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生きていた真言立川流

その日の午後遅くに成って秩父署に戻った山中班長と吉野は、遅くまで山中達を待っていた愛警部に先ずは、針川逮捕に至らなかった事を報告した。

「針川は生家にいませんでした。逮捕ができなくてすいません」

「班長その様な事は言いっこ無しでしょう。私達は、一身同体ではないの、だって逮捕できなければ、大沼一家の田上総長にお願いをすれば、署に連れてこなければ成らなくなるでしょう」

「そうですね。それに、針川の生家に行って、何であるかこの私にも判断が付かない物を現認してしまいました。とにかく撮影と録音がしてありますから、警部確認をして下さい」

「班長にも判断が付かない事ってなんでしょうか。俄然、興味が湧いてきました。今夜、家に帰り撮影をしたものと録音を聞いてみましょうか」

「警部。常識では判断ができない男女の乱交パーテーの様なもので、如何も宗教的裏付けの上で遣っているようです」

それを聞いた愛警部は、眼をきらりと光らせ何か思い当たるふしがあるような顔をした。

「未だ、報告事項があります。針川の生家に行く途中に、二九九号線上で死んでいる女性の死体を発見しました。既に、署の殺人課から報告が上がっていると思いますは、今日は散々でした」

「聞いているわよ。その件も含めて明日、詳細について聞きましょう」

愛警部への報告が終わると山中も吉野も、組織犯罪対策課から出て帰宅した。

翌朝、早めに熊谷市の自宅を出た山中が、定時に秩父署に着くと既に、愛警部は組織犯罪対策課の自分のデスクの椅子に坐っていた。

「おはようございます」

「おはようございます。処で班長、例のカメラで写した現場と録音されたものを家に帰り、見て聞いて良く考えて見ましたら、直ぐにあの淫らな現場はどういう動機があり行っているかが解りました」

「どのような、動機があるのですか」

「貴男の慧眼通り、宗教的なものが、裏にあるのよ」

山中は好奇心も人一倍強いし、自分で説けなかった謎をやはり愛警部は解いてくれたと今更ながら感心をした。

「先ず、録音されたお経の様なものと班長は申しましたが、ズバリ言ってその通りです。このお経は、真言宗の般若理趣経と言う男女の性愛を肯定しているものです。この理趣経を延暦寺の最澄が、真言宗を開いた空海に借りに来たのを拒否した代物です。何故かと言うと男女の交合が、正常な菩薩の境地と言うのですから、お経に書いてある通りに、男女が交合ばかりしていたのでは、可笑しい事に成ってしまいます。正確には心から愛する男女が、行う交合を差しているのですが、鎌倉時代に、文覚証人と言う高野山の高僧が、広めたものです。それが真言立川流として、この般若理趣経を歪曲して広まったのです。当然、時の権力者は真言立川流を禁止しましたが、江戸時代の弾圧をも掻い潜り現在に伝わっていたという事です。きっと山深い両神山の付近で誰にも眼につかず今日まで、秘密裏に奇祭として、連綿として村人達に伝わっていたのでしょう」

「般若理趣経には、そのような事が書かれているのですか。然し、信仰する事には吝かではないですが、あれではまるで乱交パーテーでしかありません。法的にはどのような法律に相当するのでしょうか?」

愛警部は今まで見たことがない真剣な顔つきをした。

「すべて合意の上で遣っている事です。いやいやながらやっている事とは違い。法的にどのような法を以て取り締まるか、いや、信教の自由は日本国憲法で保障されているから、この事を取り締まろうとすれば余程、慎重にやらなければ成りません」

山中自身この件について、取り締まるとなれば難しい事に成ると思っていた。答えは愛警部と同じであるので、自分の考えの正しさを自覚した。

(それより、針川逮捕が、優先順位が先だ・・・)

「警部。針川は如何したら良いでしょうか。県警組織犯罪対策課に、応援を依頼しブルトーザー作戦でシラミ潰しに、捜査を開始いたしましょうか」

「少し待って班長。その前に大沼一家総長である田上を呼びだして」

「了解しました。午後にでも直ぐに署に来るように連絡を致します」

「そして、岩川一家は、翌日発砲事件犯人の石田健三を出頭させてきたことを言うのよ」

「そうですね。この事件の発端である針川が出頭しないで、相手方の石田建三が先に出頭するなんて大沼一家は潔くないわ」

午後に成り、大沼一家の総長である田上幸三は秩父署に来た。

前回・事情聴取をした白澤が対応した。

「針川の生家に行ったが、本人は居なかった。我々では針川の行くへを追うのは、県警から応援部隊でも呼びブルトーザー作戦で、シラミ潰しに捜査を開始する。そうなると余分なものまで出てくる可能性があるじゃないか、そのように成る前に、針川を見つけて直ぐに出頭させて下さい総長」

「それはよーく解かるのだが、何しろポン中だから、何所に潜んでいるのか見当が付かない」

「鷹司愛警部は約束を守りこれ以上、捜査をしないと言ってくれたのに、田上総長は全く協力的ではないですね。これでは事件が終わらないから、私から鷹司警部に話しをして、捜査を継続するように申し上げ様と思うが総長、如何でしょうか」

田上は眉間に皺をよせ困った顔をした。

「白澤さん。後一日待ってくれ、一家の者全員で、針川の居所を見つけ必ず連れて来るから」

「そうですか。約束は守ってこそ約束です。約束が破られる時は、一方が約束を反故にした時である事を認識しておいてください」

「解ったよ。俺はこれで帰るが、これ以上の用事はないな」

「御座いません後は、約束を守る事だけですよ。総長」

この場に成って田上は、白澤が何時も微笑んでいるが、一筋縄で行かない捜査官である事を認識した。

田上は胸を反らせてが、蟹股の足を一歩一歩踏みしめて調べ室から出て行った。その後ろ姿を見ていた白澤は、田上が背中に重い物を背負っているように感じた。

(自分達で撒いた種は、自分達で摘んでくれればそれがベストだ・・・)

大沼一家事務所に帰った総長は、若い者全員に集合をかけて、針川を徹低して探すように命令をした。

(なんとか、明日中に針川が捕まえられると良いのだが・・・)

 

 

 

女性死体の謎

山中達が針川逮捕に向かう途中に、発見した女性の死体は、秩父署の鑑識課が綿密に鑑識をした結果、死因は心臓発作で膣内には、複数の男性の精液が残留していた。秩父署ではこれは、輪姦事件であると断定をして捜査を開始した。

然し、この捜査に疑問を愛警部は持った。急いで輪姦事件の担当刑事を自分のデスクに呼び付けて質問をした。

「輪姦事件とは許し難い事件です。然し、複数の男性の精液が残留していると申しますが、これが女性の同意のもとで行われた性行為となれば、事件は成立いたしません。心臓発作は性行為の時に起きたのかも知れません。となると、犯罪性は死体遺棄だけに成ります。この事件の裏には、きっと深い事情があるのでしょうから、資料や友人関係・生まれた場所・等々良く精査したうえで捜査にとりかかると良いでしょう。わたしが、思うにこの事件は「死体遺棄」だけで終わりそうよ」

課が違う警部に、捜査の事でアドバイスを貰っても、自分の課の課長に話しをすれば越権行為であると、一蹴りにされるが、何としても埼玉県警第一番の捜査能力を持っている愛警部の助言だから、この事は良く胸に刻んで捜査をしようと思った。

まさか、この女性死体遺棄事件が、愛警部たちが捜査をしている針川沙素男と真言立川流にリンクして行くとは、愛警部すら気が付かなかった。

翌日に成っても大沼一家の総長は、岩川一家に拳銃を撃ちこんだ針川を出頭させる事ができなかった。

仕方がないので秩父署にいる山中班長に電話をした。

「もしもし、田上だがあんたは山中さんだな?」

「そうだけど、田上総長・男の約束を守ってくれないと愛警部が怒りますよ」

「その件だけど、家の若い者全員で針川を探したのだが、何処に潜り込んだのか分からない。だから電話で一応連絡をしたのだ。鷹司警部には後一日待ってくれと伝えてくれないか」

今日中に針川を出頭させると約束しながら、実行できなかった大沼一家の総長田上の言葉に嘘がないと思って山中は、田上の言葉を信用して後、一日待つ事にした。

電話を切りこの事を愛警部に報告に行った。

デスクに肘を立て両手で顔を包むようにして、何かを考えていた愛警部は山中の報告を上の空で聞いていた。

(針川の生家―真言立川流―男女の交合―精液まみれの女性の死体―真言立川流・・・)

愛警部の推理は、針川の生家から始まり、真言立川流と思える乱交へ、そして精液まみれの女性の死体へと進んで行った。

(真言立川流と精液まみれの女性の死体は繋がるわ。それに如何に考えたら針川に繋ぐことができるのかしら・・・)

愛警部は堂々巡りの頭の中を整理してみた。始めに針川あり・次に精液まみれの女性死体があり・真言立川流あった。針川は一件無関係に思えるが、当然針川の家は、真言立川流であるはずだと思って、もこれらを一つの関係に結ぶのは無理の様で、どうしてもこの謎は解けない。

デスクから立ち上がるとスレンダーなボデイと長い脚で大股に歩き窓の傍に行き窓ガラスを空けた。正面には真っ赤に紅葉した山々の中に、屹立して屏風の様な両神山が、迫り来るように愛に向ってきた。

(両神薄に行ってみよう。そこにはきっと、真言宗のお寺があるはずだわ・・・)

デスクの前に山中が立っていたのを承知していたかのように、愛警部は山中を見てにっこり笑った。

「班長。両神薄に真言宗のお寺があるはずだわ。確認をしておいてね」

「真言宗のお寺ですか。警部、行くのですか」

「勿論です。班長お供をしてね」

「喜んでお供を致します」

「白澤さんも吉野さんも連れて紅葉狩りとしゃれ込もうかしら」

「両神の紅葉は物凄いですよ。警部」

一緒に両神薄に行けると思った吉野は喜び先日、自分の眼で見てきたことを愛警部に話した。

四人は両神薄にある延命寺に行く為に、秩父署の駐車場に停車してある愛警部専用の特別車両乗りこんだ。

秩父署から小鹿野町は直ぐではあるが、小鹿野町の二九九号線をしばらく走り、黒海土パイパスを三七号線に左折をして、直ぐに又左折をして行くと延命寺の本堂の屋根らしくものが見えてきた。

電柱の住所表示を確認して吉野が愛警部に報告した。

「ここらが、両神薄六〇〇番地台です。延命寺は両神薄六五九番地ですから、間違いがありません」

「ご苦労さん。吉野お前使えるように成ったな。俺たちの様な専従捜査をしている者は、先を読み行動をしなければ成らない。その点お前は気が利いて将来、組織犯罪対策課のホープだ」

「班長あまりおだてないでください。僕は直ぐにその気に成りたちですから」

延命寺の駐車場に車を止め四人で、寺の門の前に立つと柱に「真言宗豊山派延命寺」を書かれた額が取り付けてあった。

六十代の人柄のよさそうな住職に聞いた。

「不躾な事をお尋ねいたしますが、真言立川流と言うのを御存知ですか」

一瞬難しい顔をした和尚は怪訝な顔をした。

「勿論知っています、あれは我々真言宗とは関係がありませんが、我々真言宗が、お経として、毎日唱えている「般若理趣経」を鎌倉時代に文覚上人が歪曲させて、お経の意味が解らない村人たちを惑わしたもので、我々から見れば邪教と言えるでしょう」

愛警部既に、真言立川流の由来を調べていたので、延命寺の住職の言うことに納得がいった。

「処で、今も直、立川流を信じ秘密裡に、男女の交合を神聖なものとしとして、行っている人達がいる事を知っていますか?」

住職は又もとかと困ったような顔をして、仕方がないように口を開いた。

「誠に申し訳ないのだが、延命寺の檀家の間では、毎月何度かは、村の般若窟に集り、理趣経の一七清句を真言宗の本当の教えであると信じて実行していると聞き心を痛めているのです」

「そうなのですか。一七清句とは男女の性行為や人間の大胆な行為を肯定していますが、御住職は如何にお考えですか」

「全く困ったものです。真言宗を始祖弘法太子様が、お開きに成った時に、伝教太子が、般若理趣経を借りに来たの断ったのは、伝教太子様でも理趣経を歪曲して読解して、それが一版の人に広まる事を心配しての事です。確かに本当に愛する男女が交合する姿は美しく菩薩の境地でもあるとは思いますが、だからといって、男女がのべつ幕無し愛していないのに、交合するという事は、様々な問題が生じるのではないでしょうか」

「御住職最後にお聞きしますが、針川家を知っていますか」

「知っていますよ。あそこの集落は全部針川家ですから」

「えっ、何ですって全部針川ですって?」

山中班長は驚いてしまった。同時に村落の全部が針川と言う名字であるという事に対して、ただならぬ疑問を感じた。

「という事は全部親戚なのでしょうか」

「勿論です。村落全部が、誰が親であり子であるか、又兄弟であるか全く解りません」

吉野はこんなことは、今まで生きて来て聞いたことがない。何故だろうと思った時に携帯のベルが鳴った。

「はいっ、吉野ですが何か用事があるのですか」

相手は秩父署の鑑識課の警部補の権田隆行である。

「実は、小鹿野の二九九号線で発見された女性の死体の身元が割れました。小鹿野町両神薄八六〇番地・針川喜三の長女で春川真来・三一歳です」

「なんだって両神薄の針川真来三一歳だって、了解しました直ぐに愛警部に伝えます」

既に、電話の声が大きいので、愛警部の耳に入っていた。愛はこれで全ての疑問が払拭出来たと思った。

(そうだったのね。これで全ての繋がりが出来たわ。この繋がった線上から針川沙素男の居所を探すのは、そう難しい事ではなさそうね・・・)

延命寺の住職にお礼を言って、寺を後にし愛と山中達は住職が『般若窟』と言った乱交を針川一族が遣ると言う場所に車で向かった。

相変わらず両神の山々は、愛警部や山中達を拒むように、真っ赤に紅葉をして、怒りを表し拒んでいるように見えた。

般若窟に着いた。山中の杞憂は無駄に終わった。

先日、山中と吉野が眼にしたものが、般若窟の中では行われ、そこには恥も外聞もなく自然に交わる男女の淫らで、犯しがたい神聖さをも醸し出している男女の交合の幾つもの姿が愛警部たちの眼に入った。

「警部。凄いでしょう。これが法律で取り締まることができないなんて、こんな理不尽な事はありません。何とかこじつけでも、違法性を明らかにしたいものです」

「班長。これはこの人たちにとっては、神聖である宗教的行事です。日本国憲法で信教の自由を謳っている限り、違法とは言えません。わたしも般若理趣経の事は知っていましたが、実際に真の当たりにして、神聖と堕落が入交り何と言ってよいのか解かりません」

「警部。針川が隅の方で髪の長い女と交わっています。あの野郎の顔はシャブを遣っていながら、交合をしているのでしょう。こんなことをして、法律違反に成らないと思ったら、大間違いだ。針川がシャブを遣っている以上、逮捕ができます。直ぐに逮捕いたします警部」

「お待ち!この人たちの儀式が終わるまで待ってやるのが、武士の情けではないの」

愛の言葉に山中班長が応えた。

「警部。こんなものを何時まで見ていても、どうしょうもありません。頭が可笑しくなるだけです。況して、吉野は独身です。これ程、独身者に悪い影響を与えるものはありません」

山中自身、この異様とも、異常とも、神聖とも思える男女の交合を見ていると眩暈がしてくるようになった。

「班長。男女の交合だけを見ていたのでは駄目よ。良く見てごらんなさいよ。洞窟の中央の岩の上に、黒い髑髏が、ぬめぬめ輝き置いて有るわ。あれは何のために置いて有るのかしら」

「あれは、仏像の変わりに、置いて有るのでしょう。それにしても気味の悪い物ですね」

その内、交合が終わったのか一組の男女が、祭壇の傍に行き男性が女性の陰部に指を二本入れると交合により、射精した精液と女性の粘液が混ざり合ったどろどろの液体を指に絡ませ取り出して、髑髏に塗りはじめた。

「何をしているのだ。こいつら本当におかしい」

「あれが立川流の神聖な儀式の一つなのよ」

何組もの男女が同じことをしているのを、愛警部は真剣な顔をして、観察していた。