085



















代行殺される

「おいっ、社長この間三百万円を戴いたが、それで、済んだとか思ってはいないだろうな」

高田組々長代行である遠藤安旦は、アフリカケンネルの犬舎の事務所であるログハウスの藤で出来ている椅子に座りながら、はっきりとした口調で、関根を攻め始めた。

「代行。自分の代行の口を塞ぐのには、半端な金では済まないと考えています。ですが、今は家を建てたりして、金を使ってしまい一円の金もねぇのです」

「馬鹿野郎。人を殺しておいて、泣事を言うのじゃねーぞ。金がねぇーなら、新しい家でも抵当にして、何処からでも金を借りて来い」

「無茶な事を言わないでください。家は自分たち夫婦の夢の実現ですから」

「自分達の夢を実現させるのに、人を殺して良いと、誰も教えていねぇーぞ」

関根はログハウスの窓から、顔を出し左右の様子を窺がった。

「代行、大きな声で、言わないでください。もし人に聞かれたら、自分が人殺しにされてしまいます」

よくもいけシャーシャーと、こんな事が言えると関根の人間性の異常を疑い、この男は、完全に狂っていると遠藤は思った。

何も無いなら、関根のような奴を相手にはしない。だが小峰と関根で川崎のいなくなった事で、話し合いをする仲介をし、話しを聞いている内に、関根が川崎を殺したと言う確信を持った。この事をネタにして、関根を恐喝しないやくざはいない。

だからという訳ではないが、こうして関根を強請っているのである。

「話しをずらすのではない。オメー達の夢物語を、聞きに来たのじゃーねぇーぞ。社長よー、冗談で言っているのではねぇー。板井の家を担保に入れれば、何千万かは、借りられる。なんなら吉原社長に話しをして、商銀から融資して貰おうか。だけどよー、狼とセパードをカケテ変なものを作り、狼犬だと言い、しこたま儲けたのじゃーねぇーか」

関根の動物を密輸するルートは、前にも書いたが、米軍の航空兵に小ずかいをやり、関根がライオンを欲しいと言えばアフリカの米軍基地から、日本の横田基地に運んでしまうのである。

だから以前、ライオンが欲しいと言ったら、アフリカから直密輸して、五十万年で売りつけ、虎が欲しいと言えばインドから、ベンガル虎を密輸して三十万円で持ってきて私に売った事がある。

「狼犬は最初、珍しいものだから、何人かのブリーダーが、ツガイで買い取りましたが、如何せん狼の血が強く出てしまい普段なら、飼い主に忠実ですが、餌でも食っている時に手でも出したら、狼の本能が出て飼い主でもいやと言うほど噛み付きます」

「良いじゃねーか。お前と同じで金の為なら、誰でも殺すのは、餌の為に誰でも見境がなく噛み付く狼、社長これからは、ケンネルじゃなくて狼男とでも言おうか、それともウルフマンと呼ぼうか」

遠藤は、気ずかなかったが、関根は狼の様に上目を使い一、遠藤を睨んで直ぐに、笑い顔をした。

「代行も冗談がきついや、参ったなー、俺が狼男だとよー」

「冗談ではない。俺は社長の事を狼人間だと思っている。何を指していうのか、自分では判っているだろう」

関根は代行へ言いにくそうに、真剣な顔をして言った。

「自分は餓鬼のころから、廻り中から如何してか、特別な眼で観られていました。どうしてだろ言うと何度も考えました。でも答えは出ませんでした。小学校の時に、運動会があり、百メートル競走で一番に成りました。観ていた家族は喜んでくれましたが、どこかから『山に帰れ!』『山に帰れ!』と大声で叫ぶ人がいました。声がする方に向いてみると運動会に来ている人達全員が、自分を変な眼で見ていたのを今でも思い出します。中学に入り部落民という言葉を聞きましたので、家に帰り父と母に部落民とはなんのことですか、と聞きましたら、家は部落民ではないから、心配するのじゃないと父親に言われ、それなら、如何して運動会の時に『山に帰れ!』と罵声を浴びたのか、きっと先祖に拘わりがあると考えて、今日まで来たわけです。秩父は狼が祀ってある山が多くあります『両神山』『三峰山』が代表されますが、きっと自分の家に、関係が有るのでしょう。だから、代行に狼人間と言われれば、なんとなく納得できるような気がします。代行のいう通り自分は、狼人間かもしれません。だけど狼人間には、狼人間の夢と誇りがあります。如何か代行自分と言う人間をご理解くれまして、今度の件も程々にして、解決して頂きたいのです。ケンネルこの通りです」

真顔をして深々と腰を折り、頭を下げる関根を遠藤は観て、関根の過去に暗いものがあるのではないかと思ったが、同時に自分の家の先祖のことまで持ち出して同情を買わせるような芝居が出来る関根は、一筋縄では行かないと考えた。

(やくざを長くやっていると、色々な人間と出会う。関根もその一人だが、この男は何大抵の責め方では落ちないだろう。情けは禁物だな・・・)

遠藤はやくざとしては、穏健派である。義理も人情も持っている。只、人一倍正義感が強く組に対しての忠誠心は、他の組の代行の手本にもなる位の人物である。

だから、堅気の社長たちにも、人気があり遠藤のいないところで、堅気の社長に遠藤を褒められ嬉しくなったこともある。

遠藤は高田組々長の股肱(ここう)の臣である。

その遠藤が、川崎氏を関根が殺した確信を得たのである。だから遠藤は恐喝をすることも可としながら、たかが犬の取引のトラブルで、川崎氏の尊い命を奪ったアフリカケンネルの関根が許せなかったのであろう。

「社長、新しい家の登記謄本を持って来い。銀行から金を借りてやるからな。オメーだって金は必要だろう」

「そんな。新しい家の登記謄本なんて、持ってこられる訳が無いでしょう」

「馬鹿野郎。今更、屁理屈を言っているのじゃねぇーよ。社長オメーは川崎を殺しているのだからな。オメーのことだから、別に何人か殺していると思うが、そんな事は俺には関係がない。川崎の友人の小峰さんに普段から、世話になっている。小峰さんだって社長が川崎を殺したと思っているからな」

関根は慌てて、ログハウスの窓から顔を出し周囲の様子を窺がった。

ここには、関根が金を騙し取り弄び最後は、邪魔に成り殺してしまった美千代の倅が、額に汗を流し、デッキブラシで、犬小屋のコンクリートの床を、磨いたり餌くれ、運動をして働いている。

ログハウスの周囲に誰もいないと確認をした関根は、藤の椅子に座割り直した。

「代行、自分も支払いが多くて、今直ぐにも金が必要です。家を抵当にして、一体幾ら銀行から借りられるのですか」

「社長―、家の土地は何坪ある。建物は幾ら新しくても、評価は高くない。問題は何坪あって一坪幾ら位で売買されているかだ。俺が吉原の社長に口を利けば、かなり融通を利かせてくれるはずだ」

吉原社長とは熊谷市で金貸しをしている韓国人で、私は古くからの友人である。当事、貸金業は華やかし頃で、熊谷市にも多くの金貸しがいた。その中でも吉原仙吉氏は、埼玉商銀熊谷支店の理事長になっていた。

従って私と古い友人だからと言って、高田組の若い者は事業をやる資金が無いときなど、吉原氏に融通して貰っていた。

「代行、一億借りてくれますか。そしたら、五千万代行にやります。それで、川崎の件と後で知った自分の殺しには、一切なにも言わないと言うことで良いでしょう」

遠藤は川崎殺しの口封じには、五千万円程、関根に請求しようと考えていたので、この辺が相場だろうと考えて納得をした。

「いいだろう社長、直ぐに、謄本と納税証明・印鑑証明・実鑑を用意しろよ。二日もあれば用意できるだろう」

「用意しますから。宜しくお願いしますよ」

遠藤と関根の話し合いは付いた。今度は妻の博子に関根は納得をさせなければならないと重い気持ちになった。

新しい家の土地を買うときに、博子の実家から五千万円の金を出して貰っているからである。

その晩、家に帰り博子に納得させるべく話した。

「博子、川崎を殺した事が、代行にばれている。代行はこの家と土地を抵当に商銀から一億借りてくれると言っている。吉原社長が商銀に紹介すれば無理なことではない。狼犬のほうも売れ始めている。だから一億借りて、その内の五千万円を口止め料として払っても良いだろう」

顔の半分が架かるような眼鏡の淵の上から、関根を観ながら博子は反対をした。

川崎さんの死体だってバラバラにして、山崎さんの家の近くの川に流したのでしょう。遠藤さんが幾ら「 関根は川崎を殺した」と言っても、第一の証拠である死体が無いのだから、調べにはならないわ。川崎さんのことも美千代のこともわたし達二人が、黙っていれば事件にはなりません」

「そういえばそうだけど、遠藤は高田組の代行だ。親分の高田組長に話をされでもしたら、もうお仕舞いだ。あの人は俺が生まれながら、持っている動物的感より、鋭い人の心の奥底まで見抜く稲妻みたいな光を持っている。だから遠藤代行は蔑ろには出来ない」

「そうですか。それでは、代行の言う通りにするのですか」

「仕方が有るめぇー、博子」

「あんた。殺してしまいましょう。この家は私達の夢の実現だわ、夢を壊す人は誰でも殺してしまいましょう。もたもたすると高田組に、私達の夢をめちゃめちゃにされてしまうわ」

関根は驚いた。まさか博子が殺しを勧めるとは思いもよらなかった。女は亭主により、如何にでも変わると聞いているが、あの犬好きな風間不動産のお嬢さんが、俺と一諸になり『犬』と言う共通の目的を持って商売をしている内に、殺しを俺に勧めるとは、変わりも変わり果てたというべきである。

「直ぐに、殺してしなえば、鬱陶しい気分は晴れるが、代行は高田組だ。組にばれない内に殺らなければ、反対にこっちが殺られてしまう」

関根の気持ちは逡巡していた。博子が言うように遠藤を殺してしまえば、川崎殺しも闇に葬れる。只、遠藤を殺されたと気づいた高田組が、必ず報復をしてくる。それを思うと殺人鬼である関根も恐怖感に苛まされる。

(如何しようか・・・代行にこれ程、脅されて行くのは嫌だ。殺してしまえば何とかなるだろう・・・)

殺しを決断するのに『何とかなるだろう』と考えて殺された方もたまったものではない。

「貴方。良く計画を立て、計画に基づき実行すれば間違いが無いわ」

「博子、やっぱり硝酸ストリキニーネをユンケルにでも、入れて飲ませるのが良いだろう。只、死体の始末を如何するかだ」

「欲たかりの山崎がいるでしょう。片品のポッポハウスへ持って行き、死体は貴方が得意である解体でバラバラにして、山崎に赤城山中の川か日光の川に流させれば証拠は残らないわ」

博子が積極的であるので関根は驚いた。

(俺達の夢である家が、銀行の抵当に入れられるのが夢壊れるようで嫌なのだろう。俺と全く思いが同じだ。愛しい妻よ・・・)

「山崎に殺しの片棒を担がせるのには、利益でつらなくては、あの欲たかりは乗って来ない。博子、オメーから山崎には頼んでみろよ」

「いいわ。山崎は金の為ならなんでもする没義道な男でしかないし、わたしに気がある素振りを時々するわ」

この殺人鬼に没義道の男といわれた山崎は溜まったものでない。事実山崎は没義道な唾棄すべき人間である。

「そうかい。オメーは魅力的だから、山崎も惹かれたのだろう。色と金とはよく言ったものだ」

山崎を批判できる生活をしていない夫婦が、山崎を仲間に入れようと考えていたとき電話が鳴った。噂をすれば陰とやらで、電話の主は山崎からである。

「前に解体工事をした時に、手伝った手間と、産業廃棄物を俺が処理した仕事の金を百万の半分しか貰っていないので、何時、支払ってくれるのか、電話を掛けた訳ですよ」

「おおっ、わりぃわりぃ、色々支払いがあって、オメーにやる分のゆとりがなかったが、今度の仕事は前の倍は出すから、その仕事が終わったら二五〇万円渡すからな」

「良い仕事があるのかい。喜んで社長のお手伝いをさせて貰いましょう」

「山崎、仕事は急にあるから、何時でも連絡が取れる様にしておいてくれ」

普段、暗くて不気味な声で喋る山崎は、金になる仕事にありついたので弾んだ声で返事をした。

「アフリカケンネル社長様。仕事をお待ちし、山崎はポッポハウスで待機しております」

電話を切ると関根は博子に、前言を撤回した。

「博子、山崎はオメーが色仕掛けをしなくても、金がねーから仕事をくれとよ」

「そう。それではわたしの出る幕はないわね」

如何せん博子は関根に勧められ背中に刺青を入れている位だから、変にやくざに被れている。だから新井を始め山崎たちは、博子を呼ぶのにやくざの様に、姐さんと呼んでいる。金を借りる時などは『姐さんお願いします』と言えば必ず貸してくれるのである当事流行った『極道の妻』の映画を観すぎではないだろうか。

私達本物のやくざから観れば、なんて漫画のような馬鹿みたいな事をやっているのだろうと思わざるを得ない。

「代行は三日すると来るその時は、謄本や印鑑証明を用意しなければ怒りだす。博子何か良い手はないだろうか」

「貴方は、その日の前後、姿を消して、代行にはブリーダーに売った狼犬が病気に成り、クレームが付いて大阪まで行って来ると前もって、電話をしておきなさいよ」

「そうか。そういう手があったか、俺が代行の家に謄本と印鑑証明を持ってゆく日は代行の命日になるって訳か」

「ふっ、ふっ、ふっ、ふふふ。博子お前も悪い女だな。ふっ,ふっ、ふっ」

博子は丸い顔の頬を膨らませ関根と共に博子も薄笑いを浮かべている。これから人を殺そうとしている人間ができることではない。犬という畜生をあつかっている内に、犬も人間も見境が付かない畜生道に夫婦して、陥ってしまっていた。

関根も博子もこれから人を殺すという前と後に、セックスをするが、この時のセックスほど燃えるものはないといっている。本当にあの夫婦は「人を殺す前や時には、死体を傍に置いてセックスをする大変体ですよと関根の兄弟分の新井良治が私に教えてくれた。

宗教的因縁因果を考えれば関根と博子は、前世も修羅や畜生道に生きた者であり現世は勿論、来世でも、お互いに六道に生きる定めであると思わずにはいられない。

 遠藤から電話があった。

「社長はいるか」

電話を受けた博子は、関根と打ち合わせ通りに応えた。

「内の人は、大阪に売った狼犬が病気になり、手が付けられないという事を聞き、昨日から大阪に行っています。代行から電話があったら、謄本と印鑑証明・印鑑等は二十一日に江南へ帰り次第、お届けするとの事付けを受けています」

「そうか。大阪へ行ったか、それでは仕方が無いな。二十一日には必ず俺の家に届ける様に行ってくれ。社長の留守、母ちゃん浮気をするのじゃねぇーぞ」

遠藤は博子が、山崎や他のブリーダーとアバンチュールを楽しんでいるのをやくざの情報網から聞き知っている。

博子はドッキリしたが、平静を保ちながら応酬した。

「代行だって女の数では凄いと聞いているわ。女は魔物ですから気を付けてくださいね」

「おっ、姐さん中々言うじゃねぇーか。それ以上言うとあんたの浮気の相手を全部社長にばらすぞ」

「・・・・・・」

関根に恐喝をしている遠藤が憎く、一事何かを言ってやろうと思い行ったら、反対に逆襲されてしまったので、博子は電話を切った。

(どうせケンネルはその辺にいるだろう。慌てることはねーな・・・)

一九九三年七月二十一日、午後二時山崎永幸は、片品村のポッポハウスから、アフリカケンネルの犬舎に着いた。博子も熊谷市内の八木橋デパート前のペットショップ『アフリカケンネル』の店を閉めて犬舎に来た。

関根を挟んで三人で、遠藤殺しの手順を話し合った。

「車は俺の車と山崎の車の二台だ。時間は午後九時頃で、家に中には俺が一人で入ってゆく、山崎は代行の家の前に止めた自分の車の中で、待機をしていろ。博子、硝酸ストリキニーネとユンケルは用意してあるか」

博子は黙って、バックの口を開いて二人に見せた。

「社長、俺は代行の家の前に俺の車で待っていて、社長が代行を殺してから、家に入って行き死体を社長と二人で車に運べば良いのでしょう」

「そうだ。山崎、俺とお前は一蓮托生に身だから、失敗や敵前逃亡は許さない。腹を括り俺の仕事を玄関先で見ていても良いぞ。だが殺る前に代行には、気づかれてはならない」

既に山崎は、川崎氏を関根と一緒に殺し、片品村のポッポハウスの庭で関根が風呂場で切り刻んだ川崎氏の骨や肉片をドラム缶に入れて焼却し、その灰や骨片を川場村や片品村の山林や川に廃棄している。

逮捕されれば殺人罪で長い刑務所暮らし又は、無期・死刑まで裁判所からも言い渡される。だか、今の山崎は冷静な判断が出来ない。本来自己中心的で、猜疑心が強く利益に弱い人間である。

今度も金になるから、関根の片棒を担いだのである。又関根の妻の博子とも道ならない関係が有る。

「社長、一切承知いたしました」

「博子は俺の車の中にいて、パトカーなど怪しい車が来たら、クラクションを鳴らしてくれ」

「はい承知いたしました」

このような打ち合わせ通り、遠藤は殺されたのである。

二十一日の月は明るく立待月である。月の光に照らされて、関根は遠藤の家の玄関先に立った。

「アフリカケンネルの関根ですが、代行はおりますか」

「おうっ、いるから勝手に上がって来いよ」

遠藤は仏壇を前にして、座卓の前にどっかり座り、テレビを見ていた。関根は用意した謄本と印鑑証明・印鑑を遠藤に差し出した。

「土地と家屋の評価証明が、ねぇーじゃねぇーか。まっ、良いか。これだけあれば吉原社長がなんとかしてくれるだろう」

「代行宜しく吉原社長に頼んでください。ここの処、忙しくて疲れてしょうがないですよ。ちょっと失礼します」

関根はポケットからユンケルを取り出し、遠藤の前で一息に飲んだ。当事『ユンケル皇帝液』がやくざの間に大流行していた。私もゴルフをプレーするのにキャデーバックの中に最低三本は入れておいた。ゲーム中に疲れを感じたらバックから取りだして、呑むとユンケルは即効性があった。女性が好きな者は矢張り何本も持って車に積んでおいた。博打(バカラ)をやる者も然りで、私は秘書の若い者に持たせてハウスに入った。

そうそう、ユンケルは風邪には誠に効果があり『小児用風邪薬のドリンクジキニンと一諸に飲むと直ぐに治ると我々業界の神話となっている。』

大澤孝次総長などはユンケルになんだかわからない薬を混ぜて訪問して者に無理やり薦めていた。これには皆恐ろしがり総長の自宅を訪問する時は戦線恐々としていた。遠藤も代行という激務で疲れたときに呑むのであろう。毎日と言ってよいくらい呑んでいた。だから関根元にユンケルを勧められれば何も疑うことなく呑んでしまったのである。

 

「疲れた時はユンケルに限りますね。代行も呑みますか」

「おうっ、あるなら一本くれ」

関根が遠藤の前でユンケルの蓋を捻り、開けると遠藤は受け取った。ユンケルのラベルを眺めるようにして、遠藤は一気に飲んだ。

「おいっ、少し苦いような気がするが、社長も苦がかったか」

言葉が終わらないうちに遠藤は、胸の辺りを押さえ胡坐を組んでいた足を解き今度は横になって苦しみ始めた。

「この野郎・・・一服盛ったな・・・」

殺しに慣れている関根ではあるが、遠藤の未だ、息をしているのが判ると恐怖を感じた。ポケットから徐に、犬を散歩する時に使用するリード(紐)を取り出して、後ろから遠藤の首にかけると腰をかがめ逆さまに赤ちゃんを、おんぶするようにして、リードを締め上げた。一分もしない内に遠藤の全身から力が抜けてゆくのが判った。いつの間にか関根の性器は勃起していた。そして背筋をぞくぞくする快感が走った時、関根は射精していて我を忘れていた。

(殺しはやめられねーな・・・)

たまゆら絶頂感に浸っている関根に山崎は言った。

「社長、もう大丈夫です。早番にこの野郎の死体を車に運びましょう」

山崎は玄関先にいて、関根の行った殺しの一部始終を見ていた。

(やくざの代行といっても、たいした事が無い。俺たち殺しの軍団にかかったら三分もかからず、地獄行きだ・・・)

薬を飲ませ絞殺した遠藤の死体を、関根と二人で持ち上げたが、生前でも百キロ近い体重をしている遠藤の死体は、全身の力が抜けて、より重くなっていた。玄関まで来て上り框の上から玄関の下に蹴り落とした。

そして、再び二人で持ち上げようとしたら、遠藤が家から出るのを嫌がるように、二人では持ち上げられない重さになった。

「博子、ここに来てくれ」

関根の声で博子が玄関に入って来て、二人が持ち上げようとしている遠藤の死体に手をだした。

遠藤の足をずりながら、周りの様子を見て、死体を山崎の車のトランクに積んだ。する熊谷小川線から、遠藤の住む住宅街に車が一台入ってくるのが、関根の眼に入った。

「おっ、拙い、遠藤の運転手だ」

「面倒くさいから殺ってしまおう。山崎は自分の車で先に、ポッポハウスに行け、後は俺と博子で始末をするから」

遠藤の運転手の和久井は家の前に、二台の車が止まっているので何かあったのかと思った。二台の車のすぐ傍に遠藤のプレジデントを止めた。

関根は和久井の乗っている車に近付くと、和久井に言った。

「代行は留守らしい。俺も今来て気がついたが、どうも彼女の所にいるらしい。和久井君今から俺の車に乗り、籠原あたりにいる彼女の所に、案内してくれないか」

「待ってください社長、これから代行の所へ、電話を掛けてみますから」

電話を掛けても電話は、関根が持っていて携帯のスイッチは切って有る。幾ら和久井が電話を掛けても出るわけが無い。薄笑いを浮かべながら関根は和久井に電話を掛けさせた。

一分もしない内に和久井は、遠藤が電話に出ない事が判った。

「電話に出ませんから、姐さんの所へ行っても良いでしょう。社長緊急の用事があるのでしょう」

「代行に渡すものが有る。これは金になる重要な書類だから、なんとしても代行本人に、今日中に渡したいのだ和久井君」

和久井は高田組の正式な組員ではない親が遠藤と旧知であるから、不良少年をしていて、親の言うことも聞かず直ぐに暴れたりするから、行儀を直して貰いたいと遠藤に親が預けた若い者であり、遠藤は運転をさせながら、全うな男になるべく教育していたのである。

人を何人も殺し、嘘と嘘で塗り固めアフリカケンネルなどと言う虚業の世界を創り、その世界に入り込んで来る邪魔者は消し続けて来た関根から見れば、和久井などは人間的にも幼時に等しい。

口車に乗せることなど、お手のものである。

「判りました社長。それでは社長の車に乗り、代行のいる所に行きましょう」

「和久井君、女房が運転するから、横に乗って道を教えてくれないか」

「籠原ですから、直ぐですよ」

こうして博子が運転する車に乗って、県道を荒川大橋の手前で左折し、荒川の土手沿いに車を走らせた。

「押切橋を通って行けば、籠原など直ぐだ、和久井君一体、代行のこれの家は籠原のどの辺にあるのだい」

関根は右手の小指を立てた。

「駅の近くのマンションです」

「そうか、代行も女にもてるから、和久井君も大変だな」

後部座席で既に、関根は犬の運動に使うリード線を扱いて、和久井の首のどの辺りに巻き付けてやろうか考えていた。警察の調書では山崎が、フィクションした通りに書かれているが、和久井は硝酸ストリキニーネが入っているユンケルなど飲んではいない。

和久井の隙を狙っていた関根は、素早い動作で和久井の首にリードを引っ掛けた。

「何を・す・る・ん・だー」

苦しさの余り和久井は、両足をバタバタさせた。運転をしていた博子は、車を止めて、バタバタしている和久井の足の脛を自分の短くて太い足で、何度も蹴った。

「若いのに往生際が悪いわね。静かにしなさい」

現在、関根も博子も『死刑囚』である。だが再審請求をし、一日でも死刑の執行が遅れる事を願っている。

自分が死と向かいあってから、人間の命の尊さに、気づいても遅いのである。それこそ『往生際』が悪く若井に『往生際が悪いわね』と言ったと聞いた時には何て自分勝手な、自分を見ていない馬鹿者であると思った。

首をリードで締め付けられながら、若井は苦しさの余り、体中で抵抗した。博子は自分の肩で若井を押さえつけ、動かないようにした。

若いが絶命するまでに、三分はかかった。

「博子、このアンちゃんの身体を、トランクに入れなくてはならない」

「判っていますよ」

と言って博子は、車に中からドアを開けドアの外に出た。そして、関根の方に和久井の死体を押しやった。

「遠藤と違い軽いな。遠藤のデブじゃー参ったからな。今頃、山崎の金乞食が眼鏡をかけなおして雲入りを拭き拭き、十七号を突っ走っているだろう。博子、和久井は美千代を埋めた家の庭の隣へ埋めようぜ。いちいち山崎の野郎に殺しの事を判ってもらう必要はねーからな」

「そうしましょう。今から自宅へ帰り、この若い人を懇ろに、弔い埋めてあげましょう」

倒酔感が漂っている二人は車内で体を寄せあったまま運転をして自宅へ向った。

人を殺しておいて懇ろもないものである。この夫婦の当事の言動と裁判に成り法定での態度とは、海と山程の乖離があり、まともな精神状態ではなくなっていた事が良くわかる。

十分もしない内に新しく建てた自宅に戻ると、門の鍵を閉めて若井を埋めようと思っている場所に車を停めた。

関根は物置に行きスコップ二本と鍬を持ってきた。先ず、鍬で固くなっている地面を掘り起こした。地面が柔らかくなると今度はスコップで、博子と一諸に地中に宝でも埋められているように、急いで掘り始めた。二人とも全身から汗をだし、衣類は汗まみれになった。

関根は穴を一緒に掘っている博子を見ると、愛おしさが湧いてきた。

(埋め終わったら、二人で風呂に入り、その後はたっぷり愛してやろう・・・)

こうして、先の行田の主婦である美千代と、遠藤の運転手である和久井はアフリカケンネル社長宅の庭先に埋められ、山崎が警察当局と渡り引きをして、双方に都合が良いように川崎・遠藤・美千代・和久井の四人が、山崎のポッポハウスの前のドラム缶の中で燃やしたこととして、警察は事件の早期解明と言う栄誉を得て、山崎は実際には殺人事件の共犯であるが、飽くまでも遺体損壊だけで裁判を受けるように取引をしたのである。