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高校へ行くのを止める

平成十一年、川越拘置所の病舎の前に植えてある八重桜がちらほら咲き始めた。朝夕の寒さは肝硬変で寝ている身には身に染みる。夕食後『良寛詩集』を紐解き蒲団に仰向けになり読み味わっていた。

 確かこの様な詩であったと思う。

 

夜の夢は総て是れ妄にして

一も持論すべきなし

其の夢の時に当って

宛として目前にあり

夢を以て今日を推すに

今日も亦復然たり

 

 意味を要約すると夜見る夢はみんな虚妄ばかり、何一つあげつらう値打ちはない。しかし、その夢を見ている最中は、情景がありありと眼前にある。さて、こういう夢を今の現実に当てはめてみると、この現実もやはり同じようなものなのだ。

 私は良寛様が好きだから、時にふれ良寛の詩を詠んで気持ちを楽にさせ、リラックスしていたのである。丁度、午後六時である。独房のスピーカーからNHKのニュースが流れた。

「本日、午前九時頃、埼玉県深谷市上柴東・深谷運輸倉庫で社長の杉山修一さんが、倅である島村芳雄さんに、頭からガソリンを撒かれてライターで引火され死亡、倅の芳雄さんも病院に運ばれて、重体です」

 愚連隊の時は舎弟で私がやくざになった時は、子分であったのが島村芳雄である。良寛詩集を投げ出して島村の事を考えた。

(シマの馬鹿やろう…)

島村は昭和二十三年生まれで、「岡野菓子店」を営んでいた岡野の家の近くの裏長屋に住んでいた。蛭川新道を挟んで福田勉の家があった。

深谷中学校の時は番長をしていて卒業をして直ぐに、傷害罪で茨城農芸学園という中等少年院に送られて満期出所して「箔」を付けて還ってきた。

 私は高校を退学された訳ではなく在籍はしていたが、一年生で剣道初段であり、県大会があって三年生に交じって団体戦に出場し私だけが勝つという結果と成り、残念で仕方ない所に来て忘れもしない。本庄市の桜澤運送の倅達三年生が、部活に遅れたという事から、竹刀を三本横に並べその上に正座を一時間させたのである。

(こんな奴らを相手にできないや、止めてやる…)

 三度、同じシゴキを受けた時に、学校に行かない決心をした。三年にもなり初段も取れず、県大会では負け、こんな弱い奴らにシゴキを受ける謂れはない。剣道を続けるのには家の近くの道場でも警察の道場でもできる。

元々、勉強がやりたくて高校へ来たのではない。剣道がやりたくて来たのである。それに、こんな弱い奴らを相手にしても剣道は強くならない。もう、此の高校へはきない。と決めたのである。

 こうした経緯があり私は、不良仲間を集めて本当の愚連隊になったのである。

 本庄高校の入学式の朝、深谷から本庄高校へ通い始めたのは七人位であったと思う。新入生という期待と不安を胸に描いて電車の中で一塊になり話をしていた。

 と、いきなり橋幸夫が「潮来傘」でヒットを飛ばして流行りだしていた「潮来刈り」をした学ランの襟を標準より高くした本庄高校の先輩らしき者が近寄ってきた。

「お前が深谷の髙田か? 俺は本校の番長の門倉だ。面倒を見てやるからな」

 私は中学生の時から喧嘩に明け暮れていたが、バックに人がいるからとして、喧嘩をしたことがない。第一バックを出そうにもバックがいないのである。その時の門倉が、愚連隊と成ってから岡野と深谷の駅で屯していたら電車から降りてきた。この際だから学生である時と学生では無い今の違いを見せてやろうと考えて、改札口で門倉を呼び止めた。

「おいっ、面を貸してくれねーか、お前には借りがあった筈だぜ」

 駅の横にある便所に連れて行った。

「入学式の時に面倒を見てやると言いながら、パー券ばかりおっ付けられていたのではやっていられなかったぜ」

 門倉は私が学校に行ってないのを知っていたのか、態度は大きくなく殆ど気を付けの姿勢で小声で囁いた。

「す・い・ま・せ・ん。勘弁してください」

 現役の本庄高校の番長である。喧嘩を仕掛けてくると思っていた私は、門倉の不甲斐なさにがっかりして、こんな者を相手にすると笑われてしまうと思った。

「てめ―は、根性がねーのに、デカイ面をするのじゃねーよ、今後、この辺りでデカイ面をしているのを見たら、焼きを入れてやるからな」

「はいっ、分かりました。今後気を付けます」

「解ったら、とっとと消え失せろ!」

 高校時代番長と言われた者は多くいるが、門倉の様にはったりだけで威張っていた者が殆どであった。

 本庄高校時代の話をもう一つだけ紹介しよう。

 放課後と成り部活も終わり本庄駅から電車に乗り、深谷から通学していた仲間と電車の中でお喋りをしていたら、直ぐ傍に白いダボシャツを着て、茶色の毛糸の腹巻をした三十歳位のヤクザ者がいた。ヤクザはいきなり私達に、因縁をつけてきた。

「この餓鬼、誰だ! 俺の雪駄を踏んだのは」

 私は踏んだ覚えが無いので黙っていた。同級生も怖いからであろう何も言わなかった。やくざ者は、業を煮やしたように、ぎょろりとした目の玉を大きくして怒った。

「誰でもいいから、踏んだ俺の雪駄を早く拭け!」

 同級生はお互いの顔を見合わせ、もじもじしていた。私は決断した。

(俺はこのヤクザ者の雪駄を踏んだ覚えがないが、拭けというのなら、俺が拭くか…)

「俺が拭きますから、雪駄を貸してください」

やくざ者は雪駄を私に渡した。雪駄を拭いているのを見ているヤクザ者の眼を逸らさず私は見ていた。ズボンのホケットから、白いハンカチを出して指に絡めて拭いた。

 私はこの様な理不尽な屈辱を受けるのが大嫌いである。この屈辱は何時か返してやると思った。

 

八年後、私は上州田中一家事務所責任者に成っていた。この頃は、m上州田中一家の総長が四十歳前後で叡智と蛮勇で北関東を席捲する勢いで渡世に邁進していて、活気があり他の組の吸収合併を繰り返していたのである。

 埼玉県本庄市に越後源清田分家石川一家があり、親分は石川作次郎といい、実子分の蓮実康雄という者がいた。何十人もの若い者を引き連れて本庄市はおろか藤岡市迄、牛耳っていた。

 ある日、私と岡野の兄貴分である落合輝好が、頬の刀傷を上下にびくつかせながら、コルトガバーメント四十五口径を渡した。

「本庄の七本木の近くのアパートに蓮見という野郎がいるから行って、引っ攫ってこい」

 落合輝好は十七歳で印旛少年院へ送られ、住吉会に居た金子幸一氏達と不良の仲間でも伝説に成っている『印旛少年院の暴動』の主犯で刑期が五年増え川越少年刑務所に移され、今度は、川越の担当をハサミで刺し七年の刑期を打たれ、府中刑務所に押送され出所したのは二十九歳の時である。

 だから、切れやすい風天として、近隣では恐怖を抱かない者は居なかった。

「兄貴。蓮実を攫って来るだけで好いのですか」

「ハジキを横っ腹に、お付けてやれば蓮実辺りは大人しくなる。四の、五の言ったら、腿でも弾いてやれ」

「分かりました」

 私と岡野は車に乗り本庄市の蓮実の住んでいるアパートを見つけた。

「夜分すいません。こちらは蓮実さんのお宅でしょうか」

 岡野が猫撫で声を出して、ドアをコンコンと叩いた。部屋の中から物音が聞こえた。きっと、蓮実はいるのだろう。腰に差してあるコルトガバーメントを静かに抜き装填をして、ドア側の壁伝いに体を横にして、部屋からは見えない様にして私は身構えた。

「おーう、誰でーい。この時間によー」

 蓮見がドアから半身出した時に、コルトガバーメントの銃口を蓮見の脇腹に押し付けた。蓮見は驚くと共に直ぐに冷静になり石川一家のナンバーツーの威厳を取り戻した。

「俺に何の用だい」

「上州田中一家の者だ」

 そのひと言で蓮実は、全てを悟ったように黙って付いて来た。行き先は、総長が入院をしている熊谷市の山崎外科である。部屋の前で待っていた落合の兄貴に、蓮見の身柄を預けると落合が言った。

「ご苦労さん。どうだこの野郎の根性は?」

「好い根性はしているのではないのですか」

 その後、どのような話がおこなわれたかは聞いていないが、蓮実が、上州田中一家蓮実組組長になった事は確かな事である。その一番の舎弟で代行が、盤上勝太郎と言って私が本庄高校へ通っていた時に、電車の中で私に雪駄を拭かせた男である。その時から、盤上は私の事を「兄貴」と呼ぶ様になった。やくざ社会は昨日の兄貴分が今日は舎弟に成ることが、往々にしてある。やくざ渡世の摩訶不思議である。

 

 

女を寝取ったマボー

 埼玉県深谷市で彫師をしている彫福は、血を見る商売である。お客が来て稼ぐと直ぐに岡部の場外舟券売り場に行き勝負をしてしまうという評判の男である。競艇がない時は麻雀屋に入りびたりで手先が器用なので、悪さをしている様である。私の友人で彫福と同級生である萩原は、彫福がこの様な生活をしていると終わってしまうと何時も心配をしている。

 然し、彫福の様に勝負の世界に流されて行く者の末路は決まっているのである。彫師としてもっと真剣に仕事に精を出して貰いたいものである。彫福の本名は福田勉である。 私・岡野・萩原とは子供の頃から悪餓鬼仲間である。私とは家も近所であり中学時代は同じ剣道部であった。剣道も私が誘ったのである。小柄で動きが速く独楽鼠の様にちょろちょろ動き小手から面を撃つ二弾撃ちが得意であったと記憶している。私は完全なる硬派と自認しているが、岡野・福田・萩原は硬軟使い分けて様であり、それぞれ個性的で同世代の女性が、放っておかなかったようである。私が剣道一筋で学校のクラブ活動の稽古が終わった後に、夜は、深谷警察の道場で稽古をしている間に、仲間でありながら、この男たちは自分達だけで青春を謳歌していたのである。私が、松本少年刑務所に送られ、岡野が久里浜少年院に送られ、福田は茨城農芸学院に送られたのである。萩原は深谷商業の野球部のキャッチヤーをしていてスラッガーであったので、深谷商業から家庭裁判所に上申書が出され「野球を続ける」という事が条件で少年院行は免れたのである。

 昭和三七・八年の頃で終戦後の混乱から未だ、完全に日本の国は抜け出していなかった。昭和三十九年のオリンピックを以て、日本の戦後は終わったのである。

 私達は国鉄深谷駅に毎日溜まり不良として、少しでも名前が売れている者を見つけては喧嘩をしていたのである。何しろこの頃、深谷には不良と呼ばれる者が多くいた。ある日、岡野が、眉間に皺を寄せて私に言った。

「櫛引に居る重田という野郎がいる。藤沢中学で番を張っている。喧嘩も負けたことがねーと言っている。兄弟、櫛引の重田の家に行って見ようか」

 現在、八木田一家の古参の若い者である重田八十光である。畑だらけの櫛引の開墾地の北側に、防風林のある農家が重田の家であった。岡野と恐喝をして買った日産のダットサンに乗り、重田の家に行き呼び出した。

「おめーよ、藤沢中学で番を張っているらしいが、勝負をして、はっきり、しようじゃねーか」

「俺が、何でおめーと勝負をしなけりゃならねーのだよ」

 首を斜めに傾げながら、重田は角口をして言った。岡野は言い返した。

「おめーは、俺が面倒を見ている江原の比呂を恐喝したなー、だから、勝負だ」

 江原の比呂を恐喝したことを言われて重田は何も言えなくなってしまった。

「勝負をするか、江原の比呂から取った金を倍にして返すか、重田よーく考えて今、直ぐ返事を聞かせてくれ」

 岡野はゆっくりとした口調で噛んで含める様に言った。重田の家は近所に家も無く暗闇に包まれていた。大きな体と顔をして首を傾げながら私の方を盗み見ていた。

「何時までに金を作ればいいのだよ」

「三日後にしろ、重田!」

藤沢中学校の番を張っていた重田と岡野は喧嘩をやらずに済んだのである。

扨て、彫福の事に話を戻そう。彫福こと福田勉には荒木小夜という彼女がいた。小柄で胸も尻も発達していてコケテッシュな感じがする子であったと記憶している。福田が、恐喝罪で浦和少年鑑別所に入っている時、五歳位、歳上の腕に般若の入れ墨をした反グレで新(あたらし)マー坊という何時もニタニタしている気持ちが悪い先輩がいた。この先輩は福田が鑑別所に入っている時、事もあろうに福田の彼女である荒木小夜と出来てしまった。

 岡野からこの話を聞いた私は、新マー坊を滝宮神社の忠霊塔前に呼び出した。マー坊は当時、流行っていたチジミの半袖に未だ、仕上がっていない般若の入れ墨をチラツカセながら、肩を揺すり何時もの様にニタニタしていないで俺たちを威嚇するように忠霊塔の前にやってきた。

「おうっ、マー坊よ、おめーは福田の女である小夜を遣ってしまったんだってなー、彼氏が鑑別所に入っている間にその女を遣ってしまうとは、愚連隊の筋にはねーぜ。形は付けさせてもらうぜ」

 私・岡野・萩原は、仲間の女と寝取った愚連隊の先輩であるマー坊を動けなくなるくらい、パンチやゲソパン(足蹴り)チョウパン(頭突き)を入れて徹底的に締め上げた。

 虫の息になりマー坊は言った。

「ひと事行って好いですか…」

「何がいいてーのだよ、この糞野郎」

 私は、新マー坊の様に普段は先輩面をして威張っているが、喧嘩に負けると直ぐにしおらしくなり敬語を使ったりする者を軽蔑していた。喧嘩に負けても誇りを捨てないでいる男に合い通じるものを感じる。マー坊の話は『俺だけではなく小夜も俺の事を好きだと言っている』というのだ。

 私は小夜も少しばかり殴って、痛い目に合わせる必要があると考えた。

「そこの電話ボックスから電話をかけて小夜を呼べ!」

 マー坊はギャバジンのズボンのポケットから十円玉を取りだしてヨタヨタしながら、直ぐ傍の電話ボックスに入り小夜の所に電話をかけた。何分もしない内に小夜が、自転車に跨り息を切らせてやってきた。マー坊の顔が血だらけになり鼻から血を垂らしているのを見て小夜が心配をした。

「マー坊、大丈夫」

 ハンカチを取り出してマー坊の顔を拭き、脇に下に腕を差し込み歩かせようとしてその場から去ろうとした。

「小夜、話しはまだ終わってはいねーぜ。マボーを連れて帰るのじゃねーよ」

「うちの人をこんなにして何さ! 直ぐに人を殴るのって大嫌い」

 気の強い女である。未だ、十七・八の頃である。然し、マボーを心配している様子を観て二人は抜き差しならぬ中に成っていると思えた。

 でも、仲間の女である小夜が、マボーに寝取られたのである。ケジメだけは付けておく必要がある。

「小夜、分かっているだろう。お前の遣った事は福田の女でありながら、マボーみたいな半端野郎の女に成ってしまった事だ」

 小夜は私を、伸び上がるようにし、見上げ本音を吐いた。

「だって、わたしもマー坊が好きなのだもの、マー坊だってわたしが好きだと言っているから、わたしを愛してくれているんだものね」

 マボーの方を振り返りながら言った。意気地が無いマボーは私達に分かるか分からない様に頷いた。私は、こんな場面は見ていられないと思い小夜の頭を拳固で二・三発殴った。

「とっとと消えろ! このスケコマシと助平女」

 彼女がいない私には、コロコロ変わる女心という者が理解できなかったが、愛も恋も不思議なものであると考えていた。

 福田が在宅試験観察で浦和少年鑑別所から帰ってきた。鑑別所に入って居る内に、小夜がマボーという男を作ってしまったと告げる事が辛かった。仲間だけに、打ち明け辛いのである。でも誰が、話をしなければならない。

「ツー坊、小夜の事は諦めろよ、どうしょうもない女だ。女は星の数だけいるというじゃねーか。おめーならもっと良い女が、見つかるぜ」

「スズ坊分かったよ。小夜は諦めるよ」

 彫福こと福田勉の眼から一粒の涙が零れた。涙には夏祭りの雪洞の灯りが映っていた。