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岩川一家総長

大沼一家総長である酒元清が、調べられている三つ離れた取調室では、岩川一家総長である田上幸三が、白澤に事情聴取されていた。

見るからに、俺はやくざの親分だと誇示するように胸を反らして、口をへの字に結び、なにを聴いても喋らないぞと言う意志表示していた。

杉葉会の中でもやくざの縁組みや跡目披露の媒酌人を務めているから、自分は、偉いものであると錯覚しているのである。他組織の盃儀礼を見よう見まねで覚え自分のものにしたのだから、大したものであるが、盃儀礼の奥深い仕来りたりや不文律は全く解っていない。早く言えば己を知らない人間である。

田上幸三の事情聴取に当たっているのは、大人しそうな顔をした白澤である。微笑を忘れない白澤は、大概の容疑者が舐めてかかる。安心感を与えるのであるからだ。

白澤は言葉も丁寧である。

「態々、御足労戴きまして心苦しい次第です。総長、理解してもらえると思いますが、私達、当局としてはこれ以上、抗争が激化しない様に願っています。最初に総長の一家に拳銃が撃ちこまれたので、或いは被害者の立場でもあったのですが、仕返しをしました。これで五分と五分に成った訳です。この抗争にはそれ相当の訳が有ったと思いますが、これ以上、秩父市民を恐怖に陥らせない様にお取り計らい願います」

(何て、丁寧な口を聞く刑事だろう。これでは適当に話をしてごまかしてやろうか・・・)

「秩父市民が怖がっているとの事ですが、市民あっての我々です。これ以上、拳銃を撃ったりしない様に全若い者に命令をしましょう」

白澤はにっこり笑った。

「命令ねー、総長が命令をしてくれれば、この抗争は止むのかな?」

「当然です」

「それでは大沼一家の事務所に、拳銃を撃ちこんで来いと命令をしたのも総長ですか」

「誰が、今時ハジキを撃ちこんで来いと言う馬鹿がいますか、俺は知らない事だ」

「そうでしょうね。命令をしていれば、逮捕は間違いがないですから」

この時点で優しく微笑み事情聴取をしている捜査官は、只者ではないと田上幸三総長は考えた。

(油断がならねー野郎だ。言葉尻を取られねー様しねーとならねーな・・・)

白澤は洞察力がある。既に、優しく訊問しているが、田上の腹の中は丸見えである。

「はっきり申しましょう総長。大沼一家に拳銃を撃ちこんだ貴男の所の若い者を出頭させて下さい。その上で大沼一家の酒元総長と、うちの鷹司愛警部の前で抗争はこれ以上、起こさないと約束してくれれば、この事件は終わります」

田上は随分話が分かる野郎だと思った。それにしても上司である鷹司愛と言う警部はどの様な女であるのだろうと考えていた。

「大沼の事務所に、ハジキを撃ちこんだ若い者は、俺がここから出たら直ぐに、出頭させます。俺も男だから約束は守るから、おめーの方も約束を守れよ」

「総長。家の警部を知らないのか?今すぐ連れて来るから、約束したことを確認する事だな」

「解った。俺は約束を反故にしたことはねーよ、信義に悖る事だからな。鷹司警部が来たらもう一度約束するぜ」

白澤はデスクの上の電話を取ると、愛警部に調べ室に来てくれるように話をした。

「それより、田上を連れてこっちに来てよ」

「はい解りました」

白澤が田上を連れて、秩父署に設置された『大沼一家対岩川一家抗争取締本部』の看板が書かれている部屋に行くと、部屋の応接ソファーの上に大沼一家酒元清がいた。

酒元は既に、山中班長が事情聴取を終えて、針川の潜伏場所も教え、今後抗争を広げないと約束をしていた。

従って、愛警部は、秩父署内の自分の目の前で、酒元と田上を仲直りさせようと考えていた。

「警部。田上総長連れてきました」

「ご苦労様です。そこに座って貰いなさい」

酒元もそう思ったが、田上も愛警部を見て驚いてしまった。

(スゲー美人じゃねーか。この辺にはいない女だ、いいなー)

愛警部は二人を向い合せに座らせて、自分はテーブルの縦に座った。

「両総長さん。ご苦労様でした。お二方の男らしい決断と広い心でこれ以上、抗争が起きないと確認できました。拳銃を発砲した犯人についても、お二方がご協力してくれるという事ですので、組織犯罪対策課としては、これ以上の犯罪者を出したくないのでこの捜査は、お二方がわたしの眼の前で手打ちをしてくれれば、以後、犯人以外は、捜査の対象と致しません。どうか今後、二度と抗争を起さないと約束してください」

(美人でしかも話が分かる警部だ。この警部の言うことを聞いた方が好いだろう・・・)

酒元も田上も同じような事を感えて、殆ど同時にお互いに右手を出して固く握手をした。先ず、先に岩川一家の田上が、愛警部が考えていた通りの答えをした。

「悪かったな。この警部は話が分かる。言うことを聞いて二度とハジキを撃ちあうような事は止めようぜ」

「解った。俺の処は、おめーの処で遣らねーと言うんだら、もうやらねーよ。それにこんなに、美人の警部がおっしゃっている事だ。言うことを聞かない訳には行かねーぜ」

これでどうやら、秩父抗争が終結したと判断した愛警部と山中達は、後は拳銃を撃ちこんだ両一家の犯人検挙だけに成ったと安心をした。

 

 

 

両神山の麓で

岩川一家の総長である田上幸三は、愛との約束を守り翌日、午前中に大沼一家の拳銃を撃ちこんだ本人である石田健三を出頭させてきた。

山中班長と吉野は、一方の犯人である針川沙素男の生家がある両神薄に向っていた。

少し早目の紅葉を眺めながら、秩父市を出て小鹿野町から両神山近くの針川の生家は延命寺を目指して行けばよいという事で秩父署の土地勘のある刑事が運転をし国道二百九十九号線を両神山に向って走らせていた。

後部座席で山中班長が思わず呟いた。

(何とも言えない紅葉だなー、紅葉は昼と夜の寒暖の差が大きければ大きい程、良い色が出ると言うが、人間も苦労と言う寒さを経験した方が、人間的に味が出るかも知れない・・・)

山中班長が、一人感慨に浸っていると運転をしている秩父署の刑事が、急ブレーキをかけた。

感慨に浸っていて我に返った山中は、前方を見ながら運転をしている刑事に聞いた。

「如何したのだ!」

「道路に人が横たわっています。スピードを出していたら、轢いてしまう所でした」

助手席に乗っていた吉野は、ドアを思い切り開け、叩き付けるように閉めると道路の中央に横たわっている人の傍に駆け寄った。

(若い女性だ。これは既に死んでいる・・・)

後から駆けつけた山中が、死体の傍にしゃがむと直ぐに脈を取った。

「死んでいる。君、直ぐに署に連絡をしたまえ」

「了解しました」

運転をしていた秩父署の刑事は、山中の命令通り、直ぐに秩父署に報告をした。秩父署から、小鹿野署に通報され小鹿野署は、巡回中のパトカーに連絡をして、一時間後に現場に着いた。小鹿野署は規模が小さくてパトカーも三台しかないのに、巡回する地域は広くて狭い山道ばかりである。余りにも現場に着くのが遅いので吉野は同じ警察官として義憤を感じた。

「随分、遅いじゃないか。こんなことでは、緊急事態が起きて犯人を逮捕に向っても既に、逃げてしまうだろう」

山中班長は吉野の腹が立つのは解るが、又、この山に中で小規模の警察を運営して行く難しさを長い捜査官具勤務で理解をしていた。

「吉野。一応発見時の経緯と状況を話して、俺たちは両神薄へ針川を逮捕に向かわなくてはならない」

「はいっ、了解しました」

秩父署員の運転する車に戻ると三人は、国道二九九号線を両神薄を目指して進んで行った。

周囲の山々はもみじ・楓・ナナカマド・ケヤキやその他の雑木がそれぞれの個性的な黄・紅葉が怒るように、拒むように燃えていた。

「凄いですね。班長」

「行けども、行けども山また山、秩父は山国だ。針川の生れた家はまだ着かないのか」

「飯田を過ぎたところを左折して、暫く行くと村落がちらほらありますが、その一番奥の山の中腹にあるのが、針川の家です。まあ、暮れる前には到着するでしょうから、このめったに見られない紅葉を眺めていてください」

山中班長も吉野もこの奥深い山の中にいると寂寥感を感じないわけにはいかなかった。

いつの間にか車が、すれ違いが出来ない程の道幅に成った。畠も山の側面に段々畑がいくつか見え家も、山裾や中腹にちらりほらり見えてきた。

「人も何人かいるようではないか」

吉野が何を考えているのか、そんなことを言った。

山中班長は諫めるように応えた。

「警察官たるものが、そんな馬鹿げな、ことを言うのではない。どのような場所でも人は住む。何処に住んでいようとも何をしていようとも人は人であり、職業にも貴賤は無いのだ」

班長の言葉に頷いた吉野が、何かを見つけたように車のウインドウから、首を左右に動した。

「人が何人も同じ方向に歩いて行く。何かあるのだろうか」

「村の集会でもあるのだろう」

その様な話をしながら行くと、茅吹の屋根の大きな家の前で車は止まった。

「針川沙素男の生家です。多分いるでしょう」

それを聞いた山中班長は吉野に命じた。

「吉野。拳銃発射の犯人だ。容赦はしないで良いからな」

「それでは、班長のお言葉に従いまして、容赦なく針川逮捕に全力を発揮致します」

意気込んでいる吉野と、秩父署の刑事を連れて家の前に立った。

「針川沙素男。銃砲刀剣類不法所持並びに発射罪で逮捕をする」

吉野が大きな声で逮捕事実を告げたが、何度告げて見ても家の中には、誰も居なかった。

山の中腹にある物音一つしない針川の生家の周囲を見回り、完全に留守であるのを確認すると踵を返した。

「あれは、皆、何処に行くのだろう。随分急いでいる様子だ」

秩父署の刑事の言葉で、山中と吉野が針川の生家の反対方向を見ると村の人々が、一つの場所に向ってアリの様に小列をなし歩いて行くのが見えた。

「あそこへ行ってみよう。針川の所在が分かるかもしれない」

車を方向転換して、山道を下り更に、反対側の人々が向っている方向へ車を走らせた。道が狭く成ったので、車を止めて三人とも徒歩で人々が歩いて行く後を付けるようにして歩いて行った。

その先には人が立って入って行ける位の洞窟が有った。

洞窟の中では何というお経であるか、三人とも解からないが、人々が合経する声が、洞窟に響いて、不気味なエコーとなり聞こえてきた。

山中班長が首をひねりながら、吉野に命じた。

「小型カメラと録音機を時計に、仕込んである物を吉野嵌めている筈だ。もっと傍に行きカメラと録音を拾っておけ」

「了解しました。班長」

洞窟は入り組んでいて、足元もおぼつかない位、岩や石が崩れ落ちていた。

洞窟を足元に気よ付けながら、進んで行くと突然、眼下に三十畳はあろうかと思える広い場所があり、お経の様な物を唱えながら男女が全裸で様々な格好で抱き合っていた。

「なんだ!これは乱交パーテーじゃないか」

吉野が言うと山中班長は、呆れたような顔をした。

「カメラと録音の準備はオッケーか」

「オッケーです」

三人が耳を澄ますと交合している者が、この様な言葉を発していた。

男女の交合の妙なる恍惚は、清浄なる菩薩の境地である。

欲望が矢の飛ぶように早く激しく働くものも、清浄なる菩薩の境地である。

男女の触れ合いも清浄なる菩薩の境地である。

異性を愛し、固く抱き合うのも清浄なる菩薩の境地である。

男女が抱き合って満足し、すべて自由、すべての主、天にも登るような心持ちになるのも清浄なる菩薩の境地である。

欲心を持って異性を見る事も清浄なる菩薩の境地である。

男女交合して、悦なる快感を味わうことも菩薩の境地である。

男女の愛も清浄なる菩薩の境地である。

自慢する心も菩薩の境地である。

ものを飾って喜ぶのも菩薩の境地である。

思うにまかせて、心が喜ぶことも清浄なる菩薩の境地である。

満ち足りて心が喜ぶのも清浄なる菩薩の境地である。

身体の楽も清浄なる菩薩の境地である。

目の当たりにする色も清浄なる菩薩の境地である。

耳にするもの音も清浄なる菩薩の境地である。

この世の香りも、清浄なる場札の境地である。

口にする味も清浄なる菩薩の境地である

洞窟内を良く眺めまわすと中央の上が平らな石の上に、黒く漆の様な物を塗ってあるのか、不気味な光沢を放っている髑髏が置いて有り、祭壇の様に団子の様な物が置いて有った。

凶悪犯を調べ殺人現場に嫌と言うほど行っていて、大概の事では驚く事がない山中班長もこの事実を眼の前に見せられて、今までに無い驚きを感じた。

この場面を見て、吉野が思わず警察官としての疑問を山中に聞いた。

「班長。これは犯罪でしょうか?」

口をへの字に結んで、何かを考えていた山中は、口髭を歪ませて応えた。

「難しい。これは宗教的の儀式ではないか。合意で男女が交合をする事は犯罪ではないが、公序良俗を乱すものだ。然し、この村全員が参加しての宗教的儀式ではないかと思う。針川の身柄を取りに来て、大変な物を見つけてしまった。今日の所は秩父署に戻り、鷹司 愛警部にお伺いを立てるしかないようだ」

山中の決断は早い洞窟を出ると小走りで車が、駐車してある場所まで行き秩父署の刑事に命じた。

「署に帰り、この事実を如何にするか、愛警部に聞いてみようじゃないか」