旅に出てもう二六日だよ。この事俺は忘れないよ」

アカプリコの夜は更けていったようだ。

 

この章もまだまだ書くことはあるがこの辺で終わらせる。この編では男と男とのふれあいは、言葉を越えて繋がるものである事を書きたかった。どのような社会でもお互いに憎しみ合っている者同士は、心の中に憎しみと言う厄介な者が育っているので、この根を抜かない限り、本当の交際や心と心で通じ合う事は無理である。人間は、いや生きとし生きるものは、全部大自然の子供である。だから差別や地位や名誉があるからと言っても、大自然から見れば芥子粒の様な存在である事に気が付いてもらいたい。渡世人・ヤクザ・暴力団・その他、差別の対象に成っている者が多くいる。差別される者、差別する者、大宇宙から見たら、全部大自然に生かされている同じ者ではないか。私は人間に差別があるとすれば、心の位置つまり如何に高い境涯に成っているかであると考えている。

好い事も長く続かない。悪い事も長続きはしない。稲川会会長秘書と成り、調子づいた訳ではないが、私のやることが天には気に入らなかった様である。東京に入る時も江南町の家の帰った時も、毎晩ワインを一本以上は空けていた。その為、肝硬変に成り、同級生が院長をしている深谷市の『武蔵野病院』に入院することになってしまった。院長は松村嘉夫と言う酒が原因で、離婚したばかりの先生で勤務が終わり、夜に成ると僕の病室まで迎えに来て自宅に誘い二人でビールを五・六本空けるのが日課に成った。このままでは、肝硬変で入院している体が可笑しくなってしまう程であったので、『先生俺は肝臓が悪くて入院しているのが解かっているだろうか』と言うと『俺が付いているから大丈夫だ』と言って豪快に笑って済ませる先生であった。

この事一つをとっても『天に唾を吐く』状態であったに違いがない。天の怒りは激しくて到頭、平成十年八月三十一日警視庁の愛宕署から、逮捕状を持った捜査官が来た。容疑は「銃砲刀剣類不法所持」と逮捕状に記されていた。

然し、院長である松村先生は医師としての矜持を以て、僕の身柄を警察に渡さなかった。その様な院長の義侠心に対して僕は、身に覚えがない冤罪でもあるので、その日から五十八日間ご飯を食べずにハンガーストライキを遣った。