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幸福に生きて行こうよ

私が思っていた事

 

 

 

はじめに

僕のブログ集の二回目です。この暑い中部屋に閉じこもり原稿を書いていると時間を忘れてしまいます。時間を忘れるという事は僕の思想に沿っている事ですし、僕の思っている事を読んで少しでも僕のイズムを感じて共感してくれる人がいれば幸いであると考えているのです。

如何にしても70歳の地方の老人の言うことですから、読んでくれた人は老人の戯言と思うでしょう。

然し人生を長くやってきた僕は「たかが老人、されど老人」であると思っています。それは振幅幅の広い人生を歩んできたという自負があるからです。そんな老人の戯言が少しでも皆さんの生きて行く上でのメルクマールになればと思って綴ります。きっと、皆さんは、生きた言葉から何かを探し当ててくれるでしょう。

 

 

 

優しさってなんだろう

人に対して優しいという事は、どうゆう事でしょうか。

子供に対して、親に対して、兄弟に対して、夫に対して、友達に対して、妻に対して、恋人に対して、隣人に対して、動物に対して、優しくする対象は随分あります。

当然、この様に自分に直接関係があるものに対して愛情を注ぐには素晴らしい事です。

しかし、良く考えてみれば、この様な事は当然のことで親が子に優しくするという事は犬や猫でもやっている事です。

だけど時代が複雑になり、何が正しくて何が悪いのか、ボーダーが無くなってきたような、現在に成ってしまったような気持ちがします。

僕の家の近くの奥さんは食事や洗濯をあまりやらないで、一日中三匹飼っている犬の散歩や世話を焼いて、僕が散歩をしていると直ぐに呼びとめて、犬の自慢ばかりしているのです。毎回、同じことばかり言うので昔のレコード盤の溝が切れた時の何度でも同じフレーズ繰り返している様なので辟易してしまいます。

ぼくから見てこの御夫人は、犬に対して「愛情過多」としか言いようがなく。僕は家の前の散歩道に「健康な毎日を送ろう」「皆様が幸福でありますように」「子供たちが健康でありますように」等と言う標語を描いた一メートル位の角材を加工して立てていますが、ある日「お犬様と子供たちはどっちが大切ですか」と標語を書いて立てました。

これは、夫や子供を放り出して、犬の散歩に出て犬自慢をしている人達に、愛情は犬より子供たちに与えてやってくださいと言うメッセージなのです。優しい心と言うのは自分で病気に成り病院に入って苦しんだり、会社を解雇され会社組織から離れたり、刑務所に入ってみて初めて自分が如何いう者であるか解かるのです。

病気に成り病人と成れば、他人が病気で苦しんでいる時、どのような気持ちでいるか、病人の気持ちが好く解り、会社を首に成り個人に成れば会社組織の中にいた自分と会社を辞めた時の自分一人の力のなさが自覚できます。

刑務所に行けば、社会にいた時の肩書や資産があると言っても、皆、同じ服を着て同じご飯を食べて人間として丸裸同然と成り、全てを晒します。刑務所に行きなさいと言うのではなく、そのような環境下におかれると他人の痛みが分かり、人の気持ちを慮ることができるようになります。人を慮り行動に表したのが優しさであり愛情であります。