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ウルフドック

【埼玉県愛犬家殺人事件の真相】

髙 田 耀 山

主婦殺し

熊谷市万吉のアフリカケンネルの犬舎がある。

熊谷市を流れる荒川を渡り、東松山インターに続く道を進行してゆくと『立正大学』のキャンバスがある。キャンバスの二百メートル程前を右折して行くと、アフリカケンネルの犬舎があり、周囲に動物臭を放っていて、道側は網のフエンスになっているから犬舎の屋根の上に大きく『アフリカケンネル』と立てられている看板を見るまでもなくここが、関根が経営するアフリカケンネルであると直ぐに判る。

犬舎の中には、狼とセパードをカケ合わせたウルフドック、シベリアンハスキー・アラスカン・マラミュート、ローデシアン・リッチバックから、日本では珍しい犬が多くいた。

犬達の世話は、犬の専門誌で公告を出し、応募してきた者を雇っていた。

犬舎の従業員の主な仕事は、朝晩の運動と犬の餌くれから、小屋とフエンスで囲ったお客に犬を見せる場所の掃除である。関根は掃除には煩く、従業員に指示を出し、いつも衛生的な印象をお客に与えていた。

従業員には食事は与えるが、給料は出さない。だからいつも従業員が三人ほどいたが、一ヶ月位で止めて行く。

然し、ケンネルの従業員になる位だから、犬好きである。中には給料を貰わなくても、珍しい犬達に接し、毎日過ごせればよいと思い、長くケンネルに務めていた女の子もいた。

その従業員の中に、行田市出身の二十九歳の青年がいた。元来の犬好きである。アフリカケンネルへ就職したのは、やはり犬好きだからであり、何度か職業を変えたが長続きしないで、ケンネルに務め始めてから、人間が変わった様に、犬の世話をすることに意欲を持ってきた。

母親の美千代(仮名)は、それが嬉しくて、何度もケンネルまで足を運び息子の事をケンネルの社長関根に宜しくと頼んだ。

その内、美千代は、倅がお世話になっているケンネルの社長に、自分の夫に無いものを感じる様になった。

まして、嘘八百を並べ、人を騙すのは、関根の最も得意なことである。美千代は直ぐにケンネルと肉体関係が出来た。ケンネルもケンネルなら、美千代も美千代である。男女の仲は摩訶不思議であるから、これ以上は触れないが、ケンネルの犬舎から百メートルも離れていないラブホテル『D』で真昼の情事を楽しんだ後である。

「金儲けを教えてやろう」

「金儲けとはなによー」

鼻にかかった声で美千代は応えた。

「アフリカケンネルの役員になれよ。役員になれば毎月、しこたま給料が入る」

「役員に成るという事は、資金を出すことなの」

「当然だ。資金を出しただけ、持ち株数が多くなる」

中年だからであろう三段の肉が付いた腹をたるませ何処に、履いているのが判らない程、3段の腹に食い込んだショーツを履きながら、猜疑に満ちた眼で関根を見た。

「お金といっても直ぐに、用意は出来ないわ、少し待ってよ。あ・な・た」

引っかかったと思い関根は、愛想良く笑いながら、ブリーダーが、どれだけ儲かるか説明をした。説明が終わった時に美千代は、大型シベリアン・ハスキーの雌雄をケンネルから買う約束をした。代金は一千万円である。

「一辺に払えないから、最初に三百万円で良いかしら」

「俺とあんたの仲ではないか。取りあえず三百万持ってくれば後は何時でもいいよ。会社の役員には、司法書士の先生に頼んで直ぐに、専務にでもしてやるよ」

「お金は今度貴方と、ここで会う時で良いでしょう」

「良いよ。でも知っての通り俺は忙しいから、前もって金を持ってくる日を教えてくれないか」

「判りました。後で電話します」

アフリカケンネルは、確かに忙しいが、仕事ではなく金策に忙しいのである。江南町板井に、身分不相応な自宅を新築し、億の金をかけて、支払いが大分の残っているのである。

(今日は収穫があった。だが、あの女は年増だけに、一筋縄では行かないかもしれない・・・)

金のためになら何でも遣り出す関根も、美千代が発しているオーラから、厄介になるものを感じた。

一週間後美千代は、行田市にある『埼玉信用金庫』の普通預金として、自分の名義で積んである三百万円を下ろし、ケンネルに電話をした。

「私、美千代よ。貴方、今、信用金庫に行って三百万円を下ろしてきたわよ。何処へ持って行けばよいの」

ケンネルはまんまと美千代が、預金を下ろし渡したいと言っているのを聞き、電話を持った儘、ほくそ笑んだ。

(上手くいった。又ラブホに連れて行き可愛がってやろうか・・・)

「早い方が良い。金が入り次第。美千代さんは、アフリカケンネルの役員だ。例のラブホで午後三時では如何だ」

「行くわ。貴方必ず三時までには来てね」

「オッケー、美千代さんー」

ケンネルは機嫌よく美千代に言った。

「早く美千代さんを抱っこしたいよ。美千代さんこそ三時に『D』まで来てくれるだろうね。先に着いた方が、入った部屋の番号と名前をフロントに告げることにしようか。最も俺の方が美千代さんに早く逢いたいから、三時前に『D』に行っているよ」

こうして、関根は美千代を色と欲で騙し、まんまと三百万円の現金を手に入れ『D』の直ぐ近くにあるアフリカケンネルの犬舎に寄り、大型のシベリアン・ハスキーのツガイを、関根が用意した輸送用の犬小屋の中に入れ、小さな車に押し込んで美千代は帰っていった。

(後、三百万円戴けるわけか。年増は鬱陶しいが、それはそれで面白い。金になる思えば如何って事はねぇーや)

そうして何カ月が過ぎた。

この頃、アフリカケンネルの関根は遠藤代行に、川崎市の友人であり小峰武夫と会わせられ、川崎の行方について話し合いをした処、小峰氏は気が付かないでいたが遠藤は、犯罪社会のど真ん中に生きているやくざとしての感で、関根が川崎を殺していると確信を掴んだ。

話し合いが終わり、小峰氏が帰った後、遠藤は勝ち誇ったような顔をして断言をした。

「社長、殺しをしたなら、殺しをしたとどうして、俺に相談をしなかったのだ。川崎を社長が殺ったことに間違いが無い。社長、俺の口を塞ぐ事は難しいぞ」

「代行、俺が川崎を殺った事なんか、如何でも良いでしょう。近い内に金が入りますから三百ばかり、持って行ってください」

「馬鹿野郎。人殺しをしたのを知りながら、三百万円で話をつけようだ何て俺を舐めているのじゃーねぇーか」

泉屋しげるにそっくりな、品のない顔を歪め関根は、遠藤を懐柔しようとした。

「代行、代行は自分の用心棒ではありませんか。その代行に内緒で人を殺したの,は申し訳ございません。代行がそれを知った限り、このケンネルは代行の全ての要求に応える気持ちでいます」

「好し、判った。社長取り敢えず三百万円は戴こう。何時取りに来ればよいのだ」

「二十七日の夜は如何でしょうか」

「間違いなく三百万払うか、それならそれで良い」

「代行、色々あるから、用心棒を頼んでいるのではないでしょうか、今後、何が起こるかもしれませんが、宜しく頼みますよ」

「判ったよ。社長、それより人殺しは、やっては駄目だ。殺そうと思った時に、他の方法で解決する事が出来ないか考えて見ろよ」

高田組代行は、女性に持てるくらいだから人情がある。組内で問題が生じた時も、私から見て甘いのではないかと思える程、処分を軽くするのである。

遠藤がアフリカケンネルの自宅を出た時に、関根は遠藤に対し、犬屋らしく『飼い犬に手をかまれた』と嘯いた。

八月の蒸し暑い午後、行田市の主婦である美千代は、埼玉信用金庫によりから、預金を引出すと手提げ袋の一番下に押し込むみとせかせかと出ると江南町に向かった。

(今日は社長も、眼一杯愛してくれるでしょう・・・)

モーテルの部屋に入るシーンを思い浮かべると美千代は既に、妄想を逞しくして、関根とのベッドの上で絡んでいるシーンを連想しながら、運転をしている自転車のペタルを強く踏んでしまう。

秩父線持田駅に着くとタクシーに乗り換えた。

「運転手さん行く先は江南ですから、江南に急いでいってくださいね」

タクシーの後部座席に乗り運転手に指示をして、江南に入ってから、一ヶ所左折しただけでホテル『D』に着いた。

一階の駐車場にタクシーを滑り込ませるとフロント急いで向かった。

「関根さんの部屋は何処でしょう」

「三〇六号室です」

フロントの顔が見えない女性は、機械的に応えた。

エレベーターの前に行き直ぐに乗り込むと三階で停止した。ドアが開くのも待ちきれない様に、美千代は小走りで三〇六号室の前に行った。

部屋の前に立ち一呼吸すると、これも美千代が来るのが待ちきれなかった様に、関根がドアを開けて汚く禿た頭を出した。

美千代は色で、関根は欲(金)がそうさせている。

事情を知った第三者が見れば、吹き出してしまうような光景である。第三者が見れば「葬家の犬が養豚豚」と戯れているに等しいのである。」

ベッドの上の戯れが終わった時に、関根は自分の目的である金の事を口に出した。

「今日、司法書士の先生を呼んで、あんたをアフリカケンネルの役員にした。それも、常務だ。美千代さん偉くなったものですね」

「ありがとう。全部貴方のお陰よ。感謝しなければいけないわね。今、お金は渡すわ」

美千代がバックの中から、信用金庫の袋に入った三百万年の札束を出すと、関根はにんまりと笑った。

金を受け取け渡し機嫌が良いのか、畜生道に陥った獣のように、二人は大声を上げ醜く体と身体をぶつけ合い睦あった。「出歯亀」が見ていたら窓の桟からすべり落ちたろう。男女の交合も美しく高貴に気高く見える場合もあるが、この二人のセックスは色と欲そして止め処無く流れる陰液塗れである。唾を吐きたくなるセックスと言うのをこの二人のセックスを言うのだろう。

関根はいつまでもこんな女とモーテルにいても疲れるだけであり、金を受け取ればそれで用事は無い。美千代は未だ未練があるようだったが。直ぐにモーテルを出ることにした。美千代と別れてから、犬舎に戻ると関根は、今夜、金を獲りに来る遠藤代行を普段面倒を見てもらいながら疎ましく思った。

(俺が、こんな思いをして金を集めているのに、その金を代行に持って行かれるのか、間尺に会わないことだ。だが何とかこの件も何とかしなければ身の破滅だ・・・)

美千代と快楽を求め合っても、今日、三百万円持ってきて美千代との関係は終わりである。この儘、関係を続ければ、何時か女房の博子にばれてしまうと関根は考えた。

殺してしまえば一番良いのだが、殺しを手伝ってくれる者がいなければ、上手く行かない。山崎に頼めば直ぐに手伝ってくれるだろうが、直ぐ、金の話になるので、関根は女房の美千代に相談することにした。

女房の嫉妬心を刺激してやれば、きっと積極的に手伝ってくれる筈であると考え博子に新しく出来た家で夕食の時に話した。

「博子、俺はもう山崎を殺した殺人者だ。何れ警察に逮捕をされる。だが、今逮捕されたらこの家は如何する。建設屋に支払いが残っているし、お前が一人で苦労をすると思うと涙が零れる思いがする。ほらっハスキーの代金として、二カ月前頃、五百万円をお前にやっただろう。それが、今に成り詐欺にかかったと言って廻り中に言いふらしている」

「そうね。わたしの方の店にも、電話があったわ『シベリアン・ハスキーは、一匹十万円位じゃないの、私に沢山のお金を払わせて、詐欺にかけたのね。警察に訴えるからね』というじゃないの、わたしは、腹が立ったから、お宅はどちらさんですかと聞いたのよ。そしたら、いきなり電話を切ってしまったのよ」

「そうか。行田の婆だな。世の中の常識を全く知らないから、困るよなー」

「貴方、もしや、行田の女と関係があるのでしょう」

「博子、知っての通り俺は女に持てる。如何してだろう」

「しらばくれないで貴方!」

関根は博子の性格を知悉している。博子の嫉妬心に火が付いたと感じた。

「俺も男だから女を一人や二人如何でもなるが、俺は金にならない女には手を付けない。だが博子、年増は凄いぜ」

「あんた、あのお婆さんとやったのね。許さないから」

「でもよー、ハスキーを七百万で売りつけ、お前に五百万円やったじゃないか」

「それとこれとは別問題よ。わたしが手伝ってあげるからサッサとあの気持ちが悪い女を殺ってしまいましょう」

 このようなやり取りが、関根と風間の夫婦の間で交わされ行田の美千代という年配の女性は殺されるのである。

一九九三年八月二十六日、隣に住む主婦に、玄関先で会った時、美千代は挨拶をした。

「暑い日ですね。こんな日は、家にいても仕様が無いから、買い物に言ってきますわ」

「お気を付けて・・・」

隣の主婦とこのような会話を交わしたのが、最後となり美千代は、行田の家には再び帰って来られなくなった。

美千代を殺した現場は、江南町板井の新築した家の中で、応接間のソファーに座っている美千代を後ろから、犬の散歩に使うリード(紐)で首を絞めて殺した。

それから、その日の夕方、博子と二人で庭の隅に穴を掘り、美千代の死体を埋めた。

この様に人を殺すことに何の躊躇も、罪悪も感じないアフリカケンネル社長関根元について私は考えた。

通常の教育を受けて育った者は、間違って人を殺す事はあっても、連続して人を殺しその上、死体をバラバラに切り刻むという残酷な事は、精神に異常が無い限り、できるものではない。

アフリカケンネルの関根は、逮捕され精神鑑定をされたと思うが、精神に異常はなかったという責任能力は無いのである。

それでは、何が関根をそうさせたかと考えてみる必要がある。

これは、飽くまで関根の生まれた秩父と言う当事は、閉鎖的な土地が生んだものであると思っている。

山窩(サンカ)と言う言葉を聞いたことはないだろうか、山窩は山の民とも呼ばれ昭和初期までは、全国そして、秩父地方を中心には、何百人かはいたのである。

山窩は山の洞穴や河原の茂みに小屋を立て住んでいた。

日常は竹籠や下駄等を作り、それを街中に持って行き売っていた。

食料は山で獲った猪や鹿・狸・狐と鳥類で又は、川で取れる鮎・山女・岩魚・ハヤ・鯉・鮒と山に生える植物を食していた。

大体、十人から二十人で集団生活を営み普通の人達は、仲間にはなれず、寧ろ、社会から積極的に距離を置いて、一般社会から離れていた。

だから、河原に住まいである小屋を建てても、直ぐに移動できるような粗末なものが多く、山中の洞穴も住まいにしたが、一般人に見つかると直ぐに移動してしまった。

当然、子供は学校に行く事はなく、親や集団の親方に教育をされた。その教育も道徳などといった様に、一般の学校で教えるような社会常識や善悪の区別もなく『如何にしたら、生きてゆけるかで』生きるという事が善悪を優先していた。

秩父では雲取山が最高峰で、東京・山梨と県境になっていて、三県を跨り、又は静岡も近く、山が続いている場所には、自由自在に食料を求め出没した。

終戦後国が混乱している事を良い事として、一部の者は秩父市民と同化して、下駄屋や竹細工の店を持っていた者も多く、関根が秩父の実家に行ってきたといって、下駄を殺された高田組代行遠藤安旦の所に、何度も持ってきた事がある。山窩が市民に同化しても、持って生まれたDNAは『以下にしたら生きてゆけるか』であり、一般社会で生きて行く上で、護らなければならない法律や社会に照らし合わせた善悪・義理人情などは護らなくても良いと埋め込まれているのである。

関根と関根が犯した殺人の多くを考察してみると関根は、完全に山窩の血を引いた者であるのではないかと思ってしまう。

山窩は三角博が小説化して問題提起をしたが、実在を否定する学者もいる。只、学説的に考えると山窩といわれる山の民はいたのである。

その先祖をここで論じる必要はないが、関根の侵した殺しの残虐性は、まともな教育を受けた者では出来ないことであり、精神も異常が無いとすれば、まともな教育を受ける事が無い山窩しかいないのである。

論理の飛躍と言われるかもしれないが、関根の親か祖父が山窩から、一般の人達に同化したとしても、そのDNAは連綿と繋がっているのである。

俗に言うアフリカケンネル事件の残虐性は、犯罪史上過去に例が無いだろう。このような残虐な事が出来るのは、まともな教育を受けていない者しか出来ないのであり、まともな教育を受けたとしても、その教育を受け付けないDNAの持ち主に違いが無い。