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深谷の愚連隊

埼玉県深谷市には不良と成り徒党を組み愚連隊と呼ばれている者が多くいた。博徒は八木田一家の大澤三金吾が町を仕切り、香具師は寄居一家の向井兄弟がいた。なかなか威勢が良くて八木田一家に殴り込みを掛けた事がある。

大澤三金吾は医科歯科大学を出たインテリで、人間洞察に優れ慧眼洞察の士であり度胸もあった。

その実弟である大澤孝次は度胸千両といっても言い過ぎに成らない位、勇気があり喧嘩は三度の飯より好きであった。

 寄居一家の向井豊治兄弟が若い者を引き連れて田所町に在る八木田一家事務所に殴り込みをかけた。事務所には大澤兄弟と代貸の安野祐次他、現八木田一家八代総長そして、数人の若い者がいて向井兄弟と手下の者は、日本刀で数人叩き切られて呆気なく返り討ちにあってしまった。

それを以て、深谷市の博徒及び香具師の町を巡る覇権は完全に大澤三金吾に掌握されたのである。

その後の大澤三金吾の渡世は叡智有る蛮勇と言って好い位、男として、渡世人として、何時如何なる場所でも如何なく発揮されて、本庄市・藤岡市・小川町・嵐山町・岡部と縄張りを広げ、跡目を現総長小谷野一郞氏が継承している。現総長はヤクザ渡世に対して真摯な姿勢で取り組み大澤三金吾の残した縄張りはおろか、その生き様まで模倣して生きてきている。

 弟の大澤孝次は、上州田中一家の総長で兄の三金吾に負けず劣らず、知恵と度胸を以て北関東を駈け廻り、ヤクザ渡世の古来より連綿と受け継がれてきた仁義道を頑なに守り通し、引退した今もヤクザのメルクマール的存在として、晴耕雨読の生活をしていたが平成二十六年二月肺癌の為に幽冥境にした。

私・岡野・福田・林たちは愚連隊で多くの舎弟分を持ち喧嘩・恐喝に明け暮れて北部埼玉の愚連隊としての覇権を確立していた。

この頃、現八木田一家総長小谷野一郞氏は、兄弟分の韮塚英雄と共に八木田一家事務所に部屋住をしていた。

ある日、林が私に言った。

「兄貴、大寄の高木が事務所(八木田一家)の代貸安野さんの義弟だと言って深谷の町に来てデカイ面しています。この儘、放っておいたら何をしでかすか分かりません。どうにかしてしまいましょう」

「林、高木という野郎はどんな奴だ」

「柔道をやっていて体がでかい奴です。喧嘩もかなり強いと聞いています」

 林は「ノブ」と言って自分では一度も喧嘩をした事位がなく私の喧嘩意欲をそそる様なことばかり告げて、私が喧嘩に勝つと尻馬に乗り相手に威張り放つのである。当時からノブは寄生虫のような男であると思っていた。

「ノブ、明日にでも高木の家に行き勝負をかけてくる。家は何処だか解かるな」

「大寄に行けば直ぐに解りますよ。兄貴だったら一発で倒せます。大体自分の器量がねーくせに、義兄が八木田一家の代貸だからと言って威張っている奴は碌な者は居ねーよ」

「俺が行って叩きのめしてやる。そして喧嘩はバックでやるものじゃねーことを教えてやる。ノブ俺に任せろ」

「兄貴、本当ですぜ、俺たちの世界は、喧嘩が強い事が第一でバックを出せられて、引き下がったのでは男が廃ります」

 今となり考えれば馬鹿馬鹿しいガキの志向であった訳で、この頃には真剣にこんなことを考えていた。

 翌日、の夕方私は岡野・福田・ノブを連れて大寄に行き高木を雷電神社の境内に呼びつけた。

 高木はタコ入道のような容姿をしていて、不貞腐れている顔をして出てきた。

「俺に何の用があるのだ、俺を舐めるとただじゃ済まされないぜ」

 やっぱりヤクザをバックにしている者は、はったりが良い。

(笑わせてくれるじゃねーか…)

「高木勝負が俺と出来るか」

「おうっ、上等じゃねーか」

 高木が応えたと同時に、私の右ストレートが、高木の鼻柱にめり込んだ。後ろによろめいた時に、今度は高木の胸にゲソパン(足蹴り)を入れた。其の儘、高木は仰向けに倒れた

ノブは倒れた高木を跨ぐと襟首を掴み引き寄せて耳元に口を寄せた。

「深谷の町に出てきて、デカイ面をするんじゃない。深谷には髙田と岡野が居るという事を良く覚えておけよ…」

 そして声を潜めてもう一度高木の耳元で呟くように囁いた。

「一週間後に、この落とし前として五万円作ってこい。約束するぞ、もし、この事を破れば又、こうなるからな」

 当時の愚連隊たちは、喧嘩で負ければ、落とし前として相手の言う通りの金を持ってきなければ成らない不文律があった。

「わかったよ、林」

「約束は守らなければ男じゃねーぜ」

得てしてバックの顔を利用して、大きい顔をして遊んでいる者には、喧嘩も出来ないではったりだけで街中を跋扈している者が多い。高木はその典型であり、私のストレートとゲソパン一発で闘志を失ってしまった。

 知るという事について孔子も論語で言っている。

『知るを知るとし、知らぬを知らぬとする。これ知ることなり』喧嘩も然りである。弱いものは強がり、強いものは強がらない。強がらない男こそ本当に強いのである。

 後年、高木は私がヤクザと成り、府中刑務所を服役していた時に、私の彼女である富子を無理やり車に引き込みホテルに連れ込んで強姦をしたのである。服役中、富子の手紙でその事実を知り私は、愕然として悶々とした日々を送った。

(あの野郎。出所したら、必ず片輪にしてやる…)

満期が来るのが待ちどうしかった。

 服役中の者の彼女や妻を強姦などする者は、やくざとしても人間としても唾棄すべき存在である。

やくざ仲間の彼女と知りながら強姦などする奴は、男としてヤクザとして人間として最低な者である。

高木はそのような者であった。府中刑務所を出所して三日目に、舎弟の島村芳雄を連れて、当時、高木が棲んでいたアパートに行き番線(太い針金)で両手をベンチで締め付け出所祝いに上州田中一家の姉さんに戴いたイスズ・フロリアンのトランクに叩き込み上州田中一家の事務所の若い衆部屋に連れ込んだ。事務所の冷たいコンクリートの上に正座をすると、高木は蛸入道のような顔をして体をブルブル震わせていた。

「まさか、髙田さん『高田さんの女』だとは解らなかったんだよー、何でもするから助けてくれー」

 この時、高木は『髙松興業』という土建屋の社長をしていて、八木田一家の代貸である安野祐次の威光をバックに幅を利かせ近隣のバーやクラブを飲み歩き手当たり次第、ホステスを口説き回っていた。

若しも、手をつけてしまったホステスがヤクザの彼女であったときには、安野祐次の名前を出して逃げてしまうのである。

「島! こんな助コマ師野郎は、上武大橋から利根川に叩き込むしかねーぜ、その前にみっちり焼きを入れ、己がどのような事をしたのか体に言って聞かせようぜ」

先ず、私が枇杷の木刀で高木の背中を思い切り一発お見舞いした。

「南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経・お助け下さい。お願いいたします」

その姿を見た島村が、空きれ果てた顔をした。

「お助け下さい。お願いいたしますだとよ。ここには神様も仏様も何処にもいねーぜ。この蛸野郎」

 後年、島村はこの時の高木のだらしなさを見て思ったという。

「兄貴。あの時こそ、男は土壇場が大事である事を通感した事は無かったよ」

 私が枇杷の木刀で六発ばかり背中に叩き込んでいた時は、死んだ振りをしていたが、一発木刀を叩き込むとビクンと体が上下するので生きている事は確かである。

「兄貴、バックレた野郎ですぜ。こんな野郎、ここで叩き殺してしまいましょうか、木刀を貸してください」

「おうっ、手加減はいらねーぜ」

木刀を島村に渡した時である。事務所のドアが開いた。振り返り見るとそこには、稲川会上州田中一家の六代目総長で、私の親分である大澤孝次がいた。

「待てっ、お前たちはここで何をしているのだ。そこに居るのは高木ではねーか」

「親分。この野郎は俺の女を強姦した野郎です。勘弁は出来ません」

「そうか。そういう理由があるのか、高木、本当に髙田の女に手を出したのか」

虫の息で高木は哀れみを乞う様に総長に言った。

「ハイ、髙田さんの彼女であるとは思いませんでした。助けて下さい。総長」

「高木、知り合いが刑務所に務めているのにその女を強姦するなんて言語道断だ。渡世では、いや人間としてもやってはならない。お前は安野の義弟だから助けてやりたいが、この俺にも出来る事と出来ない事がある…」

 暫く腕を組んで高木の無様な姿を見ていた総長は私の眼をじっと見つめた。

「髙田、この後、高木をどうするつもりだ」

「この野郎。上武大橋から利根川に叩き込んでやろうと思っています。こんな強姦野郎がいなくなった方が世の中に為になります」

「そうか…」

総長は暫く思案をしていた。

「懲役に行く覚悟は出来ていると思うが、俺はお前を懲役に行かせたくない。懲役に腹を括り行くのも男なら、我慢をするのも男ではないか」

 総長の言葉を聞き私は瞬時考えた。

(この問題はヤクザと渡世には関係がない。只、自分の面子の問題であり、言い換えれば私事である…)

「総長、分かりました。高木の事はこれで十分です」

「髙田分かったか、俺はお前を無駄な懲役に行かせたくないのだ」

総長であり、渡世の親である親分の親心をしみじみ感じとり、ヤクザ組織の事でない個人的な感情で懲役に行かずに済んだのである。

この件は、愚連隊をしている頃。高木を雷電神社の境内で殴り倒してから八年、二十年後には、上州田中一家の館林の縄張を預かる高木組長に成っていたのだから、神戸刑務所を出所した時は驚いてしまった。

(こんな者にヤクザが務まるかよ…笑わせるんじゃねーぜ…)

私は既に、八木田一家の養子となり組長を名乗っていたが、五分の貫録と思い込み話しかけてくる高木に、嫌悪感を抱き渡世というものに疑問も持った。

 俄かヤクザは長く続かない。高木は数年して破門と成り上州田中一家を去り、ヤクザ渡世から抹殺された。

『蟹は甲羅に似せて穴を掘る』

金が有るとか、見てくれが良いとか、口が上手いとかでヤクザの組長に成れるのなら、組の為に懲役を賭けて泣きを入れず様々な苦労をしても歯を食いしばり、明日の組長を夢見て服役をしている若い者はやる気がなくなる。とにかく高木と言う男は、人間としては最低な没義道な者で女好きの上口舌の徒である。

少年の頃の話に戻そう、この頃深谷商業の番長は高校ボクシング・チャンピオンの横田・本庄高校の番長は門倉貞夫・行田高校の番長は大街道修・上尾や鴻巣あたりはグループ・プサウンズと成り、役者となったショーケンこと萩原健一がいて一応不良であったので、軽井沢西武スケートリンク場のパーティー券を五〇枚位、私や岡野が主宰する度に売りつけていた。

 行田にはVシネマで役者をしている安岡力也がいて、テレビで大言壮語して居る程、暴れん坊ではなかった。