IMG_1011



































暴力団抗争勃発か

熊谷市江南地区に事務所を持つ文殊院一家の本部が、何者かにより四月九日黎明。拳銃を事務所のドアに撃ち込まれた。事務所の当番者はまだ明けきらない黎明ときなので、眠っていて誰が撃ち込んだかは分からなく、事務所の近所の家の老夫婦が早起きなので、拳銃の発射音を聞き110番してきた。熊谷警察では対立抗争事件勃発と見て直ぐに、組織犯罪対策課や刑事部の者達に総集を掛けた。

ところが、この事件を受け持つ係である組織犯罪対策課の総責任者である警部が、未だ、来ていないので刑事部の皆が訝っていた。

だが、愛は既に、予測していたことであるし愛の借家が文殊院一家とは大沼を挟んで会い向かっていたので現場に来ていた。一応、山中には連絡を入れていた。

「山中さん。これは盗聴していた通りの事が、起きたと言う訳ね。当然、暴力団はうちの係だから、この事件はやらなくてはならない。でも、これは秀岡の狂言であるから、秀岡の方からは二度目はないでしょう。然し、文殊院一家は如何するか分かりますか」

「文殊院の総長は超タカ派ですが、相手をしっかり見届けてから行動に移します。相手が解からないのだから、直ぐには仕返しはないでしょう」

「秀岡の事務所を盗聴した晩に、県警本部長には連絡を入れておいたわ。私たちは、秀岡の思惑通りこの事件に取り掛かっているという素振りを見せておけば良いわ」

「了解しました。直ぐにゆきますので現場で会いましょう」

「オッケー」

班長の山中が文殊院一家の事務所に着いた時は、既に愛は隣にある総長の自宅にいた。盾を持ち防弾チョッキを着た物々しい機動隊が、事務所の前を囲むようにして立っていた。

「山中だ。うちの警部はどこにいるのだ」

聞かれた機動隊員は敬礼をしてから応えた。

「鷹司警部は総長の自宅におります」

「解かった。ご苦労さん」

軽く敬礼をして山中は玄関先まで立っている機動隊を押しのけて総長の自宅に入った。玄関先にいた若い者が、気合を入れた声を出した。

「ご苦労様です」

「悪いな。仕事柄しょうがないからな」

若い者に案内をされて応接間に入ると愛と総長が、にこやかに話をしていた。

「それでは総長、仕返しはやらないと約束してくれますか」

「二十二口径のハジキを撃ち込まれたからといっても痛くもかゆくもない。第一、体に当たっても死ぬわけじゃない。まあ、ヤクザ渡世を長く執っていれば、良くある話です」

「ご理解いただきましてありがとうございます」

正面の壁をきりっと睨むと総長ははっきり言った。

「この辺りのヤクザは、犯さず侵されずを守っている。突発的な事では仕方がないが、これはうちをターゲットにした裏が何かあるはずだ」

確信を突いた総長の言葉に愛は、総長たる者の洞察力の鋭さを感じた。

「では、私の見解と同じです。それまで申して戴きながら、この物々しい警備を配さなくてはならない警察の意とするところを、ご理解していただけるでしょうか」

腕を組み天井を暫く見上げていた総長は、愛の意図するところを汲んだようである。天井から顔を愛の方へ向けると愛を正視して呟いた。

「どのような世界にも裏があり、事情もある。ここで儂が我慢することはこの事件だけでなくもっと大きい事件の解決に繋がるのだろう。好かろう。好きなようにやりたまえ」

文殊院一家の総長である善山杉之は、捜査に賭ける愛の真摯な態度と情熱を感じて感心をしていたのである。

(このような娘が儂も欲しいものだ・・・)

善山杉之の家の門を出て、車が止めてある所まで行くうちに愛も感心をした。

「人から暴力団と蔑まれていても、ここの総長みたいな人がいるのですね」

「二十代三十代はやんちゃで我々も手を付けることが、嫌な位な人でしたが長く懲役へ行き坐禅でもやり、相当高い境涯になったのでしょう」

「そうなのあの人は苦労をしているのね」

「最後の刑務所勤めの時には、刑務所の中で癌に成り、出所を一日千秋の思いで待っていた奥さんを亡くしています」

「そうなのー、相当な苦労をしてなさるのね。だから人の痛みが、わかるし人を見抜く洞察力が有るのね」

「警部。話を本題に戻しますが、これで秀岡は安心をしてシャブを熊谷に運び込むでしょう」

「山中さん。忙しくなるわよ。覚悟しておいてね」

 愛と共に県北組織犯罪対策課の課員は全員、熊谷署に戻った。

 応援で後から来ていた吉岡は、怪訝な顔をして愛たちを見ていた。

(何かおかしい。こんなに早く係の者が署に戻るとは・・・)

 

熊谷署に戻ると愛は全員に命令をした。

「これからが勝負よ。九日か十日の秀岡組に覚醒剤が必ず運び込まれるから、その機会を逃したら、覚醒剤密売組織秀岡組を潰せないわ」

山中が、白沢に命令をした。

「高知から車でシャブを車に積んでからは、お前はGPSで奴らの動きを的確にキャッチしておく事だな」

「イエサー班長」

 

高知沖のZ水域で台湾の漁船との本の漁船が、すれ違いざまシャブの受け渡しをしたのは。四月九日であった予定より半日早く着いた。

文殊院一家に秀岡組の鉄砲玉が、ベレッタの二十二口径三発撃ち込み逃走した日でもある。秀岡と吉岡の計画通り、シャブは陸揚げをして車に乗せ換えられた。大島孝太と福田勤一は、細心の注意を配り、萩原自動車で改造した車に積み終わるとほっとした。

「おい。大島、永田の所につなぎ(電話)を入れておけよ、このことに連絡は、盗聴されていたのではまずいから、解からないように例のアは一・イは二・ウは三・エは四・オは五の方法でやるようにと親分が何時も言っている様に連絡しろよ。

「分かった面倒せーなー福田よー物うけとつたは、なんて数字を言へば、いいのだ」

「三五・二五・四・九・二十・十八・十六・だよ。これは組長が子供のころに覚えた江戸川乱歩の少年探偵団が使ったものだ。組長も餓鬼の時の気分が未だ抜けない部分がる人だ。

確か、秀岡は悪党であるが一点の稚気はある。但し、暴力団の組長である。周りに注意をする者がいないから、悪戯をすると度が過ぎてしまうのである。

既に日本に帰ってきていた秀岡は、大島からの電話を受け取った。

「三五・二五・四・九・二〇・一八・一六です」

この様な計算だけは早い秀岡は応えた。

「一二七だな、孝太。交通事故には気をつけろ」

大島は禿げた頭に湯気を立てて首を傾げてしまった。一緒に入る福田は秀岡とは子供のころから一緒に遊んでいたのを大島は知っていたので、一二七の意味を聞いた。

「一二七というのは如何いう意味があるのだよ」

福田は、にこにこしながら、大島に応えた。

「馬鹿じゃねーかよ。報告をした全部の数字を足せば一二七じゃねーか」

「何だい。そんな事なのか組長もこんな大事な時に、ふざけるのも好い加減にして貰いたいよ」

「俺たちの緊張を解す為に言っているのさ」

「そうゆう訳か、組長ともなれば気を使うものだな。俺は組長になりたくねーよ」

 

 

 

秀岡組事務所家宅捜査

大島と福田が高知からシャブを陸揚げしたものを車に積んでからの動きはすべてGSPが、画像にして捕えて組織犯罪対策課のモニターに映し出されていた。大島が秀岡自身に掛けた電話もすべて盗聴していた。

「この様子なら、十日には完全にシャブを運んだ車は熊谷に入るわ。明日が十日だから午前中からは、全員で武装をしてサンルートホテルの近くで待機していましょう」

清水と桜場は、秀岡が逮捕できると思うと武者震いがしてきた。山中は頻りに自分の自慢の髭を撫ぜていた。捜査の熟練ではあるがこの度の捜査は埼玉県警では半ばサンクチアリ化していた秀岡組である。秀岡組を操作したという事で県警の生活安全課の吉岡警部に嫌がらせをされることは間違いがない。でも、愛警部は、どうやら県警本部長と繋がりが有るらしい。捜査の原点に立ち返れば秀岡組だけをサンクチアリとするわけにはゆかない。聖域を崩すと言う快感も伴ってきたようである。

愛の指揮下組織犯罪対策班は愛の命令通り個々の車を運転して、サンルート裏にある秀岡組事務所付近に向かい待機した。

午後五時になり、清水から電話が入った。

「もうそろそろ、着いても可笑しくない時間です。でも可笑しいですね。車はGPSによると二十分前に、熊谷市内に入った筈ですが、未だ着かないとすれば何か、こちらの動きを察知して、予定を変更したのではないですか、

愛の推定ではシャブを運んだ車は、もう着いても良い時間である。それが着いていないことは、情報が漏れている事しか考えられない。

ウインドウ越しに秀岡組の方を見ていた愛が、山中に電話をして突然に言った。

「こっちで盗聴をしているから安心していましたが、秀岡の方も盗聴していたのよ。それでなければ辻褄が合わないわ」

「どうゆうことなのですか。警部」

「自分たちが盗聴をしているという事は、相手も同じことをやっているのよ。この辺り周辺に集音マイクが幾つも取り付けてあるはずだわ」

山中は愛の言う事をすぐに理解して白沢と清水に電話をした

「ここに来てから、携帯を使わなかったか?」

「はい。白沢と僕で何度も掛け合い、車が遅いなどと話しておりました」

「そうか、解かった以後、命令が有るまで携帯の使用は禁止する」

「愛警部、原因が解かりました。直ぐに携帯を掛けない様に言っておきました」

「そう。仕方ないわね。でも万が一のこともあるから、このままの状態でいて頂戴」

「了解いたしました。両人にも伝えておきます」

秀岡組は愛たちの動きをキャッチしていた。集音マイクどころではなく事務所の壁の四方八方にCCD超小型カメラを取り付けて、事務所のモニターで愛たちの動きを監視していたのである。

「おい。金、見てみろよ。警察の車が事務所の回りに五台も止まっている。直ぐに大島に四〇(よ)一八(て)二(い)二九(へ)四八(ん)一〇(こ)三(う)と携帯を掛けろ」

金 一明は太い眉を寄せて秀岡が、又変な事を言い出したと思いながら、命令通り大島に携帯を掛けた。

「こちら事務所ですが、四〇・一八・二・二九・四八・一〇・三です解かりますか、解かったら了解と言ってください。

携帯電話を受けた大島はそのまま福田に聴かせると福田は笑いながら、大島に応えた。

「予定変更だと。警察にでも気付かれたんじーないか」

大島はあわてて車を止めた。

「どこへ行けばいいのだよ」

「元来た道を逆戻りすればそれでいいのだ」

直ぐ先に十字路が有ったので大島は左折をして直進し又、左折をして更に左折をすると元の一七号パイパスに出た。アクセルを強く踏むとスピードメーターはぐんぐん上がり、気が付いた時には行田市内に入っていた。

「その後、親分からの指示がないという事は、かなりヤバイ状態になっている大島、車を乗り換えなければならない」

「何処に、乗り換える車が有るのだよ」

福田は徐に、携帯を取り出すと何処かにメールを打った。

 暫く、元来た道を進むと左側にトヨタのワンボックスカーのPRADが止まっていた。

「あの車に荷物を積み替えて、大島はこの車で熊谷まで戻ってくれ。後は俺が責任を持ってやっておく」

「勤ちゃん。大丈夫なのかい」

福田は一昔前の小林旭の様な顔をしながら、首を傾げてにやりと笑った。

「任せなさい」

鼻にかかる声を出していった。十分もしないで十キロの覚醒剤は積み替えが終わり、福田は自分で運転をし、左折をして加須方面に向かった。

犯罪者。特に覚醒剤を扱う者達は、用意周到である。もしもの時を常に考えて取引をするのである。もしもの時に覚醒剤を隠匿する場所を、至る所に確保してあると同時に、車も全く秀岡組には関係がないものに買ってやり、乗らせておくのである。隠匿場所も永田・島田・福田しかわからない場所を持っていた。

GPSが取り付けてある車は、大島が運転をして熊谷市内に戻った。

「車が市内に入りました」

白沢から連絡を受けた愛は、気難しい顔をしながら考えていた。

(覚醒剤を扱う者達はこれほどまでに用意周到なのね。面白いじゃない・・・)

携帯と手にすると山中に指示を出した。

「山中さん。車が戻ると思いますが、乗っている者は逮捕してね。覚醒剤は積んではいないと思いますが、逮捕をして車を細部に至り、薬物反応が出ないかどうか調べて頂戴」

「十キロからの覚醒剤を積み替えるのだから、微量に物は出てくると自分も思っています。運転をしているのは多分、大島孝太でしょうから、逮捕をすれば、自分が助かりたい為に、全部は喋らないが、何かの暗示を示してくれるでしょう」

「大島の口は固くないのね」

「固いと言えば固いのですが、計算高いものですから、本件の全貌は吐かないと思います。しかし、検事に堤出する上伸書を大島に有利に書いてやると言えば、謎をかけてきますのは間違いが有りません」

「この連中は皆、自分が可愛いのね。本当に腐っているわ。汚さで吐き気がしてくるわ」

「覚醒剤を扱う者達は、汚いでは済まされない。心まで汚れきっています。警部これが実体です」

ブレーキの音がしたと思ったら、大島が運転をする車が秀岡組の事務所の前で止まった。

「山中さん。行くわよ」

「了解いたしました。行きましょう」

大島が車から降りて二・三歩歩くと山中が、低くて響く声で大島を静止した。

「大島孝太、覚醒剤所持で逮捕する!」

事務所内の監視カメラで見ているのか、秀岡と金は事務所の外には出てきなかった。金は太い眉の元を寄せて体中をがたがた震えさせていた。秀岡組では一応幹部であるが、組に入ったのは女性に持てると思ったからで、自分でも深谷市で不動産屋を経営しているから、自分が逮捕されれば会社は潰れるという恐怖がある。

愛と山中が大島の腕を掴んだ。

「なにー、俺は何もしていないぜ!」

「言い訳は署に来てから言え!」

 大島が助けを求めるように、秀岡組の事務所の入り口を見ていたが、秀岡も金も事務所の中で固まってしまい、大島を助けに出てくる者は一人もいなかった。

 

 

 

取し調べ

山中は正義感が強い。その上に警察官である誇りを愛により取り戻していた。従って、大島に対する取り調べは呵責がなかった。

「大島。シャブの捜査では盗聴や囮が有るのを知っているだろう。お前がこの度の取引で高知に行ったのは全て証拠が挙がっている。後になりしまったと思わないように、今から正直に話してみては好いのではないか」

禿げ頭の眉間に皺を寄せて大島は応えた。

「おれは何もやっちゃいねーよ。何を根拠にして俺が、シャブを運んだと言うのだ」

「冒頭で言ったじゃないか。シャブの捜査は盗聴や囮が出来るのだと」

「盗聴しても何をしても俺は潔白だ」

「馬鹿野郎。お前は最近の事が解からないのか、今度の刑を打たれれば五十三歳のお前は七〇中近くなることは確実だ」

一舜、驚いた顔をしたが、直ぐに取り直して大島は反撃してきた。

「何年懲役を食おうと死ぬまで刑務所にいる訳じゃあないぜ」

「馬鹿野郎。法律が改正されてシャブは無期まである」

山中が無期まであると言った時、大島は膝から崩れ落ちた。椅子にしがみつきながら座り直すと涙を浮かべていた。

「本当の話だな。山中さん。無期は俺も仙台の刑務所を務めたことが有るが、実際には死ぬまで出ることはできない。今、俺は若い女房をもらって子供が出来たばかりなのだ。何とかならないか」

「刑期を決めるのは俺じゃない。裁判官だ、しかし、取り調べに於いて素直に申し述べれば情状酌量の余地はあるだろう」

「そんなことを言っても約束通り行く訳がない。検事に俺の為に特別に上伸してくれないか」

「お前が、全てを喋ればの話だ」

大島は、小ずるそうに上目使いで山中を見ると周りの気配を気にするように口を開いた。

「先ず、そこにいる刑事を部屋から出してくれ」

本来なら取り調べは必ず随員が着くのであるが、山中は顎をしゃくって、随員の刑事を部屋から出した。

「これで、お前が事件を喋る環境は整ったわけだ。さあ、喋ってもらおうか」

「喋るけど調書は非公開にすると約束してくれ。そうじゃないと後で、弁護士から俺の喋ったことが、全部秀岡組に知られてしまう。長い懲役は免れても命がなくなったら終わりだ」

「その様な時は、警察で保護するから心配をするのではない」

「何が聴きたいのだ。検事に上申書を出すことと山中さんが、調書を非公開にすると約束をしてくれれば何でも喋るぜ」

「それでは聴こう。今度も取引は何キロを取引したのだ」

「おれは秤を持って歩いていないから、分からねーけど。十個という事だ」

「十個というのは何キロだと聞いているのだ。何個じゃ解からないぞ。どうせ調書は非公開だからはっきり、言ってくれ」

禿げた頭の眉間に皺をくっきり寄せて大島が、意を決したように口を開いたが、何としても刑期の事が気になるようである。内心山中は大島を軽蔑しながら、その素振りも見せないで優しさを演出して、大島の利己的な人間性も間で綯交ぜにして微笑んでいた。

「平成十五年・三月十日、午前四時三〇分、高知市の海岸で漁船から、十キロのシャブをうちの車のホンダ・ステップワゴンに、積んで福田勤一と二人で熊谷市まで運んできました。市内に入ったところで、事務所から暗号で『予定変更』と携帯でいってきたから、福田が車を呼びシャブを積み替えどこかに行きました」

山中は大島の喋るのを聞き業務的には扱いやすいので良いのだが、若しこのような友人を持ったら偉いことになると思った。

「福田がどこへ、シャブを運び込んだかは解かるのか」

「俺は知らねーよ。親分にそこまで信用されてないからな」

信用されていないのは当然であると山中は思い。更に、この男は僻みが強いと思えた。

「予定変更の連絡が入り、福田が運転した車は何処へ行ったのか、想像でも好いから聞かせてくれないか」

俺が知っているのは十七号パイパスを行田方面に行き吹上駅の手前の道の角で別れた。福田は左折をしていったから加須方面に行ったのじゃあないか」

「加須方面の道なら百二十五号線だ。左折をした後、次にどこで曲がったか解からないか」

「余りスピードを出していなかった事は解かるが、後は全く解からねーよ」

(スピードを出していないという事は、直ぐに曲がるという事だろう・・・)

「大体の話は分かった。後から細かいところまで聞くから思い出せないところはよーく、思い出しておくことが大島の身の為になる。良く物事を考えていてくれ留置所は、改築してあるから住み心地が良いだろう」

「おい山中さん。冗談も休み休み言ってくれよ。誰が好んで留置所がいいと言うのだ。人をコケにすると俺は口が重くなるぜ。それでも好いのなら、俺にハッタリを噛ませばよい」

この男はどこまで腐っているのだろうと思いながら、随員の刑事を呼んで手錠を掛け留置所に連れて行かせた。

(さーて、愛警部に報告をしなくてはならない。忙しくなるぞー)

大島から聴き取った事件の大筋を書きとめたメモを持って、愛のデスクに行った。

山中が渡した秀岡組覚醒剤販売目的所持違反のメモを見ながら、大筋を聞くと愛が端正な顔を歪めた。

「大島という男は、碌な人ではありませんね。私たちとしては、調べ良いから、楽な人間ですが、こんな心の濁った人を友人に持ちたくありません」

大島を調べていた時に山中が感じたことを愛が言ったので、自分の人を見る目も満更ではないと自信を得ることが出来た。

「警部。これだけじゃ秀岡を逮捕することが出来ません。事件の大筋が解かっただけで秀岡逮捕まではもう少し時間がかかるでしょう」

「そんなことはありません。一部の確証が有れば私は逮捕します。トランペットのように良く音が出る大島が、こちらに身柄が有る限り、秀岡は逮捕します。山中さん職権乱用になるとでも思っているの」

「操作は慎重にやることが原則です」

「原則に捉われているから、今まで罪のない人たちに覚醒剤を覚えさせて廃人にさせているのを解かってながら看過してきたから、秀岡みたいな怪物が出来てしまったのよ」

愛の言葉に真実な思いを蘇らせた山中は、体中から闘志が湧いてきた。

 

 

 

拳銃無常

 愛が、県警本部長である久我翔次郎にその晩で電話を掛けた。

「翔次郎。少しは本部長の椅子に慣れた。私は久しぶりに本気になったわよ」

「愛さん。何を本気になったのですか。貴女が本気になるとは、遣り甲斐がある捜査なのですね」

「そうよ。覚醒剤の大元を逮捕しようと思っているの、秀岡組というのを」知っているでしょう」

「勿論、県内ではなく関東では一番の大物でしょう」

「その通りよ。明日、寝こみを襲ってやろうと思っているの、最悪は拳銃を使用するから承知をしておいてね」

「警察学校で一番の拳銃の腕を持ち何度も表彰されている愛さんが、使用するなら安心して許可できますよ」

「ありがとう。でも手元が狂って死なせることが、有るかもしれないわ」

「然るべく・・・」

「良い言葉を覚えたわねー、さすが県警の本部長様だわ」

「愛さん。冷やかさないでください。僕は今本部長という椅子に慣れようと思って真剣なのですから」

「翔次郎。真剣になり本部長を務め今度は検察庁でも行くの」

「・・・もう良いから愛さん。明日の秀岡逮捕には、くれぐれも用心をしてください」

「ありがとう。お・や・す・み・本部長さん」

翌朝、午前三時に署に行き四人の部下と秀岡逮捕の打ち合わせをして、秀岡組事務所へ山中が、久下にいる女の所にいる秀岡は愛が担当して、それぞれの目的地に向かった。

車を運転しながら、携帯電話が鳴ったので手に取り耳に当てると、県警本部長からの電話であった。

「全部で五人では危険だから、本部からの応援を三十人ほど熊谷にやったから、了解しておいてください」

応援などは当てにしないでいたのであるが、本部長の気持が嬉しかった。

愛が、秀岡の女の家の前に行くと既に、人眼に付かないように県警の応援部隊が秀岡の女の家を取り囲んでいた。

(ご苦労様・・・)

愛がアイコンタクトを送ると県警の応援部隊の者が、さりげなく返してきた。

 同時に部下の白沢に命令をした。

「逮捕状を出して付いてきなさい。もし、秀岡が拳銃を出したら透かさず撃っても構わないわ」

白沢は愛の顔を見ると頷いた。そして、直ぐに玄関の扉を開け秀岡を呼んだ。

「秀岡元次。覚醒剤営利目的所持で逮捕する。出てこい」

家の奥から秀岡の声がした。

「朝っぱらから煩い野郎だ。なんか俺に用事でもあるのか」

「秀岡出てきなさい」

愛が、大声を出して秀岡を呼んだ。女性の声が聞こえたので不思議そうな顔をして秀岡が出てきた。

「秀岡覚醒剤営利目的所持で逮捕する!」

白沢も大声を出した。

(可笑しい。県警の吉岡の野郎今日、逮捕状が出ると連絡がなかった・・・)

同時に秀岡がガウンのポケットから、ベレッタ二十二口径オートマチックを出して二人に向けた。

「おれを逮捕しようと思っても無理だ。それ以上動くとハジキのトリーガーを引くぞ!」

秀岡に拳銃を向けられても愛は、微動だもしなかった。

「そのような玩具を出して警察を脅かそうとしても無理よ。秀岡いう事を聞きなさい。

秀岡は自分を逮捕に来た刑事が、類のない美人なので内心驚いていたその上、愛用のベレッタを向けても全く動じない。

(この女が例の警部かよ、お嬢さんと思っていたらこれは本物だ・・)

いきなり、ベレッタの銃口を天井に向けるととリーガーを引いた。

「パン。パン。パンー」

秀岡は脅しで、拳銃を打ったのであるが、これで又、罪名が着くとは思っていなかった。『銃砲刀剣類所持違反並びに発射罪』である。この拳銃を発射したことにより、覚醒剤事犯と併せ秀岡は、死ぬまで刑務所に行かなくてはならなくなった。

余りにも簡単に拳銃を発射した秀岡が、法律を知らないのではと考えて愛は、教えてやった。

「銃砲刀剣類所持違反並びに発射罪が付けば最低でも十五年は、刑務所に行くわ。彼方それを承知でしょうね、承知なら腹の座った人と私が褒めてやるわ」

瞳を上に向け白目を見せ考えている様子の秀岡が、狼狽の色を垣間見せた。

そして、自分で頷くと愛に本気で脅し文句を言った。

「こうなればやけくそだ。オメーらも道ずれにして、この世とはアバヨだ」

ベレッタを愛に向けて、トリガーを引いた。

と白沢が思った時には、愛が、一瞬早く警察拳銃であるベレッタ92Fを引き出して秀岡の両方の脛を打ち抜いた。至近距離からの発射であるから脛の骨は砕け秀岡は玄関先に崩れ落ちた。全く使い物にならない足となり、崩れ落ちた秀岡が悔しがった。

「もっとでかいハジキを持っているのだった・・・」

「何負け惜しみを言っているの、私に止めを撃たせないで!」

ベレッタ92Fの威力は圧倒的である。両方の脛が申し訳程度に繋がっている秀岡は出血多量で虫の息になっていた。

白沢が既に、救急車を愛が発射をした時に呼んでいた。救急車の担架に乗り運ばれて行く秀岡を見下ろしながら、愛が落ち着いた声で言った。

「ヒエラルキーの頂上を崩せばその組織は終わる。でも、第二・第三の秀岡が出ないようにしなければなりません」

 

その頃山中も秀岡組ナンバーツーである永田と事務所にいた金を逮捕していた。

山中からの報告を聞くと愛は、県警本部から応援に来ている刑事たちに一人ひとり、手を握り挨拶をして解散をしてもらった。

熊谷署に戻ると山中も既に、永田と金を連行してきていた。

「ご苦労様です山中さん。大島・永田の身柄が有れば、十キロの覚醒剤の行方は必ず解かるでしょう」

「秀岡が虫の息である現在、永田も諦めて福田の所在を言うでしょう。そしたら、十キロの覚醒剤が何処にあるかが、解かると思いますし、絶対に喋らさせます」

「そうね。組織のナンバーワンとツーがこの様では秀岡組も終わりよね」

覚醒剤を車に積み替えて大島と別れた福田は、大島に加須方面に行くと見せかけて次の信号をまた左折した十七号パイバスに沿って道はあった。何度か曲がり、熊谷の市内に入らないようにして、車を深谷市方面に走らせた。深谷市内に入ると自分の生家が有った近所の滝の宮神社の東側に車を付けた。

(さーて、仕事にかかるか。大島なんぞと一緒ではやばくてしょうがねーから、一人の方がいいよ・・・)

福田は何時の間にか用意をしたのか、唐草模様の古くて大きい風呂敷を二枚取り出して、後部座席に広げると一キロづつになっている覚醒剤を五個風呂敷に包んだ。二つで十キロである。細身の体にどうしてこんな力が有るのかと思わせるくらい軽々と両方の手に風呂敷をぶら下げると滝の宮神社の本殿の方に歩いて行った。

本殿の左側にある神楽殿に上がると荷物に紐をつけて、紐を口に咥えると神楽殿の十二支が、彫刻されている欄間に掴まり体を引き上げた。

何枚もの板で装飾が施されている天井板は、福田が押し上げると直ぐに持ちあがった。体を半分乗り出して天井の状態を点検した福田は、覚醒剤が包んである風呂敷を二個置いた。天井板を元に戻した福田は大きなため息をついた。

(よしこれで大丈夫だ。餓鬼の頃から、ここは俺の宝物の隠し場所だったし、一度も隠したものが人に見つかったことがない・・・)

 

秀岡は愛のベレッタ92Fに倒れ、ナンバー二の永田は逮捕。その下の大島は組織犯罪対策課の犬となっていたが、福田の足取りと十キロの覚醒剤の行方は杳としてわからなかった。

唯、本件の捜査が終了して三ヵ月後に、滝の宮神社の鯉池に仰向けに浮かぶ福田の物言わぬ体が有り、深谷署で検視をしたところ覚醒剤の大量接収が原因であることが解かった。

死人に口なし、福田の死については「シャブの遣りすぎ」という事で済まされてしまった。

大島は秀岡が倒れたことを聞き本件の取引のすべてを喋った。永田は裁判で十五年を判決されて控訴することなく下獄した。大島は懲役十三年を判決されて、泣く泣く長期刑務所である宮城刑務所に行った。金は十年の懲役を判決され、控訴をして現在東京拘置所にいる。

秀岡の組長は外科病院に入院したまま車椅子の生活を余儀なくされた。

事件が覚醒剤の行方が解からない儘、解決してしまったことに対して、鷹司 愛は部下たちにはっきりと言った。

「千里の道も一歩から覚醒剤の行方が解からないのは残念ですが、『百戦百勝は善の善なる者に非ず』と孫子も言っています。とにかく、皆さん良くやってくれました。今夜は皆で又フェニックスに行きましょう」

「秀岡組と愛警部編」 終り

(愛と悪との戦いは飽くことなく続きます。次回作をお楽しみに)