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愛車はアラブ産の競走馬であった

あの人は愛犬家だ!動物が好きだ!などと言う事を聞くが、本当に犬屋や猫が好きな人間はいないのでは無いか。私の家のリビングの前は大沼公園と言う一周1500メートルくらいの遊歩道があり、毎日犬を連れて散歩をしている人が何人も目に付く殆どの人が顔見知りになっているので私が裏庭にいるときは「こんにちわ」と挨拶をしてくる。当然私の「今日は良い天気ですね」などと挨拶をするのであるが、この人たちが連れている犬は殆ど小さな犬で半年もしない内に違った犬になっている。

(前に犬は死んでしまったのな?)

等と思ってそれ以上の事は考えずにいたのだが、先日、運転手の長谷部に

「あの少し歯の出ている叔母さんの犬があんな犬でも高いのだろう。良く買い換えることができるな。特別に金を持っているようにはみえないがなー」

と聴いたら長谷部は呆れた顔をして応えた。

「先生。何も知らないのですかあの叔母さんはブリーダーをしているのです。

「ブリーダーとは何をする人だ?」

「珍しい犬屋猫を繁殖させて高い金で売り生活しているやからで1見上品ななりをして良い家に住んでいる振りをして散歩をしながら、犬好きな物好きを見つけているのです。4・5匹子を生ませて適当な所で売れば、自分の親父の給料より良い金になりますから、ここの沼の周りを散歩させるのも商売ですよ」

そんなものであるのかと思いながら長谷部の言うことに納得したのである。

そういえば私も何十頭もの犬を飼ったこともあるし、虎・ウサギ150匹・80センチもある毛爪陸亀をいまだ飼っている。ウサギは友人の国松に進められて何処にもいないような青い眼をして者やチンチラを高額を出して購入して、小屋もトラックのほうれい車を2台ばかり100万円を出して買い込み中には個室となるゲージを五・六拾買い込んで餌も毎月自分の子づかいではまかなえないほど金が掛っている。昨年五ヶ月ばかり癌で入院している時に自分では面倒が見られないので留守番を頼んだ杉浦に任せておいたが、餌代を自分の懐になぐりウサギは私が退院した時は30匹になっていました。でも所詮私も生きている身ならば犬もネコも一度は死ぬな無ければならない定めと思うと年を取り一人暮らしだから寂しさを紛らわせるために犬猫を身の周りに置く良く考えてきなさいよ。それは人間の我儘でしかなく優越感で他人に見せて自慢をするなら自慢でしかない。第一個の世の中で人間が一番えらいわけではなうのであるその人間が小動物を自分の寂しさを紛らわせたり、自慢するだけで勝手に自分の気持ちに合わせて一諸に生活せせるのは罪悪である。関根の事件を調査して、自分でも多くの動物を飼ってみて動物を飼う事は虚栄心と考えを変えれば罪悪でしかないと考える。

だが、ベンガル虎とアラブ産の馬を飼った事は私の人生に楽しい思い出を残してくれた。

競馬馬を飼ったときに事を紹介しよう。

私は車気違いで外国産の外車を5台ばかり持っていた。出かけるたびにその日の気分により今日はローリスロイスにしようとか、アストンマーチンにしようかベンツでいいだろうと乗り変えていた。ある日の夜、町内に用事があり出かけなければならなくなった。そこで近くだから、自分で運転をして行こうと重いジャガーのスポーツカーを乗り出した。

ところが運が悪く家の近くで交通機動隊が来て夜間スピード取締りをしていた。熊谷署の捜査係りなら

「親分無免許で運転しては駄目ですよ。気おつけて帰ってください」

で済んだのだが交通機動隊で私の顔を知るものが居なかった。当然、無免許運転で逮捕をされた。私はどっちにしても二十一日拘留されて罰金十万円で釈放されるだろうと思っていた。そして、留置場生活を変化あるものにと考えて無免許を否認した。困ってしまったのは私を逮捕した交通機動隊の隊長である。取調べに置いて世間話はするが無免許については「知りません・乗っていません」というばかりであった。二十一日居れば釈放されるのが判っているので気楽なものである。そんな時に機動隊の隊長が言った。

「親分。もう無免許で車を運転しないでください」

「車には免許が居るのか?」

しらばっくれて言うと

「当然の事ですよ」

「へー免許が必要なのか知らなかった。それじゃ-聞きてーが、馬は免許が必要か?」

「馬ですか。必要はありませんが、馬が排泄した物を拾ってゆかなくてはなりません」

「判った。出たら馬を飼って車の変わりに乗って歩けばこのように警察に逮捕されないのか。必ず馬を飼って乗り回すから釈放されたら頼むぞ」

このようにして私は二十一日で罰金10万円で釈放された。

早速私の兄にも等しい深谷市の「円岡商事」の社長に馬を飼ってくれる事を依頼した。社長は高崎地方競馬の馬主で高崎競馬場では顔である。それは人徳がさせるものか大概の厩舎や馬蹄・旗手が気持ちよく言う事を聴いて入れる。「円岡商事」の事務所に行き馬が欲しいと言ったら社長が聞いた。

「何で馬を欲しがるのだよ」

「この間無免許で逮捕されたら馬は」免許はいらないと聞いてこれからは乗って歩こうと思っているさ」

「馬はいいからな第一』可愛いぞ。スズ坊の言うことじゃ直ぐに馬を買ってやるよ」

「馬の上から地上を見ると気持ちが良いでしょう」

「まあ、直ぐに馬を連れてくるから乗ってみてくれよ。只、馬小屋と小さな牧場は必要だ早速大工に話しをして作らせてくれ」

「了解した。社長頼みますよ」

「任せて置けよ」

三日で馬小屋が出来た小さいが柵を張り牧場も出来た。早速、社長がアラブ産の高崎競馬を廃馬になった4歳馬を連れてきた。鞍もレースの選手が使用する物をつけてきてくれた。物好きな私は直ぐにたずなを持って馬に跨った。つま先で馬の腹をけると馬は動きでした。だが馬の上下運動に私がタイミングが合わせられない一時間ばかり乗ったら馬の背中と私の睾丸が上下に当たり」私の睾丸が真赤になってしない痛みが酷くなってきた。

(馬に乗るのは難しいな?)

「誰か馬ていでも連れてきて」練習をしなければ駄目だな。俺が安田話をつけて馬廷を一人連れてくるよ」

「そうして下さい。馬は馬を知っている人に乗り方を教わらないと駄目だ」

「わっはっはッはっは・・・」

円岡」社長は私の牧場で高笑いをした。

もと、馬廷ーをやっていた鳥羽をその日の内に金子組長は連れてきた。鳥羽が先ず私に教えた事は「反動を抜く」ということで言い換えれば馬の背中の揺れ具合に合わせて背中と睾丸があたらない様に腰で調整するのである。技術的には非情に難しく誰でも出来るといった代物ではなかった。だが、高校時代まで剣道一筋に励んできた私は並外れた運動神経を持っていたのでその日の内に馬の背に乗り「はあおー」という掛け声と共にタズナを操っていた。

乗り物の中で乗ってみて一番気分が良くなるのは馬である。馬の背で並足で歩いていると遠望が利く周りの者が小さく見える若い物を連れて馬上で馬を並足で綾っていると戦国武将織田信長も斯くあらんと思えてくる。乗馬を覚えて一月位した夜。部屋住みの若い者が言った。

「親父さん。『いなげや』の前で交通取締りをしています」

「判った。馬を連れて来い」

急いで部屋住みが馬を連れてくると私は鐙に足をかけてひらりと馬上の人となったタズナを絞り走り出させると馬は走りだした「いなげや」までは直ぐである何人もの警察官が交通取締りをしている所を馬に乗り澄ました顔をして私は歩いていた。警察官は全員が吃驚した顔をして私を見た。その中に先日私を逮捕した交通機動隊長がいて私の傍に寄ってきた。

「ご苦労様です」

「おうっ、ご苦労」

隊長は体を私に寄せてきて耳元で呟いた。

「まさか、本当に馬を買って載っているとは驚きました。参りましたよ親分」

「これなら免許がいらないから堂々として天下の大道をあるくぜ。隊長承知しておいてくれ」

この馬にはもう一つ出来事があった。事務所の近くにパチンコやができた。若い者が行き早速、毎月の「カスリ」を決めようとしたが、嫌だという。頭にきた若い者が小型ダンプで出来たてのパチンコ屋に飛び込ませた。だが、パチンコ屋は「カスリ」を払わないと言う。

そんな事を耳にしていたのである夜。部屋住みの高島睦に鎧を着せ槍を持たせ馬の乗せて命じた。

「この姿でパチンコ屋の駐車場を一回りして来い」

「判りました」

喜んで高島は出かけていった。1時間くらいで帰ってきたので聴いた。

「皆、吃驚していたろう」

「甲冑姿の馬武者を見れば魂消ない者はいません」

翌日、パチンコ屋の経営者である東氏が私の所に直接来た。

「来月から毎月五十万円で面倒を見てください」

「判った。千葉に良く話ておくから心配しないでくださいよ」