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任侠寺

やくざ和尚権山



高田よう山

檀家会議

『進むときは人に推され、引く時は自ら以て引く』と言って到頭、静簡院の崎山博隆和尚の跡目と成り、田高一家一家の跡目を田高好人に譲った。

普山式(曹洞宗の跡目披露)は、執り行なうと、曹洞宗・宗務庁に認められて貰う為に、最低壱千万円の上納金を取られるので、権造和尚は、やくざの時の様に、独立組織で寺名も仁侠寺と改め寺組織内部の改革案を打ち出した。

一、お布施・寄付・戒名代等の金品を檀家から一切もらわない事。

二、檀家の役職名を変える。檀家総代を仁侠寺若頭・その他の役委員を若頭補佐・会計責任者を事務局長等。

三、月に一度づつ、仁侠寺の本堂で、サイコロ博奕をする。その際、檀家役員は全員協力する事。

この三つの案を持ち権山は、檀家会議に挑もうとしていた。

二〇一三年秋・秋分の日が過ぎて、柿や栗の実が美味しそうになった頃、前静簡院の和尚である崎山博隆の名で、檀家役員全員が召集された。

場所は十年前、本堂建設で崎山が、2億円着服した元静簡院・現在仁侠寺本堂である。

念の為に参加者の名前を順位不動で紹介をする。

元・檀家総代  熊谷地区連合会会長・芝昌一郞平

元・檀家副総代 株式会社馬場建設社長・ 馬場狭次郞

元・檀家副総代 株式会社内山工業社長・内山三吉

元・檀家地区長 株式会社笠原設備会長・笠原法矢古

元・檀家地区長 熊谷市市会議員候補・松本悪巳

元・檀家地区長 元江南町町会議員・馬場漢文

元・檀家地区長 熊難市会議員落選者・福田宗次郎

元・檀家地区長 江南地区養鶏協会理事長・福田晴次郎

元・檀家地区長 株式会社山瀬造園社長・瀬山暗威遅漏

元・檀家地区長 反町石材店親方・反町急太郎

元・静簡院事務長 乗馬クラブ経営者・馬場馬の助

元。静簡院副事務長 市内経理事務所勤務・由利利世

その他、萩原雨男・関口悪行・水野一清・長谷川お龍・榎並京子・長谷川十一・中山親頃児・持田俊之・芝百合子

以上合計、二十一名も今まで静簡院と甘い汁を吸ってきた。没義道な連中が権山和尚と先代和尚を本堂仏壇中央に於いて、檀家会議は行われた。

先ずは、この会議も進行係りは、オーム真理教にいた上祐より、口先が上手い長谷川十一が指名された。長谷川の年は四十代で、仕事は市の衛生課に務めていた。その長谷川が檀家会議の口火を切った。

「鈴虫の声が心に響く頃と相成りました。皆さんお変りございませんでしょうか、今般、静簡院住職である崎山博隆和尚が普山して、その後を、この辺りでは、泣く子も黙ると言われた田高一家の総長であった田高権造氏が、その跡目を継ぐことに成りました。誠に目出度い事と存じます。従って。悪の限りを尽くしてきた権造親分改め権山和尚と名乗りました。吾々檀家としては、今まで以上に、何かにつけて、寺内整備や墓地経営を遣って行くのに真の都合がよい和尚さんであると信じています。この上は、吾々悪党檀家が、一版檀家から銭を引き出すやくざ的方法を、御指導してくれるものと期待しております。先ずは皆さん。柏手を持って権山和尚に歓迎の意を表しましょう」

柏手をしたのは、今まで静簡院和尚崎山と寺の利権で大儲けしなかった。僻みが強い長谷川お龍さんと榎並京子さんで、他の檀家総代は、権山和尚の過去を良く知っていたし第一今後、お寺の利権は権山和尚が独り占めにするだろうと考えて柏手はしないで、権山和尚の就任を拒否した。

檀家総代である。芝昌一郞平は、熊谷地区連合会・会長であるから、偉いないのに自分では偉いを勘違いをしている人物である。

(このやくざ者が、何を血迷ったのだ。儂はやくざなんかより偉い人間だ。この馬鹿の住職就任は絶対認めないぞ・・・)

オーム真理教の上祐より、口が達者な熊谷市衛生課の勤務していて、毎日バキュームカーのホースを握っている長谷川十一は、この日の一番の課題でもある権山和尚の施政演説じゃなかった権造和尚が、提案するこの後の、仁侠寺運営方針を和尚に述べて貰う為に昔の「溜め屋」が権山和尚を紹介した。

「この度、元・静簡院現在・仁侠寺の御住職に就任いたしました。田高権山和尚です。今後、此の寺を運営して行くための方針をのべてくれますから、ご清聴ください」

ヤクザを遣っている時から、礼儀作法に煩い権山和尚である。先ずは。正座をして居住まいを但し、しわぶき、一つしてから話しはじめた。

「只今、ご紹介に預かりました私、この度、この寺の住職崎山博隆君から、立たって寺を任せるから、住職としてやって貰いたいとのお言葉を頂きましたが、私浅学・菲才・人間修行未だ半ばの者です故、再三再四お断りを致しましたが、崎山和尚のたってとのお言葉に従いまして、不肖田高権山この寺の住職を引き受けました。従いまして寺を運営して行く上で錯誤が、ある事とは存じますが、如何せんど素人で御座いますれば、何卒ご寛容に御指導くだされば幸いです。尚、寺を運営して行く上での提案がありますから、私の申す事を確り聞いて指示に従う様にしてください」

ここで権山和尚は、やくざの総長を遣っていた時の鋭い目をして、一同を睥睨した。その上で暫く、間を置き自分の作った寺運営の案を発表した。

「今後、いや既に、この寺は仁侠寺を寺名を改めた。しかし。寺名を改めたから、今までやりたい放題・したい放題・一版檀家の金は吸い上げる。この悪名は、六天大魔王のブログで全国に知れ渡っている。この悪名は消さなければ成らない。そこで拙僧が決めた方針を今から、話すから、耳をカッポじいて良く聞き実行することを希う。

一、お布施・寄付・戒名代金等一切の金品は檀家から貰わないこと。

権山和尚の言葉を聞き欲タカリが、多い檀家たちは全員で柏手をして、中にはお龍ばあさんや京子姐さんは、権山の器量の良いのもあったが、この言葉を聞き直ぐに権山和尚に惚れてしまった。

二、檀家の役職名を換える。檀家総代は壇家頭・その他の役員は若頭補佐・会計責任者は事務局長・一般檀家は直参とする。

若い頃から藤順子の「緋牡丹お龍」の映画を全部みてきた長谷川お龍ばあさんと江波京子の「壺振りお京を」の映画を全部みてきた榎並京子姐さんは、自分が映画の世界に入ったと錯覚してしまった。

権山和尚は続けて言った。

三、月に一回づつ本堂で、サイコロ博奕をする。その際。檀家役員は全員協力する事。

この言葉が終わらない内に、新檀家頭の芝昌一郞平が、声を荒げて意見を言った。

「和尚、あんたは何か勘違いをしているのじゃないか。ここはお寺だ、お寺で博奕をするなんて聞いたことがない。前代未聞のことだ!」

権山和尚は少しも慌てずゆゅくりとした口調で、博奕の付いてのレクチャーを檀家頭にした。

「そもそも、博奕とは古来から、お寺の本堂を借りて行ったのである。それはお寺は寺社奉行の管轄で役人が、手を付ける事が出来ない事と任侠の徒即ち、渡世人と言う博徒が、お寺に少しでも銭が落ちればお寺が助かると言う奉仕の心から始まった事である。だから、博奕では「寺銭」「堂を取る」等と言うお寺に関係がある言葉が残っているのだ。芝よーおめーは、博奕が何であるかもわからねーで能書きをこくんじゃねーぞ」

権山和尚は博奕の話に成るともとの博徒であった時の言葉が出てしまう。

「壺振りは誰がやるんだね」

長谷川お龍ばあさんが、自分が壺振りを遣りたいうので、唐突に口をはさんだ。

それを聞いた榎並京子姐さんが、怒りだした。

「何を言っているんだい。壺振りはこのお京さんに、任せておけばいいの!」

「何を言っているのよ。お京てめーの映画は「緋牡丹お龍」の映画より、動員数が多かったことがあるのかよ」

お龍ばあさん・壺振りお京は、もうすっかり映画の主人公に成ったつもりでいる。

この日の会議はサイコロ博奕の件が、ネックと成り結論が出ないままで終わった。