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瓢箪から駒

八木田一家の跡目は三年も経過しているのに未だ決まらなかった。両代行が仲の良い兄弟分であるという事にも原因はあるが。最大の原因は境の叔父御の跡目問題に対する容喙である。今になり当時の叔父御の側近に聞くと小谷野一郞と韮塚英雄のどっちが、総長に成りたいが為多くの金を持ってくるか、秤にかけていたとの事である。八木田一家中の組長たちは、中々跡目が決まらない事と境の叔父御が跡目問題に容喙して、それを一言も反論できない両代行に愛想を尽かしてしまっていた。

 八木田一家跡目騒動を表徴するかの様な台風が過ぎ去った台風一過、上州藤岡は、雲一つ無い秋空の清々しい日であった。

これから韮塚組の事務所で小谷野・韮塚代行が、跡目について最終的な話し合いをするというので八木田一家全組長に言われて私が立ち会う事に成った。事務所の応接間で二人の代行が、向き合っているのに肝心である次の八木田一家総長は『俺が成る』とも『俺にさせろ』とか具体的な話は一時間向い合っていても無かった。私はこの二人は何を忖度しているのかと考えてしまった。

(餓鬼の不良の頃から、共に生活をして部屋住みまで一緒にした中である。もっと気楽に言いたいことを言えば良いじゃないか…)

処が、それがために遠慮をしあい、はっきりしたことが言えないように見えた。この様子では私が喝を入れる必要があると考えた。

「二人共、何時までも跡目を決めないでいると世間に笑われてしまいますよ。はっきり言いますが、この私も稲川会の直参ですから、跡目に成る資格はありますから」

二人共驚いた顔をして私を睨んだ。

「そんなことを急に言い出して、何を考えているのだ」

小谷野代行は不思議そうな顔をした。韮塚代行は更に、自信がありそうに決定的な事を言った。

「それじゃ、本部に行き全組長の意見を聞き、多数決で決めればいいじゃねーか」

不肖不精小谷野代行も首肯して、三人は藤岡の韮塚組事務所を出た。三十分もしない内に、三人のベンツは、八木田一家本部に着いた。私は本部責任者である鎌塚に事の経緯を説明した。

「境の叔父御辺りに、邪魔をされて、いつまでも跡目が決まらねーのじゃしょーがねーから、そうした方がいい。組長連中は全員集まっているぜ」

八木田一家組長全員が本部の二階に上がり、それぞれの席に着いた。正面に右から小谷野代行・韮塚代行そして私が座り、清水組組長・須永組組長・井桁組組長・秋元組組長・が取り囲むように座り、議事進行を事務所責任者である。鎌塚が執りおこなった。

「ここに三人の稲川会直参である組長がいる。この三人の中から次期八木田一家総長を選ぶとしたら誰にするか、皆、忌憚のない意見を言ってくれ」

「先ず、小谷野代行が総長に相応しいと思っている者は手を上げてくれ」

尽かさず秋元組長が手を上げた。そしてゴリラの様な顔をして、周りを見渡したが誰も手を上げていないので躊躇った。

「次は韮塚代行が良いと思う者は手を上げてくれ」

秋元組長を除いて皆、お互いの顔を見合わせていた。

「最後は、高田組長が、総長に相応しいと思うものは手を上げてくれ」

清水・須永・井桁・鎌塚・全ての組長が勢いよく手を上げた。

「はいっ、どうやら髙田組長に決まった様ですが、皆さん決まった以上、境の叔父御が何と言って来ても跳ね返すようにしてください」

(このような事を青天の霹靂というのだろう。それにしてもこれから大変だな…)

私は正座をして、両代行の方を向き一礼してからひと言挨拶をした。

「お見届けの通り、次期総長は全組長の意志により私に決まりました。この上は不肖私、先代の名を恥ずかしめない様に精進努力を致し、渡世を執って行く所存でございます。宜しく先輩として御指導願います。付いては両代行につきましては八木田一家最高顧問として、一家に残り後輩の指導をして頂けるとありがたいと思っていますが、如何なものでしょう」

二人は不貞腐れた様な顔をして同時に応えた。

「一応この事は境の叔父御に、報告をしなければ成らない。電話を掛けるぞ」

電話を小谷野代行が持って、私が多数決で総長に決まったという事を告げると電話機を通して叔父御のどなる声が聞こえた。

「なにー髙田が総長だと寝惚けたことを言っているんじゃねーぞ。全員直ぐに俺の家に来い」

私は理屈に成らない理屈を言って、人を言い含める叔父御の性格を良く知って、この際は行って毅然とした態度で言うべき事は、はっきり言ってこようと思った。全員が車に乗り境に着くと、両代行と私鎌塚の四人が『坂東会館』と言う名がついている大きな建物の応接に通された。他の組長は全員広間に入れられた。応接に入ると叔父御は大声を放った。

「高田、好く考えろよ。お前は俺の家から養子に行った者だ、そのお前が兄貴のところの跡目に成るという事は可笑しいのではないか」

自分の都合で私を上州田中一家から身一つで追い出しておいて叔父御は勝手な事を言い出した。

「全組長に推されて決まった事ですから、叔父御が容喙するべきことではないですよ」

「なにーてめー、俺を舐めているのか」

「私は叔父御を舐めてなんかいませんよ。決まった事は貫くしかないでしょう」

「それじゃ、今まで八木田一家でやって来て苦労をしてきた小谷野・韮塚の立場は如何するのだ」

「ヤクザを遣っていて、親分の為にと遣っている者は多くいます。白を黒と言われてもやるのがヤクザです。私はそのように思っていますが、如何でしょうか」

「暫く合わないでいたら、随分屁理屈が上手くなったな。だがよ、理屈じゃねーのもこの渡世だぞ」

「叔父御、何て言っても、八木田一家の皆で決めた事ですから、余計な口出しはしないでください」

「おめーも随分偉く成ったな。俺に講釈をたれるようになった。高田、今回だけは我慢をしろ。総裁だって我慢という言葉を座右の銘にしているじゃないか」

「叔父御と話をしていると諄くて、頭が可笑しくなってしまいます。この際だからはっきり申します。私は八木田一家八代目に決まりました。そこにいる元代行は最高顧問として一家に残って貰う事も承諾を得ました」

「何を言っているのだ。この二人が承知できないと言って俺の所に来たのだ」

どうせ口から出まかせを言っているのだと思ったから、私は舌鋒鋭く言葉を吐いた。

「いったん決まった事を覆すようでは、ヤクザの総長としての資質に疑問符が付く、口から吐いた事は必ず実行するのがヤクザそして男ではないか」

「気取った事を言いやがる。おめーは俺に渡世の事を能書くつもりか」

「そんな僭越な気持ちは、これぽっちも無いですよ。ヤクザでなくとも約束を守ったり自分で言ったことを守るのは、常識ではありませんか、信義を守る信義を守ってこそヤクザの総長としてやって行けるのでしょう」

「信義だと、ふざけるんじゃねーよ。そんな言葉を振り廻して、何に成るお前ーだって直参になり、信義など守っていたら、この世知辛いヤクザ渡世でやって行けない事は先刻承知じゃねーか」

この様な馬鹿馬鹿しい話が延々と一晩中続いた。時々叔父御は席を立ち坂東会館から出て行き家の中に入ると又出てきた。

(あっ、やっているな。こんな事をやっている人と話をしていてもきりがない。第一正気ではないのだから…)

「叔父御、俺はもう眠くてどうしょうもないですから、この話はいずれまた後でしましょう」

「そうか。でもよー、この話は今日中に、はっきりしなければ駄目な話だ」

余程、薬をやっている人とは話は出来ないと言ってやりたかった。

「もう、十時間以上話をしているのです。私は体が持ちませんから帰ります。鎌塚、一度決めたことを境の叔父御に話して、元に戻そうというケチな考えの代行たちとはこれ以上話が出来ないから帰ろう」

鎌塚は八木田一家大澤三金吾の股肱の臣、同様な男で大澤三金吾が八木田一家を継承した時からいる長老でもあり、上州田中一家の大澤孝次総長を愚連隊の時は兄貴と呼んでいた仲でもあるから、大澤孝次総長の気性も好く解っている。

従って、私が『これ以上話が出来ないから帰ろう』と言った事に同調してくれた。そして、こう言った。

「上にいる組長たちも寝てはいないのだから、連れて帰りますよ」

叔父御が何か言ったら、噛みつきそうな顔をして威嚇心丸出しで言った。

(鎌兄ぃも俺が総長に成ることを望んでいる。叔父御にこの様な口を聴くのを始めてみた。腹をくくっているな…)

 

 

三代目会長の温情

この頃、熱海の会長宅には週に二・三回お邪魔をしていた。その事が境の叔父御には気に成ると見えて、熱海に行く同僚たちに電話をして私の動静をチェックしていた。更に、奥の手を使ってきた。三代目会長の実の父親であり稲川会の稲川聖城総裁に手を回したのである。手土産を用意させ、その手土産を持参し八町堀に当時住んでいた総裁の所に行ったのである。

挨拶を済ませると総裁が言った。

「孝次何かやって貰いたいことがあるのか?」

ここぞとばかりに叔父御は総裁に頼み込んだ。

「実は私の兄貴の八木田一家の跡目が、まだ決まりません。本来ならもっと早く決めるべきでしたが、髙田という男がいまして自分が跡目に成りたくてごねているのです。元々、家にいた男ですが、性格が悪いので八木田に養子に出した者です」

叔父御の話を聞いていた総裁は微笑を浮かべると口を開いた。

「髙田は俺もよく知っている何度も平塚のレイクウットでゴルフをプレーしている姿を見ているし礼儀も正しい。まして、あんなに思い切りが良いショットをする奴だから気性は良いに違いない」

叔父御は総裁の言葉を聞きこれはまずいと思った。だがここまで来て下がる事は出来ない。もうひと踏ん張りであると考えて応えた。

「総裁、御願いがあります。この大澤孝次の今までの御奉公に免じて小谷野一朗を八木田一家八代目に推薦してください」

暫く、腕を組んで考えていた総裁は、意を決したように言った。

「孝次解かった。心配するな。髙田には八木田一家の跡目は我慢しろと三代目から言わせておく」

叔父御はガマガエルの様に這い蹲って、畳に額を付け総裁にお礼を言った。この様にして、私が知らないところで、境の叔父御が裏面工作をしたのである。この事は後日、総裁の家で部屋住をしていた前橋大前田一家の若い者が、小田建夫総長に報告をして、私が小田建夫総長から聞いたのである。喜び勇んで上州に帰ると叔父御は、八木田一家の組長全員と鎌塚を集めて偉そうに宣言した。

「総裁の言うことだから、皆ヨーク聞いてくれ。八木田一家の八代目は小谷野一郞で決まった。この事に異存がある奴は、処分を覚悟で能書きを言うのだな」

(しまった。ヤクザの政治でやられた。でも俺は諦めない…)

「鎌塚。こんな田舎猿芝居の様な事をされても、信じる事ができねーよ。俺は帰るからあんたは如何する」

「高田、俺は付いて行くぜ。アンタの行く所へは何処までも」

「俺も行くぜ。高田!」

声がした方を見ると小谷野組代行をしている岩楯静雄が立ち上がった。

私も驚いたが、境の叔父御も驚いたようである。

「静雄、気でも狂ったのではねーか」

岩楯は何時も通り、微笑を絶やさず叔父御に向かい口を開いた。

「家の組長が跡目と決まれば、俺の用事は終わったものと同じです。俺はこの人が好きでなった兄弟ではないのです。御存じのように私は熊谷の相之川一家の富本五佐男の代行をしていましたが、富本が破門と成り行く所がない時に、先代に言われて、小谷野の兄貴につけられた訳です。先代の言った事を守ってきて、もう先代はいないのですから、自由にさせて下さい」

「静雄の馬鹿野郎! これから小谷野が、一家を継ぎ何とかやって行こうと思っている時にその言い様はなんだ」

境の叔父御が熱くなると、なにを遣りだすか解からない。この辺が潮時と考えて私は立ち上がった。

「帰ろうぜ。鎌塚」

同時に岩楯も立ち上がった。他の組長や代行たちは叔父御の正気沙汰で無い目つきに射竦まれて立ち上がることができなかった。

境からの帰りは、私のベンツに乗り鎌塚・岩楯の三人で今後の意志を確認しながら帰った。

「俺はどうしても境が決めるという事に納得が出来ない。引くに引けない気持ちだよ」

「俺は今日から、あんたのことを兄貴と呼ばせてもらうよ。承知をしてくれ」

若い頃から、立てる意味において兄貴と呼んでいた人に、今度は兄貴と呼んでもらう事のヤクザの不思議さを感じながら、車の中で煙草をふかしていると今度は岩楯が鎌塚と同じことを言い出した。

「今まで静雄さん静雄さんと立ててくれて有難う。幾ら死んだ落合が俺の兄弟分であったとしても、他のヤクザには出来ない事だ。俺は組長が本当のヤクザになると若い頃から思っていた。この際だから鎌兄いと同じく俺も舎弟にしてくれ」

「何だかむず痒い事であるが、これからのこともあるから、団結をしなければ成らない。だが、今まで通り鎌兄い・静雄さんと呼ばせてくれないか」

二人共、暫く、考えていてこんな言葉を吐いた。

「山口組が三代目を田岡さんに決めた時、安原さんが、田岡さんと銭湯に行き背中を流して『あの安原に背中を流させているのは誰だ』と思わせたように俺は兄貴に遣りたい」

この話を聞き中国の漢の時代の皇帝の後を決める時に、後継者として有利ではない方の者が賢者を両端に置いて朝廷に出て行き本来なら跡目と決まって後継者を『ああっ、既に、鳳凰の両翼が生えてしまった』と言ってあきらめさせたという故事を思い出した。善後策を三人と髙田組の代行の遠藤や相談役の千葉を交えて話し合った。遠藤は殺気立った顔をして言ってはならない事と私が考えている事を口に出した。

「境の叔父御を殺ってしまいましょうか」

「止めろ! やったら終わりだ。両方破門に成る」

稲川会がこの中で一番長い岩楯が遠藤を諫めた。このような事が有って三日程したら、稲川会三代目会長から熱海に出てきてゴルフを遣る様にとの電話が掛って来た。西熱海ゴルフ場で、ハーフランドが終わり、食事をしているときに会長が言った。

「髙田、悔しいと思うが、八木田は諦めろ。その内、お前に合っている様な一家を探して跡目に必ず据えるから、辛抱してくれ。俺も総裁には逆らう事が出来ない」

「会長。御心配をかけまして申し訳ありません。良く解りました今日後、八木田の事は忘れます」

「よしっ、解かった。今度の役員の改選ではお前を俺の秘書にするから承知しておれ」

会長のその言葉を聞き私は、何て思いやりがある会長だと思った。

(この会長の傍にいられるなら、一家の総長になんか成らなくてもよい…)