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背徳の王ダビィデ

 

髙田耀山

 

 

あきれるくらい大きい岩壁と岩壁の間に、広大な草原が広がっている。

空は群青色でどこまでも蒼が深く眺めていると体全体が、吸い込まれてしまいそうである。

昔は川が流れていた場所であろう。

その草原に、数百匹の羊がゆったりと草を食んでいる。

45匹で追ったり、追われたり子羊たちが、気持ち良さそうに、長閑にじゃれまわっている。

それもその筈、人間が聞いても心が休まり、うっとりする琴の音が草原全体に響きわたっている。

琴を奏でているのは、まだ10歳を過ぎたばかりの少年である。

暫くすると群青色の空に白い雲が流れてきた。少年は腰に下げた皮でできた礫袋に手を入れると礫を1つ取り出し羊の群れの最後尾に投げた。2つ3つ目を投げると羊たちが動き始めた。そして、群れを成して纏まり始めた。

少年は、今度は琴を一引き奏でた。羊の群れは少年に向かって動き始めた。

羊を手足のように操れるこの少年はエッサイの第8子ダビィデである。

 この頃のイスラエルの王はサウルといった。イスラエルの最初の王であるサウルは、神の命令に背いてアマレク人との戦いに、その寵を失った。

エスラエル祭司で神の命をうけたサムエルは、新たに王を見出して油を注ぐべくエッサイなる人物の元に向かった。

サムエルの裁きは国内では、強い影響力を持っていた。彼は神に代わって人々に話をした。彼は生まれた時から主に捧げられた者で、子供の時から白の幕屋に仕えた・・・やがて主なる神に呼ばれて祭司になったのである。

サムエルがサウルへ神に代わり油を注いだ時から、何年経過しただろうか、ぺテシリア人はサウルのイスラエルの王とその軍隊の気概を試すことをやめなかった。

毎年決まったように訓練された兵士たちが幅の広い長方形の盾を地面に貫いて打ち込み、戦線をしいて、その間に槍騎兵をすえた。

その要塞のような陣営からイスラエルの民に向かって雨のような矢が降ってくると村人たちはサウル王のもとにやって来て自分たちを助けてくれるように懇願した。

 そこでサウル王は自分を奮い立たせ角笛を吹いて、苦しむイスラエルに代わり、戦う民兵を集めた。しかし、イスラエルの人々はサウル王にそっぽを向いてしまった。

 その為、ある時は常備軍の支援を受けず自分自身で権を取り、死に物狂いでペテシリヤ人に切りつけぺテシリア人を追い戻さなければならなかった。また、ギブアの庭で自ら訓練をした。最も愛する若者が自分の隣で死んでいった。そんなことが重なる内、この偉丈夫な王には新たな怒りが沸き上がり、誰にも耐えられないような振る舞いをするようになった。戦闘様棍棒で木の盾を叩き壊し、また、戦いの血の付いた体を清めもしないで疲れ切って寝てしまった。そして、新たな苦しみや怒りが沸き上がり彼は悪夢を見ると汗にまみれて目を覚まし、不安に苛まされ、コメカミを抑えて大きなうめき声を出すまいと必死にこらえた。

サウル王は臆病ではなかったが、この恐怖にどのようにして対処したらよいか解らなかった。頭になかで酷い騒音がするようになり、それが口から洩れてくるのではないかと思った。そこで毛布に顔を埋めて乱れ姿を隠そうとした。

 自分には職務を果たす能力が感じる何ヶ月間もあった。そういう時はわざと笑顔を見せ若者の背中を叩き、彼らと一諸に食事をした。そのような時は、イスラエルも他国と比べて、大した戦いをしていないように思えた。

しかし、突然恐怖が戻って来て、夢を見ては起きまた夢を見ることが三晩も続いた。

 ある夜、恐怖の為に寝床から起き上がった王は側女のリッパが部屋に座り自分を見ているのを気ずいた。亡霊のように動かなかった。

王は両膝を引き、両肘を腹につけ、鼻から息を吸いこみ、懸命に自分を抑えていた。

 リッパは若くて優しい女で、痩せて寂しそうな顔をしていた。リッパに見られていることに王はひどく当感した。

リッパは言った。

「これが初めてではありませんね」

王は頷いた。このもの静かな女は王が思っている以上のことを知っていた。

リッパが立ち上がって傍にやってくると、王はリッパが裸足で歩いていることに気ずいた。リッパは王の敷物の横に座って両足を衣の中に引き入れ、冷たい両手で王の頭を持ち上げ優しく自分の膝の上に乗せた。それから、高い素朴な調子で歌い始めた。子守歌だった。リッパは王の魂が鎮められ王が目を閉じて眠りにつくまで歌っていた。

 こうして、サウル王は歌のよって心を取り戻せることを知った。

そして数カ月がこのようにして過ぎて言った。サウルが暗い気分に入ってゆくのを知るとリッパは夜やって来て王に触れ歌を歌って彼を慰めた。

 しかし、戦いの為に、王宮を離れれば自分の為に歌ってくれる者がいなくなることをサウル王は気ずいていた。

 その上リッパは妊娠をした。直ぐに彼女は子のために夜を過ごすことになるだろう。そうなったら誰がイスラエルの王の為に、やって来て歌を歌ってくれるだろう。

 

 

ユダの山地と、ぺテシリア人の住む沿岸部の平地の間には、起伏の多い土地が広がり、誰かが投げ出した毛布のように丸く盛り上がり、しわ寄っている。ここは横15キロ縦45キロほどの、南北に細長い山麓の丘陵地帯で、5つの肥沃な谷により分けられていた。丘はナリと呼ばれる僅かな土が上に乗った固い岩石でおおわれ、作物の栽培をすることはできなかった。低木が髭のように生えていた。そこで育つイチジク桑は甘くて小さいイチジクのような実をつけた。しかし、谷の地味は肥えていた。その為、石灰石で造られた村は丘の中腹にへばりつき谷は耕作の為にとってあった。

 ユダの山岳地帯に住むイスラエルが見下ろせば海まで見渡せるのでこの地域はセェフェラ(低地・平地)と呼ばれていた。

そしてセェフェラで東方を探っていたぺテシリア人は、エラ谷の東の通り道にある町アゼカを突然奪った。彼ら自身の町ガドはその同じ谷の西端を支配していた。そして、かれらはこのユダの町のできた足がかりを素早く増強した。谷へ送り込んだ大軍はアゼカをすぎて1・5キロのところまで、谷の南側にある丘を占めてそこへ塹壕を掘った。また、その丘の頂に野営し、さらに、谷のソコ西1・5キロのところへ戦線をしいた。ソコそこの人たちは目覚めると、エラの谷をよこぎるように盾の壁ができ、その後にぺテシリア人がはりつきそのまた奥の高い丘には多くのぺテシリア人がいつことを知った。直ぐにかられは使者を送りイスラエルの王に来て戦ってくれることを願い出た。サウル王は戦いの角笛を鳴らした、

 北の部族のおとこ達はほとんどきなかった。ベニヤミンからいくらかのおとこ来た。やってきたのはgほとんどがユダ族の喪にであった。彼らと常備軍を率いてサウル王彼らと常備軍を率いてサウル王は南のベツレヘムへむかい、そこからエラの小川にそって西へソコまで谷を進んでいった。彼らはぺテシリア人のいる丘の北側で野営をした。

朝になって、サウルとアブネルのすべての戦士たちはぺテシリア人の盾を攻撃した。彼らは平らな谷底を横切って進撃し、小麦畑を踏み荒らしたし、無割礼の兵士たちの薄い戦線をまっすぐに突入していった。しかし、戦線の手前でおびただしい矢が降りかかった。左右の丘に射手がいたのだった。伏兵だ。アブネル人は大声で退却を命じた。イスラエルは27人失った。その夜サウル王は再び恐怖にふるえ自分の天幕で目を覚ました。

次の日も前日と同様うまく行かなかった。

 そして日目

イスラエル人はぺテシリア人の野営で笑い声がするのを聞いた。

それは1人の男のとどろき渡る笑い声であった。男は文字通り巨人でイスラエルの民兵をあざける大声が、向こう側の丘から谷をわたってこちら側の丘まで聞こえた。

侮蔑の言葉は5週間にもわたって衰えることがなくこの合戦はサウル王がこれまでに耐え忍んできた中で最も屈辱的なものになった。

 サウル王は日」中はおうらしい体面を保っていた。

しかし、夜はサウル王にとつて耐えがたいもの位であった。眠りについて1時間もしない内に、恐怖とすましい苦痛で目攻めるのである。考えること、計画すること、祈ることも、寝ることも、この1人の男の為にサウル王の軍はエラ谷を横に走る戦列絵への攻撃をやめてしまった。1人の終えテシリア人を恐れる者たちが、どうして千人を相手にできるだろう。額までの丈は2・7メートル以上青銅の兜をかぶり、重さ90キロ以上の鎖帷子をつけていた。足には青銅のすね当て肩の間には青銅の投げ槍をブラ下げ、手には職工が使う巻棒ほどの柄がついた槍を持っていた。出身地はガド名前はゴリアトだった。ゴリアトは毎日朝夕、南の丘の高みに上って大声でよばった。

「わたしはぺテシリア人ではないか、お前たちはサウルの兵士ではないか、私と闘う男を1人選べ。もその男が私を殺したら、われわれはお前たちのしもべになろう。もしその男が死んだら、お前たちはわれわれのしもべになるのだ」

この屈辱的な戦いの5週目にサウル王は夜中突然苦しみの声を上げて目覚めた。まるでハゲワシに胸をついばまれているようだ。

「ダビデ」

彼は生き悶えに言った。唾があごひげを濡らしていた。

「ダビデ、エッサイノ子よ」

そして、既に、若者が歌っていることにきずいた。する王は息を止めた。

「神がおられるから」

とダビデが歌っているのが聞こえた。

「神はおられるから」豊かな優しい声、磨き上げられた黄金のような無垢な音色だった。くちばしで突かれるような痛みはやわらぎやがて消えてゆくのが感じられた。かっと見開かれた眼から緊張がほぐれていった。サウル王は床に戻り、大きく息をついた。瞼は垂れ下がりひとりでに閉じた。

エッサイノ子ダビデは柔らかい6本の弦に指を這わせて歌った。

 わたしには寂しい子ことがない神がここにおられるから。

 わたしの方に手を置いてくださる耳に言葉を聞かせてくれるから。

 主はわたしの羊飼い、わたしを導き

静かな泉と柔らかい緑の草原へ連れて行ってくれる。

主はわたしを養い、癒し、見守り、救い、正しい道を示して先に行かれる。

わたしに寂しいことがない。神がここにおられるから。

わたしの歩みを強めさせてくれるから。

死の谷をわたるときも

わたしは恐れない。私は泣いていない。

わたしは恐れない。私は泣いていない。

あなたの鞭は獣を打ち、あなたの杖にわたしはすがる

あなたの慰め、私の救い。

あなたは今の私であり、始めと終わり

わたしの額に油がしたたり

わたしのつとめには幸いがもたらされわたしは、永遠に主の家に住むでしょう

ああ主よ、わたしはもう寂しいことがありません。

あなたが共にいるから、わたしの羊飼い

主が。

ゴリアとが大声で嘲笑を始めてから6週間目の5日シャンマが王の天幕に来て謁見を求めた。昼の事だった。イスラエル軍は屈服の姿勢を見せ心細そうに寝ころんでいた。誰も食事をしていなかった。王は出てきて天幕の覆いの陰に座った。シャンマの隣には弟のダビデが立っていた。

「それで」

 言いずらそうにシャンマは口を開いた。

「ダビデが巨人と戦いたいというのです」

サウル王は大声で短く笑った。しかしダビデはまっすぐに王を見つめたじろぐことがなかった。

「お前はまだほんの若者だ」サウル王は言った。

「それに羊飼いだ。ゴリアとにはいろいろ有利な点があるうえに、若い時からずっと戦士だったのだ」

シャンマは弟の肩をたたいた。

「だから言ったではないか。さあ行こう」

しかしダビデは兄を通り越して王のところに行った。

「ほかの者たちはゴリアと戦おうとはしません」

ダビデは日の光のようにゆるぎない目を向けて言った。

「イスラエルのすべての戦士の心は、この1人の男の為に力を失っています」

「そうだ。その通理だ。そして大の男が彼と戦わないというのに、どうして若者を行かせることができようか」

 しかし、サウル王の心には1舜よこしまな炎が燃えた。

(抜け目のない若造め)