011





















文殊院の権造

永平寺代参旅

安土城へ行く権造

岐阜を抜け彦根に出て権造は、前世の親分である石川五衛門の次に、尊敬をしている織田信長公が築城した安土城跡の天主辺りから、琵琶湖を眺めていた。

(秀吉の野郎が、絵図を書いて明智光秀の大馬鹿者を指嗾(しそう)して、殿である信長公をだまし討ちにしやがって、信長公の天下布武が、達成されたら、五衛門親分だって、一廉の武将になっていたはずだ。ここへ来て秀吉への憎しみが倍増したわい。それにしても、琵琶湖から、ここに吹いて来る風は、気持ちが良いものだ。ここへ自然を活用して要塞を築いた信長公は、天下に類がない英雄である。ナポレオンなど信長公から見れば、子供だ。あえて言うなら、今のイタリヤ中世を開いたチューザレ・ボルジアか、トルコの国を創ったマホメット二世に、匹敵するだろう。信長公が明智の野郎にだまし討ちに遭わなかったら、近代日本は世界の先進国として、アメリカに変わり世界に、フラッグを振っていただろう・・・・)

文殊院一家の権造は、物事を知らない馬鹿野郎であるが、物思いに耽る時は、何故か、甚く知性が煌く。DNAがさせていることだろうか。

光秀―猿(秀吉)-公家―朝廷と信長公殺しは、辿る事が出来る。信長公は無私の人である。朝廷から征夷大将軍・関白・摂生の三つの官位をくれるというのに、辞退をして、その時代の暦が、農民にとって種を撒く時期を毎年狂わせている事を知り、暦の変更を申出た。元来・中国でも暦を変える事ができるのは、皇帝だけであり、日本の朝廷も真似をして、暦を代々陰陽師の安陪家(阿倍清明で有名)に任せていた。

信長公は、飽くまでも日本が、西洋に遅れないで世界の先進国になるのには、如何したら良いかを優先して構想を描いていたのである。

このように卓越した思想を理解できる者は、誰一人居なかった。猿(秀吉)はスケベー爺で、家康は百姓根性の地べたに、しがみ付いている狸爺である。

この二人が日本の近代化を随分遅らせたのである。歴史的責任も大きい。

処で、権造は天主があった場所から移動して、信長公のお墓の前にいた。

お墓の前でいきなり、土下座をすると懺悔文を唱えだした。

我昔所造諸悪業(がしゃくしょぞうしょあくごう)
皆由無始貪瞋癡(かいゆうむしとんじんち)
従身語意之所生(じゅうしんごいししょしょう)
一切我今皆懺悔(いっさいがこんかいさんげ)

一心不乱に権造が、繰り返し、繰り返し、懺悔文を唱えていると安土城跡に、琵琶湖から霧が流れてきた。霧に隠れて、ヤギ髭を蓄えた信長公が、権造の目に前に現れた。

普段であるなら「うわ-」と言って魂消る権造であるが、この時は、鋭い目を半眼にして、仏のような微笑を浮かべ信長公の幻と対峙した。

「甲賀の万空か、それとも文殊院の権造か?」

「はっーはっーはっー、私めは、今の時代は文殊院の権造と名乗っております。私めは、信長公にお会いできるこの日を信じて生きてまいりました」

「権造!そちが、我に会いたがっている事は、霊界にいて見ていた。うい奴め、権造」

「お館様、この権造めは、お館様は欲が無く無私の英雄である事を信じて生きて参りました。でも、欲を無くして生きて行く事は、権造のような凡人には出来ません。金・女・地位特に、この三つからは、逃れる事が出来ないで、現世で、のた打ち回っている状態です。お館様、斯様な権造に、欲を無くして生きる方法をご教授して下さい」

「権造、そちは既に、高い境涯に達している。もう少しで、悟りの境地を味わう事が出来る。この度の旅は五衛門(文殊院の燿山)から申し付かったことだろう。五衛門はそちを、特別な悟りを味わう事が出来る人間である事を見抜いているからこそ、この度の永平寺へ代参に赴かせたのである。今日後、権造は、敦賀・東尋坊・芦原温泉と辿り、永平寺へ着くことになっている。その間、そちには、様々な事が待ち受けている。金・女・命に拘わる事象である。その時に、権造がいかに、対処したかでそちの境涯が高くなるか、低くなるか決まるのである」

尊敬をしている信長公の亡霊と話しをしながら、権造は身の幸福を感じた。そして、信長公に聞いた。

「お館様、この権造めが、悟りの境地に至るコツを教えてください」

信長公は微笑みながら、権造に覚りに至るコツを教えた。

「何が起きても,あっても、ありのままに考え行動しろ!」

「お館様、ありがとうございます。この権造及ばずながら、お館様のおしゃる通り、今日後旅を続けます」

信長公はヤギ髭を上下に動かして、笑いながら首肯した。

「よき哉・よき哉・うふっふっふっ、権造長生きしろよ」

権造が、興奮のボリュームを、め一杯上げて、信長公の顔を仰いだ時には、信長公は、そこにはいなかった。

(ワシほど果報者は居ない。信長公と話ができたのだから「最高です」ちょっとふるいかな?・・・・・・・)

信長公に出会えた感動から未だ、覚めないで。安土城跡の石でできた。大手門の入り口に来た時に、歳をとった女性のすすり泣く声が聞こえた。

何だろうと思って権造が、声のする方に行くと一人の婆さんが、石垣に額をつけて啜り泣いていた。

「如何したのだよ,婆さん」

*権造に婆さんと呼ばれた女性は、婆さんと言う言葉で、プライドが傷ついたと見えて、きっとした顔をして権造を見た。

(百姓の婆様だな。ワシとこの婆様と同じくらいの年ではねーか・・・)

「如何したのだよ、婆さんはねぇーだろう。口の利き方を気を付けろ爺!」

「中々・気の強いお嬢さんだ。一体何があったのだ。訳があるなら聞かせてもらおうか」

歳をとったお嬢さんは、権造の怖い顔を怪訝そうな眼つきで見た。

(この爺は悪党面をしている。だが、待てよ面の法令線が、長くて学者の相をしている。儒教を取得した人か、禅の世界に、逍遥する中国の寒山や拾得のような、ばっくれた境涯が高い人かもしれない。娘の事を相談してみようかいな・・・)

「爺様の名前を聞いていねぇーのに、困りごとを相談する馬鹿がいるかいな」

「そうかい。そうかい。お嬢さん。ワシの姓名は兜山権造だ。困った事があったら遠慮なく相談をしてくれないか」

婆様は権造が「お嬢さん」と言葉にだしたので、気分が良くなった。

(この人は人相が悪いが、頼りに成りそうな人だ。娘の事を相談しよう・・・)

「権造さん。わたしの話しを聞いてくださいな。どうして、私がお城跡の石垣に額を当てて、泣いていたのかと言うと、あの石垣の下には、築城の時に信長公が運ばしたという「蛇石」があると伝えられているからです「蛇石」は、霊験あらたかで願い事を叶えてくれるといわれています。如何せん「蛇石」をここへ運んだ時は、昼・夜・山も谷も動くばかりであったそうな。だから蛇石の霊験があらたかである事は、この辺の百姓は皆知っているのです。わたしには、三十一歳の若い娘が居ます。その娘を琵琶湖の海賊で弁天の鬼熊という無法者が、嫁によこせといって私や、村人達を毎日脅かしているのです。鬼熊は悪い奴で、力は百人力で、怖いものが居ないのです。ですから娘の事に限らずこの辺で統べての悪事を取り仕切っている男なのです」

(婆さん娘が若くて三十一歳というのは間違いだ。十九・二十を娘といって、二十五過ぎたら年増・三十過ぎの大年増四十過ぎたら婆桜だよ。でも、この婆様には、黙っていた方がよさそうだ。アイアム・チャック・・・)

「信長公のお城の跡で、袖摺りあうも、きっと信長公のご縁だ。不肖この権造・娘さんの事を何とかしてやりましょう」

「サンキュウ・べりマッチ権造」

「お姐さん英語が出来るのかね」

「人に言って貰っては困るのだが、わたしはバテレンだ!」

「そうかい。そうかい。お姐さんはバテレンか、おーイエス」

「権造さん。冗談はそれ位にして、海賊の鬼熊退治をしてくれるのでしょうな」

「お姐さん。鬼熊は何処に住んでいるのかねー」

「ここから南へ十丁ばかり行ったところに、下豊浦の湾がある。その湾内に海賊船を止めてこの辺の女を攫ってきて住み毎日ドンちゃん騒ぎをしているのさ」

「それじゃー鬼熊は毎日淫らな生活をしているというのかい」

(いいなー、おっとスケベ心を丸出しにすると、信長公の御霊に怒られる気がする。鬼熊の野郎とんでもない野郎だ・・・)

「そうだよ。アンタうらやましそうな、顔をしているねー、鬼熊を退治に行き、いい思いできるから、仲間になるなんて裏切ってはだめだよ」

「ワシはれっきとした心の修行者だ「弱きを助け強きを挫く」世界に身を置いている。今直ぐに、下豊裏に行き鬼熊とあって、お嬢さんの娘をスケにしないように、話をしよう」

「婆は自分だけお嬢さんと呼ばれて,いい気持ちで居て遠慮なく権造の事を爺といっている。余にも自分勝手なので、信長公に遭う前の権造立ったら、怒ったところであるが、今は、笑っていられる。人間的に一歩成長したのであろうか。

「それでは、下豊裏に鬼熊の舟に行きましょうかな。権造さん」

「おうっ、案内してくれれば、面倒がねーな。何しろここは知らない土地だ」

二人して、琵琶湖の沿岸を南に下って行くと湾があり、そこには一眼で海賊船である事が判る髑髏の下に、骨が交差しているフラッグが、船の中央に高々と掲げられていた。舟も朱泥と金で塗られていて、なから派手な色合いをしていた。

桟橋をお嬢さんでない婆様と、歩いて行き海賊船の下へ来た。

「おいっ、ちょっと待ってくれ!横須賀ストーリじゃねーが、オイラは見張りだから、船のそばに来た者を誰何しなければ、キャプテンの鬼熊様に怒られる」

「私じゃ、娘を差し出せといっておきながら、その親の顔をしらねーのか。馬鹿野郎」

「婆様、何を粋がっているんだよ。鬼熊様ご所望の娘は連れてきたのか」

婆様は、婆様と本当の事を言われて、怒り心頭に来た。

「お嬢様に向って婆は、ねーだろう海賊!」

「本当の事を言って撫ぜ悪い『正直は一生の宝』と言う言葉を知らねーか」

「馬鹿野郎。お釈迦様だって「嘘も方便」と説いているじゃーねーか」

二人の言い合いを聞いていた権造は、この辺の人は口が、達者だと思い呆れてしまった。第一本来の目的と全く関係がないことで、もめているのだから。

「いい加減にしねーか二人とも」

「この餓鬼が、わたくしを婆といった、わたしのプライドは如何してくれるのさ」

「幾ら、バテレンだからといって英語を使うのではねーぞ。プライドは自尊心だ」

「山賊辺りが英語を良く判るじゃねーか。褒めてやろうか」

「それより、お嬢さん。娘を連れてきたかい。キャプテンもアンタの娘は、おっぱいが大きくてウエストが締まってヒップが、張っているといって、希望を抱いている。早く娘を出せ」

「おいっ一、海賊。娘さんを性の対象としてみるのじゃねーぞ。嫁入り前の年増だ。嫁に行きそびれたら如何してくれえるのだ」

今まで、女性を性の対象しか見なかった権造の言葉であるとは思われない言葉を吐いた。

桟橋と甲板で騒いでいるのを聞きつけて、海賊の仲間が五・六人甲板に上げって来た。

「何だ!桟橋に居るのは」婆と爺じゃねーか。そんな者相手にしねーで、船底で酒盛りが始まっているぞ」

「じゃーキャプテンは、例の娘の事を請求しているだろう」

「甲板が、騒がしいのでキャプテンは、娘が来たと思って喜んで俺たちを、甲板に上げたのさ」

「やばいな!婆さんじゃねー、お嬢さん早く娘をここへ連れてきてくれ」

ここが出番であると権造は、悪い人相のボリュームを眼一杯上げて口を開いた。

「おいっ、海賊。訳もないのに、オッパイが、でかくてウエストが締まりヒップが張っている娘を寄越せとは虫が良いのじゃーねぇーかい」

海賊たちは、権造の一言で首を傾げてしまった。

事実は、この婆が海賊のキャプテン弁天の鬼熊から、一年前十両の金を借り、その後、利息の一分も持ってこなかったことから始まったことである。

海賊の弁天の鬼熊は、密かに安土城跡を守っている織田家に、所縁がある人間である。

如何せん。権造の身体の正面は大きな鯉であるが、背中の刺青が弁天様が彫ってある。その刺青と同じ二つ名を持つ鬼熊である。権造が考えても、悪い事はしないはずである。

(この婆は、癖者だ。男なら相手にして、懲らしめてやることも出来るが、婆じゃどうしょうもねーよ・・・)

結局、権造が十両の金を鬼熊に払ってやる事にした。

「婆さん。人を騙したら駄目だぞ!」

金を鬼熊に返してから、権造は海賊船に招かれて、信長公の話題に花が咲き一番中、海賊が琵琶湖を行く舟から、奪い取った飛び切り上手い酒をご馳走に成り、朝まで飲み明かした。

船を下りるときに権造が、琵琶湖の空を見て呟いた。

(今回は長ドスを使わず話がついた。人間として一歩前進ダー)