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山桜の鎌吉

 

 俗に八州見回りと呼ばれている者は、正式には「関東取締出役」という。関八州は、天領・大名領・旗本領・寺社領が細かく入り組んでいたため、各領地ごとの自主性が優先して、警察権の行使がままならず、博奕、暴力、殺人、盗み、帯刀等の犯罪が多発していた。天領で犯罪を犯した者が、大名、旗本、寺社の領地に逃げ込めば、治外法権化していた。この問題を解決すべき方策として、「関東取締出役制度」がとられたのである。関東取締出役といっても、関八州の事情に精通している者は皆無である。そこで地方、地方に道案内人なる者を任命して、悪党捕縛に協力させたのである。

 道案内人には、各宿場の顔役である博徒の親分が多く選ばれ、手下の岡引きに賭場を開かせて、御用博奕と称して、寺銭を稼がせていたのである。

 八州取締役人の手先である道案内人は、自分達の罪状を、目こぼししてもらう暗黙の条件として、仲間を売るという卑劣な行為を、恒常化させていた。後の忠次郎が、徹底して嫌った二足の草鞋である。

 木崎宿の旅籠屋孝兵衛は、関東取締出役の道案内人である。その配下の岡引き〝山桜の鎌吉〟が国定村にいた。鎌吉は性根の拗(ねじ)れた小悪党で、村の鼻つまみ者である。お上の威光を笠に着て、婦女子は拐かすは、村人の弱いところを探り、恐喝はするは、暴行に及ぶは、悪の限りを尽している。国定村の博徒の縄張りは、本来、百々の紋次のものであるが、鎌吉はお上の威光を笠に着て、紋次に無断で、賭場を開いていた。

 養寿寺の先にある六道の辻を、田部井村方向に南に下った所に、鹿島神社がある。その一町ばかり手前に〝山桜〟という居酒屋を、木崎宿の飯売下女上りの、おさんという年増に開かせている。

 店の名である山桜は、この店を鎌吉が持ったとき、店の名を付けてくれと頼まれた名主の又兵衛が、鎌吉が非道い出っ歯であるのを揶揄して、山桜が花より先に、葉が出ることに捩って付けたのである。村人達は、これを良く識っていて、〝出っ歯の鎌吉〟という代りに、〝山桜の鎌吉つぁん〟と呼んで、からかい、鎌吉の無法に対して、溜飲を下げているのである。気が付かないのは鎌吉だけで、本人は〝山桜の鎌吉〟という通り名が、大層気に入っているのだから、始末が悪い。

 十二歳まで、母親の実家である国定村の大山家に、預けられていた文蔵が、世良田の三ッ木村から、久し振りに忠次郎のところに遊びに来た。秋祭りの笛や太鼓が、秋風に運ばれて聞えてくる。鹿島神社の秋の祭りである。莫逆の友である重兵衛、清五郎を誘って、養寿寺の先の六道の辻を南に向っていると、居酒屋〝山桜〟の前に来た。〝山桜〟の店の前には、昼間から酒を食っているのであろう。赤い顔をした破落戸(ごろつき)が三人、前を通る女達に卑猥な言葉を浴びせて、喜んでいる。

 忠次郎達は眉を顰(ひそ)めて互いの顔を見合せた。と、その時、百姓の嬶(かかあ)でもあろうか?一見男好きのする容姿の年増が、五歳位の子供の手を引いて、破落戸達の前を通った。それを目にした破落戸が、今にも涎(よだれ)を垂らさんばかりの顔をして、足をもたつかせ年増に近付くと、子供を突きとばして抱き付いた。

「えーん、えーん」

 子供は不安にとらわれて、大声で泣き出した。

 年増は、肩を竦めてかぶりを振る。

「止めてください」

「エッヘッヘッヘー」

 破落戸は、げびた笑いを浮べて、年増の尻を擦った。

 思はず忠次郎は走り寄り、泣いている子供を抱き抱えた。文蔵、重兵衛、清五郎も走り寄った。驚いたのか、破落戸は年増から、手を放した。

「魂消(たまげ)るじゃねぇか。この野郎」

 虚勢を張って言った。忠次郎は、大きい目を更に見開いて、破落戸(ごろつき)を睨み付けた。剣術の師である本間仙五郎が、その気迫に瞠目した程の迫力である。破落戸は忠次郎の気迫の鋭さに飲まれて畏縮した。

「何も取って食おうと、している訳じゃねぇや」

 照れ隠しであろう。仲間に向って力なく笑った。

 文蔵が、幼さが残る端正で、少し雀斑(そばかす)の残る顔を歪(ゆが)めて、畑の隅にある肥溜めの中で蠢く、蛆虫を見るように、破落戸を睨め付けた。

「うす汚ねぇ奴等だ」

と言うと、清五郎は、

「本物の博奕打ちは、無闇に女を冷かしたりはしねぇぜ」と言った。

 忠次郎は、幼い子供を突き飛ばしたことが、気に食わないので、憮然とした面持ちをしている。

 ――男は弱い者を虐めちゃいけねぇ。弱きを扶け、強きを挫く

「これが男じゃねぇか」

 文蔵、重兵衛、清五郎は、我が意を得たりという面持ちをして、互いに頷いた後、忠次郎を仰いだ。

 四人で一町ばかり、そぞろ歩いて行くと鹿島神社の前に着いた。神社の鳥居から参道にかけて、野士(てき屋)達が三寸(商品台)を並べて、薬種、反物、植木等を売っていた。

 野士は中国古代の三皇五帝の三皇である伏儀(ふぎ)・神農(しんのう)・女媧(じょか)のうち、神農を神として崇めている。牛首人身の神農は、鍬(くわ)などの農具を発明し、五穀をまいて人類に農業を教え、百草をなめて、薬草を見分けて医薬の道を開いたと伝えられている。薬種商が、冬至の日に神農をまつったのが嚆矢(こうし)で、野天で薬種を売る者が多くいたため、それが他の野士達に敷衍(ふえん)したのである。

 この頃の、関東に於ける野士薬師の元締は、武州きさい村竹沢政五郎である。

 野士の口上の巧みさに感心しながら、参道を歩いて行くと、本殿横の広い敷地に仮設された村芝居のための舞台と、観客席があった。席といっても、蓆(むしろ)を敷いてあるだけの、粗末なものである。

 文化、文政の時代は、江戸を中心として華美になり、消費経済が昂進した爛熟の時代であった。上州の農家の収入も増加され、生活は向上して、享楽的雰囲気に浸されていた。従って、村芝居が盛んとなり、各農村はこぞって村芝居を始めていたのである。

 蓆の上に横一列に座って、これから村人達が演じる村芝居の演目である「忠臣蔵」六段目(お軽と身売りと、勘平の切腹)を、重兵衛が物知り顔で語っているのを、空ろに聞きながら、忠次郎は胸の前で組んだ腕の肘に止まっている赤蜻蛉を見詰めていると、風もないのに赤蜻蛉は、すーっと飛び立った。と、同時に、

「やい、やい、やい。手前ら、誰に断って芝居なんぞ始めやがる。村で何かをする時きゃ、山桜の鎌吉親分に挨拶するもんだ!判っていやがるか」

 声のする方に忠次郎達が振り向くと、山桜の鎌吉の所で、とぐろを巻いている破落戸が三人、抜き身の長脇差(ながどす)を手にして、立っていた。

 それを見た女子供が悲鳴を上げた。悲鳴を切っ掛けとして、蓆の上に座っていた村の者達は、一斉に立ち上り、右往左往して狼狽(うろた)え始めた。

「村の衆。慌てないでくれ」

 忠次郎が言い終らぬうち、破落戸の一人で、目尻の下った小太りの男が斬り付けてきた。咄嗟に躰をかわして、男の右腕を背中にねじ曲げ、長脇差を取り上げ、傍に放り投げた。

「村の衆に無法を働いちゃいけねぇ。まして芝居を楽しみに来ているんだ。芝居の邪魔をしてはならねぇぜ」

「何を吐(ぬか)しているでぇ、この小僧」

 破落戸が忠次郎に、長脇差の切っ先を向けた。見ると切っ先が僅かに震えている。

(意気地のねぇ破落戸だ)

 腕の逆を取っていた男の尻を、思い切り蹴り上げて放すと、破落戸達と向き会った。文蔵、重兵衛、清五郎は、忠次郎の傍を離れず、破落戸達を睨んでいる。どこに在ったのか、木刀のような木っ端を、文蔵が忠次郎に渡した。木っ端を攫(つか)んだ忠次郎が、青眼に構えると、屁っ放り腰で長脇差を構えている破落戸の一人が、斬り込んできた。薪割剣法である。充分に間合を取っていた忠次郎は、難なく横に躱(かわ)すと、木っ端を破落戸の頭に、叩き込んだ。破落戸は地べたに倒れると、口から泡を吹き出した。

 芝居を見物にきた村の人達は、忠次郎の鮮やかな手練に、芝居の殺陣(たて)を見ているような錯覚に捕われたのか、喚声を上げて拍手までしている。残った破落戸に向き直り、忠次郎は木っ端を構えた。

「待った。待った。待った!」

 声のする方を見ると、山桜の鎌吉が、用心棒と思しき浪人を一人連れて、急ぎ足で歩いて来た。忠次郎と破落戸達の間に、両手を広げて分けて入ると、いきなり濁声(だみごえ)を張り上げて、破落戸達を怒鳴り付けた。

「この馬鹿野郎!いつも俺が言っているじゃねぇか。村の衆に迷惑掛けちぁならねぇと…この山桜の鎌吉に、手前ら恥を掛かせるんか!」

 腰から十手を抜き取り、破落戸達の顔や肩を斟酌することなく殴り付け、倒れると足蹴にした。

 あまりにも真に迫り、容赦のない鎌吉の様子に、怪訝そうな目をして、破落戸達は鎌吉の顔を盗み見た。

「勘弁してくれー」

「もう二度といたしません。助けておくんなせい」

 村の人達は、それぞれに鎌吉に声を掛けた。

「いよっ!山桜の親分」

「いいよ!鎌吉つぁん」

「千両役者だ!山桜」

 村の人達の掛け声に、鷹揚に頷く鎌吉である。村の人達からすれば、火付け役として、破落戸達に乱暴を働かせ、火消し役として、鎌吉が登場して、善い処を観せているのは、重々承知しているのである。

 好い気なものである。胸を反し破落戸達を追い立てながら、鎌吉は引き上げて行った。

「これが本当の田舎猿芝居だ」

 大声で清五郎が言うと、村の人達は腹を抱えて、大笑いした。

 何事もなく、芝居が終ったので四人は、忠次郎の家で友蔵を加えて、最近覚えた酒を、車座になって飲み始めた。

「忠次郎は強えなぁ……破落戸達の態(ざま)はなかったぜ」

 感心した様子で、清五郎は言った。

「彼奴(やつ)ら、うす汚ねぇから、必ず仕返しがあるぜ。どうする?」

 文蔵が言うと、盃の酒を一息に飲んで、味を確かめているのかと思う位の間をおいてから、忠次郎はぽつりと言った。

 ――巧遅は拙速に如かず、か………

 文蔵は首を傾げた。

「難しくて訳が判らねぇ。訳を教えてくれ」

「ああだ、こうだ考えて、遅れて上手に物事をやるより、下手でも、速いとこやった方が好いってことよ」

 文蔵は得心の行った面持ちをすると、眉頭を寄せて眉間にしわを寄せて言った。

「それじゃ、これから鎌吉を叩き斬るってことか?そいつはいいぜ。忠次郎行くか」

「おう行くぜ」

「待ってくれ。忠次郎と文蔵、鎌吉のようなうす汚ねぇ野郎と、お前達を交換させる訳にはいかねぇぜ。辛抱しな。行くのが男なら、行かねぇのも男だぜ」

 分別臭い顔をして、重兵衛は言った。

「それじゃ彼奴らが此処へ乗っ込んで来たらどうする。そんときぁ遅えぜ」

と文蔵は言う。重兵衛は尚も言った。

「村の衆の前で、あれだけの啖呵を切って、猿芝居をした鎌吉だぜ。何があったって此処へは来られねぇよ」

「俺もそう思うぜ。彼奴ら此処へは来られねぇぜ」

 重兵衛に同調して、清五郎が言った。

「万が一にも、鎌吉達が此処へ、乗っ込んで来たら、俺らぁ命を捨ててもいいぜ。何時だって忠次郎と一緒なら、死んでもいいと思っているんだ」

「俺も重兵衛と同じ気持だぜ」

「俺だって、忠次郎と一緒なら死ねるぜ」

 文蔵も清五郎も、重兵衛に同意して、手を握り合うと、忠次郎が、肉の厚い大きな掌で包み込んだ。

「宜しく頼むぜ」

 四人は、真摯な眼差しをして、お互い見詰め合った。

 これを見ていた忠次郎の弟友蔵は、後年、文蔵、重兵衛、清五郎の間柄について、人に訊かれると次のように答えている。

 ――相与(あいとも)に信ずるを任と為し、是非を同じくするを侠と為す

 

 その頃、山桜の鎌吉は、名主の又兵衛の家で縁側に斜めに腰掛け、出っ歯を剥き出して、又兵衛を強請っていた。

「名主ともあろう者が、お上が禁じている村芝居を采配して、百姓どもにやらせるたぁどうゆう了見だい。えー又兵衛さんよ。言い分があったら訊こうじゃねぇか?」

「ご法度と言っても、それは表向きのこと。実際どの村でもやっていること。芝居は畑仕事で疲れた村の衆の息抜きですぞ、鎌吉さん。あんたが、あれこれ言うだけで、他の者は何も言いはしやせん。村の衆が芝居を演じたり、観たりしてあれ程楽しんでいるのが、鎌吉さぁんには判らないのかね」

 鎌吉のような強請の常習者は、言葉尻を捉えるのに長けている。又兵衛の吐いた言葉に、強請の詰を見付けたようである。

「俺も黙っていてぇけど、何しろ十手を持つ身だからよぉ。でもよ、俺が黙っていりゃあ他は何も言わねぇと言うんなら、事と次第によりゃあ俺だって口を噤むぜ。ただよ、若ぇ者が何んて言うかな。彼奴ら食わして行くのだって、ていへんなんだ又兵衛さんよー」

 充血して、どろんと濁った目で又兵衛を鎌吉は睨んだ。

 名主の又兵衛は豪胆な男である。鎌吉の嚇しなど歯牙にもかけていない。山桜という鎌吉の店の名も、揶揄して名付けたのは、又兵衛である。鎌吉がいくら凄んでも、寸分も動じない。目的も判っているので三両の金を持って、鎌吉の演じる狂言回しを、見て楽しんでいる気持である。腹の底から湧き上る笑いを堪えている。だから鎌吉の顔を正面に見ると、笑いが噴き上ってしまうので下を向いているのである。それを鎌吉は、又兵衛が威に屈して、畏れ入っているものと、思い込んでいるので始末が悪い。又兵衛の我慢も限界に達している。

「山桜の鎌吉親分。名主のわたくしに免じて、此の度のことは、これで勘弁願いたい」

 剥き出しの小判三枚を鎌吉の前に、さりげなく出すと、小判を一瞥して金額を確め素早く懐になぐると、徐ろに、縁側から立ち上り、

「流石(さすが)、名主の又兵衛様だぁ、話が判らぁー。それじゃな」

 鎌吉はほくそ笑みながら、早足で去って行った。鎌吉の後姿がまだ見えるうち、又兵衛は腹を抱えて笑い出した。

「ウワッハッハッハー」「ウワッハッハッハーハァ」

 秋風に乗り、又兵衛の豪快な笑い声は、しばらく聞えていた。

 

 父親の与五左衛門が逝って七年が経った。母親の嘉津と弟の友蔵の三人で、養寿寺にある与五左衛門の墓に、嘉津が捏ねて作った団子を供え、花立に花を差し、線香を点して冥福を祈った。

 その後、本堂に行き貞然と共に『如来寿量品(にょらいじゅりょうほん)』を唱えて、養寿寺を後にした三人は、あずま道を東に向って歩いていた。

 左を見ると赤城山が、なだらかな裾を広げて、初夏の空の下、くっきりとした姿を浮べている。

 その姿に見惚れながら、初夏の風を頬に受けながら歩いて行くと、聞き覚えのある声が聞えた。忠次郎の家の裏に住んでいる小百姓清吉の娘お光の声である。

「なんでわたしが、世良田の飯売女にならなければならないの?」

「うるせぇ。つべこべ抜かすな。清吉の借金が返せねぇのなら、お光、お前(めえ)が躰で返すしかねぇじゃねぇか」

「嫌だ!嫌だ!嫌だ!!わたしは飯売女になりたくないよ」

 お光は畑中道を走って来て、あずま道に出ると忠次郎達がいたので走り寄って忠次郎の後に隠れて、助けを求めた。

「忠次郎兄さん、助けて!」

 友蔵と同い歳で十五歳のお光は、幼い頃から、友蔵の遊び相手で、忠次郎も気心を知り、妹のように可愛がっている娘である。

 息を切らせて、お光を追い駆けて来たのは、山桜の鎌吉と手下の破落戸三人である。

「どういうことだ鎌吉つぁん」

 忠次郎が鎌吉達を睨み付けると、忠次郎の腕の立つのを知っている破落戸達は怯(ひる)んだ。

「訳はなぁー忠次郎。お光の親父の清吉がな、俺に借りがあるってことよ」

 一年前、お光の父親の清吉が、居酒屋山桜で酒を飲んでいた。徳利三本を空にして、微酔機嫌になったので帰ろうとした時、鎌吉の手下の破落戸に、言葉巧みに博奕に誘われた。店の奥に行くと、俄にしつらえてある賭場があった。張り取りするのに必要な駒札を、一両分鎌吉に借りて、瞬く間に負けてしまったのである。帰るときに、鎌吉の用意した借用証文に爪印を押した結果である。利息は十日に一割と書かれていたのであるが、清吉は字が読めないのである。

「お父つぁんが借りたのは、一両だと言っているよ」

 鎌吉は懐から、証文を出して、忠次郎とお光に示した。

「ここに利息は十日に一割てぇ書いてあるじゃねぇか」

「それは非道いや」

 忠次郎が言うと、傍にいる嘉津と友蔵が、呆れた顔をして、鎌吉を見た。鎌吉は臆面もなく、当然といった顔をしている。

「元金と利息を含めて四両だ。返してくれねぇのなら、お光を飯売女に叩き売るしかねぇだろう」

 あまりにも、阿漕な鎌吉に対して、忠次郎は躰の奥底から、湧き上るような憤りを感じた。

「そんな横車は、通させねぇぜ」

 鎌吉と破落戸達は身構えた。

 鎌吉は、証文を懐に入れると腰から、十手を取り出して、忠次郎の鼻先に向けた。

「忠次郎。腕が立つからといって、図に乗るんじゃねぇぜ。俺ぁこれを預る身だってことを、忘れちゃいけねぇぜ」

 忠次郎の躰の底から湧き上る、悪に対しての憤りが、限界に達したかのように、顔を朱に染めて、恰も、火焔を背にして立つ、不動明王の忿怒の形相に変っていた。

 嘉津は、我が子の様相を見て、忠次郎の我慢の限界を覚った。忠次郎に鎌吉のような屑を相手に、争いをさせたくないのである。鎌吉に向って、毅然とした態度で言った。

「清吉さんの借りは、わたしが返します。だから、お光さんには、絶対に手を出さないでくださいよ」

 鎌吉は意外と思ったのか、一瞬忠次郎と嘉津の顔を見比べた。

 鎌吉は己れの顔の造作が尋常でないのを知っている。女は寄り付かない。よしんば、寄ってきてもそれは、十手の威力であることも判っている。その反動であろうか。異常な位の女好きである。お光を世良田の旅籠へ飯売女として売る前に抱こうと、邪(よこしま)な気持でいたので、四両頂けるのは嬉しいが、お光を抱けなくなるのは残念である、といった自家撞着に陥った。それでも欲の皮の突張っている鎌吉である。

「それじゃ、直ぐに返してもらおうじゃねぇか」

 忠次郎の家に着いて、嘉津から四両の金を受け取ると、鎌吉は証文を差し出した。証文を受け取ると嘉津は言った。

「これでお光さんも、清吉さんも関係ないんだね」

「あたりめぇだよ!」

 鎌吉は好色そうな目で、お光をねめまわすと、破落戸達を連れて引き上げて行った。

「おばさん、忠次郎兄さん、友蔵さんありがとう。お陰さまで助かりました。改めてお父つぁんと一緒に挨拶に来ます」

 鎌吉の魔の手から、逃れた安堵の面持をして、お光は礼を言った。

「阿漕な奴だ、鎌吉は。あんな悪党がいると、この国定村の衆は、泣かされてばかりいなくてはなんねぇ。いずれ俺がきっちり結着を付けてやる」

 敢然と言い放った忠次郎に、嘉津と友蔵は魂消た。

「忠次郎!鎌吉のような屑を相手にしては駄目だよ」

 きつい口調で嘉津は、諭すように言った。

 母親の嘉津には、絶対逆らわぬと決めている忠次郎は、

「お母さん、判ったよ」

と、明るい声を出して答えた。嘉津に安心させるためである。

 しかし、忠次郎の胸の奥には、阿漕な鎌吉が村の人達に、横車を通して、虐めぬいていることに対しての、義憤が燠(おき)火のごとく燻っていた。

 

 父親の与五左衛門が生きている頃、忠次郎を連れて、赤城の駒ヶ岳に登り、周辺に自生する石楠花(しゃくなげ)を掘ってきて、庭に植えたものが、土に馴染んだとみえて、今年は多くの花を咲かせている。遅咲きである。初夏の薫風を頬に受けながら、廊下に横になり忠次郎は、淡紅色の石楠花の漏斗状の花を眺めていた。心を虚ろにして、亡き与五左衛門との想い出に浸っているのである。

 その時、家の中から、嘉津が忠次郎を呼ぶ声が聞えた。家の中に入り、厨(くりや)で立ち働く嘉津の前に行くと、思案顔をして嘉津は言った。

「作男の寅造が三日ばかり、来ていないんだよ。今までこんなことはなかったので、病気にでもなったのではと心配しているんだよ」

「それじゃ、おっかさん。俺が一走り寅造さんの小屋に行って、様子を見てくるよ」

「まさか寅造の小屋に行くのじゃないのかい?」

 肯くと忠次郎は家を出て、あずま道を東に向った。しばらく行くと右足利、左桐生、大間々という道標のある分岐がある。その分されを桐生方面に向って、三町ばかり行くと道の左右が、雑木林になっている。寅造の住む非人小屋は、右側の雑木林の中に、仲間の小屋と並んで建っている。出掛けに嘉津が、まさか寅造の小屋に行くのじゃないのかい?と問うたのは、身分制度が確然としていた封建社会では、百姓が非人の小屋に入ることは、禁忌とされていたからである。

 忠次郎は、百姓に生かさず殺さずといった最小限の生活を強いて、高い年貢を搾取し、先納金まで納めさせ、返済しないで口を拭っている領主に対して、言いようのない怒りを感じ、それを容認している幕府のご政道に対して、不信感を募らせ不満を抱いている。剰え、鎌吉のように己れの悪は棚に上げ、仲間まで売り、弱い者に強い卑劣な連中を公然と飼っている実状に対して、ご政道の定めた法度などは無いものと考え、己れの行動の規範は己れで決めると、心に誓っているのである。だから忠次郎には、ご政道で定めた身分制度である士農工商、穢多、非人という差別意識は持っていない。それ以前の問題として、俺も寅造も赤い血が流れる同じ人間であると思っている。差別すべきは、百姓を搾取する武士階級と鎌吉のような連中でしかない。

 寅造の小屋の入口に垂れ下る蓆(むしろ)をめくり、小屋の中に入ると、寅造は土間に蓆を重ねて敷いて、その上に寝ていた。

 忠次郎が小屋に入って来たのに気付いた寅造を見ると、顔を暗紫色に腫れさせていた。

「若旦那。こんな所へ来てはいけません」

「何を言っているんだ寅造さん。それより、その顔はどうしたんですか?」

「………」

「おっかさんが心配している。躰も怪我をしているのじゃあないのかい?」

 寅造は起き上ろうとしてか、躰の何処かが痛むのであろうか、顔を歪めた。寅造の胸元に目をやると、棒で殴られたような青痣があった。

「誰かにやられたのですね。酷い痣ではありませんか。他のところも診せて下さい」

 嫌がる寅造を裸にした忠次郎は驚いた。全身青痣だらけである。至急手当ての必要があると、判断した忠次郎は、

「寅造さん。少しの間待っていて下さい。養寿寺に行って和尚様に、打ち身に塗る膏薬と熱冷しの煎じ薬を、貰ってきますよ」

と言って、小屋を出ると一目散に走り始めた。

 四半刻(三十分)して、小屋に戻ってきた忠次郎は、寅造の躰に膏薬を塗り付けた後、土瓶から熱冷しの煎じ薬を、茶碗に注ぐと寅造に渡して飲ませた。

(なんと優しい心根を持ったお方だろうか!人がまともに相手をしてくれぬ非人の儂を、これほどまで大事にしてくれて、佛様のような心を持った若旦那だ)

 寅造が熱冷しの入った茶碗を空にしたのを見届けて、忠次郎は寅造に優しく訊ねた。

「寅造さん。誰にやられたのだい?」

 事の起りは三日前の夕方、忠次郎の家の作事を終えて小屋に寅造が帰ってくると、非人仲間の竜吉、酉蔵、熊太郎達六人が待っていて、何時もやっているように、樗蒲一(ちょぼいち)を始めた。樗蒲一とは、長方形の紙を六つの桝目に区切り、線を引いて左側の上から、一二三、右側の上から、六五四と書いて、胴親を決めて、張子は好きな目に金を張るのである。胴親は賽(さい)を壷笊(つぼざる)に入れて振り、出た賽の目と張子が張った紙の桝目の数字が一致すると、胴親は張り金の四倍支払うという、原始的な博奕である。

 一刻(二時間)ばかりすると、小博奕なりに白熱した雰囲気を醸し出してきた。大声を張り上げ興奮して、熊太郎が勝った金を手元に集めていた時、

「この野郎!何してやがる」

と怒声が聞えたかと思うと、山桜の鎌吉が手下の破落戸を後に従えて、寅造の小屋の入口に立っていた。破落戸達は、小屋の入口に下っている蓆を引き千切ると、手に手に木刀や棒を持って小屋に入り、寅造達を散々打ちのめした末に、場にあった僅かな賭金を取り上げた。

「この山桜の鎌吉様の縄張りで、どなたさんでも、俺に断りなしに如何なる博奕もやっちゃあならねぇ。やるときゃ掠(かす)りを届けるもんだ。この銭は掠りとして頂くぜ」

 袋叩きにされて、苦痛のためにのた打ち回り呻いている寅造達に、これ見よがしとばかりに唾を吐き付け、胸を反せて引き上げて行った。

 寅造の話を訊いた忠次郎は、抑えることのできぬ、激しい憤りを感じて、身を震わせた。

(もう許せねぇ!こんな弱い立場の者を虐めるなんて…許せねぇ)

 忠次郎の形相が、ただならぬのを見て取った寅造は、躰の痛むのを堪えて、笑いながら言った。

「薬のお陰で大分楽になりました。もう心配はありません、若旦那!二日ばかり休ませて戴けりゃあ元の通りばりばり働きますよ」

 忠次郎は、頬笑み返すと寅造に頷いた。

「無理しないで、ゆっくり休んで下さい、寅造さん。俺はこれで帰るから」

と言って引き上げて行った。

 寅造が忠次郎の後姿に向って合掌して、なんの気なしに、忠次郎の座っていた辺りに目を移すと、小さく紙を丸めたものがあったので、手に取り広げて見ると、二朱銀が一枚あった。

(若旦那ありがとうございやす。寅造この恩義は、何があろうと忘れません)

 寅造は合掌したまゝ、男泣きに泣いていた。

 

三日目に寅造は、忠次郎の家に顔を出して、嘉津にお礼を言い、そのまゝ畑仕事に精を出した。陽が西に傾いた頃、忠次郎の家の納屋で農具の手入れをしていた。すると腰に大脇差を差した忠次郎が、腕を組みながら歩いて行くのが見えた。おやっと思って注意して見ると、何かに心を捕われているのか、まったく気が付かない。尋常ではないと咄嗟に判断した寅造は、心配になり、忠次郎の跡を付け始めた。忠次郎は腕組をしたまゝ、ゆっくりとあずま道を、養寿寺の方に向って歩いている。養寿寺の和尚様のところへ忠次郎が行くのなら、心配はあるまいと思いながら、跡を付けていると、養寿寺を通り越して、六道の辻に出ると左折して、鹿島神社の方へ歩いて行く。鹿島神社の手前には、鎌吉の店の〝山桜〟がある。寅造は自分で危惧している通りになるのではと考え、畏れを感じた。

(若旦那は、鎌吉を斬ろうとしている……)

 そのまゝ、跡を付けて行くと、山桜の前まできた。しかし、忠次郎は足を止めず、ゆっくり通り過ぎた。寅造が訝りながら跡を付けて行くと、鹿島神社の先にある神社の森に続いている櫟(くぬぎ)林の前に出た。と、忠次郎はさり気なく、左右に目をやると林の中に入って行った。辺り一面は真暗闇である。それでも、手に取れる位の高さに、星々が煌めいているので、目を凝すと人の顔は、十分判別できる。何処かで夜鴉が牛蛙のように重苦しい声で啼いている。しばらく啼いていた夜鴉の声が止んだ。ふっと見ると男が一人、田部井村方向から歩いて来る。どうやら鎌吉のようである。田部井村に囲ってある妾の家からの帰りのようだ。妾と楽しんできたのでご機嫌が好いのであろう。足取りが軽い。軽い足取りで忠次郎が入って行った櫟林の前辺りに来た時、星に反射してか、きらりと光った大脇差の切っ先が、鎌吉の顔の前に水平に突き出された。鎌吉が魂消(たまげ)て声を上げようとした刹那、水平に突き出された大脇差は、引き戻されて、星の光に一閃すると、鎌吉の盆の窪辺りに打ち下された。鎌吉の首は二尺ほど撥ね上ると、どん、と音を立てゝ地面に転った。首の無い躰は、一歩!二歩!三歩目を歩こうとして、前のめりに倒れた。忠次郎は倒れた鎌吉の屍骸に近付くと、屍骸の差物の裾で大脇差の刃を拭いて、星空に翳すと小さく頷いて鞘に納めた。腫を返すと何も無かったように、腕を組んでゆったりとした足取りで、元来た道を歩いて行った。

 寅造は身震るいがした。恐ろしいからではない。寅造のために鎌吉を斬ってくれた事実と、その剣の冴えにである。

(若旦那は、尋常なお方じゃねぇ。お不動様の生まれ変りだ!この若旦那のためなら、命はいらねぇや)

 寅造は鎌吉の屍骸の傍に近付くと、鎌吉の首の髻(もとどり)を解いて、自分の帯に結び付けた。それから、屍骸に背を向け、鎌吉の足を左右別々に小脇に抱えると、屍骸を引き摺りながら、林の奥に消えた。

 半刻(一時間)すると、寅造の前には、縦横四尺、深さ六尺の穴が掘られていた。注意深く周囲の様子を窺うと、鎌吉の屍骸を穴に入れ、鋤で土を被せた。完全に埋め戻して、その上に草を植えて、屍骸を埋めたのを暈(ぼか)した。たまゆら、思案をしていた寅造は、鎌吉が忠次郎に斬られた場所に行くと、血に染った土を削り始めた。削り終ると、その場所に別の場所の土を持ってきて、丁寧に撒いた。殺しの痕跡が完全に消えたのを確認すると、満天に輝く星空を仰いだ。

(奇麗だなあ……)

 初めて星空を仰いだ子供が、輝く星の美しさに魅せられて、心を捕われた時のように、純真な気持に寅造はなれた。

 自分の小屋に戻った寅造は、茣蓙(ござ)に包んで仕舞ってある山刀を出して、正座をすると鞘から抜き取った。

「これで誰も知る者はいませんぞ、若旦那!」

 徐に山刀の刃を、己れの首に当てると、一気に引いた。

 ――己れの受けた恩義に、死を以て報る

 義侠とは、斯くも壮烈なのであろうか。

 

 鎌吉の首を一刀のもとに、斬り落した忠次郎は、六道の辻を右折して、養寿寺の傍まで来ると、あずま橋を渡り、養寿寺の山門を潜った。貞然だけには、鎌吉を斬ったことを、報告する必要があると考えてのことである。

 忠次郎の話を聞き終えた貞然は、質問をした。

「忠次郎。鎌吉を斬ることにより、村の衆の多くが助かると思ったか?」

「はい。お尚様。鎌吉はご承知の通り悪い奴で、村の衆は泣かされています。誤った考えを否定し、正しい考えを示すこと、即ち、鎌吉を斬ることゝ思案しました」

 貞然は首肯した。

「破邪顕正(はじゃけんしょう)の剣と、忠次郎は言うか」

「………」

「これ以上、何も言うまいぞ。これでお前も修羅の道に踏み込んでしまった訳じゃが、修羅の道も又佛の道じゃ。帝釈天との戦いに明け暮れた末に、釈尊とめぐり逢い教化され、悟道に至り、八部衆として、佛を守護しているのが、阿修羅じゃ。忠次郎、怯まず修羅の道を進め!佛の道が明らかになったら、戻って来い」

 神妙な面持で聞いていた忠次郎は答えた。

「和尚様。忠次郎は只今より、修羅の道を歩みます。修羅の道は、茨ら多き杣道(そまみち)と心得て、不自惜身命(ふじしゃくしんみょう)の心構えを以て進みます」

 微笑んではいるが、一抹の寂しさがどことなく、貞然には感じられた。

「忠次郎。村を出なければならぬが、何処ぞ行く宛はあるのか?」

「大前田の栄五郎さんという人が、前にここで会ったことがあります。今は、武州川越で渡世を執っていると聞いています。水滸伝の宋江のような好漢と聞いていますし面識がありますから、訪ねようと思ってます」

「おお。おお栄五郎どんは、二人でここで話をしたことがあったな。あのお方は義に厚く、人の面倒を良くみるとのことじゃ」

 忠次郎は貞然が、若い頃から栄五郎と面識があるのを知り魂消た覚えがある。

「儂が添書を認めてやろう。添書を持って栄五郎どんを頼るが好い」

 貞然は栄五郎宛の添書の他、文殊院の耀山宛の添書を忠次郎に渡した。名残惜しそうな貞然と別れ、忠次郎は家に帰った。朝にならぬと、境村平塚河岸から、利根川の渡しが出ないのである。

 朝の陽が昇る前に、旅仕度をして、家の戸口を開けようとして、戸の把っ手に手を掛けた時、嘉津が涙を湛(たた)えているような面持をして、忠次郎の後に立っていた。

「忠次郎!」

 一瞬、嘉津の目を盗み見て、忠次郎は目を逸した。母親の顔をまともに見られないのである。嘉津の顔を見られず伏目でいる忠次郎に、嘉津は切り餅二つ(五十両)を差し出した。

 驚いた忠次郎が、思わず嘉津の顔を見ると、

「男が恥を掛いてはしょうがないから、忠次郎持って行け」

と言って、切り餅を渡した。

 何んて優しい母親であろうか。何んと寂しそうな眼をしているのだろう。と、忠次郎は思った。忠次郎が嘉津の手を取ろうとすると、それを振り払って、早く行けと言わんばかりに、忠次郎を促した。家の外に出て、戸を閉める時、上り框(かまち)に立っている友蔵を見た。

(おっかさん。お達者で。友蔵たのんだぞ)

 未だ明けぬ朝霞の中、国定村を後にした忠次郎は、大前田栄五郎が渡世を張る武州川越に向った。