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政治的蠢動

六弥太一家の跡目を決める主導権を掌握した岡部栄治は、谷野に三千万円を持ってくるように命じた。谷野は、なんのことで必要であるか、解からない儘、栄次の家に三千万円を届けた。

「この金は、山稲会の頭取の所に持って行く、六弥太一家の跡目を決められるのは頭取しかいない」

谷野は、栄次が何を言っているのかが解からず、自分に有利に動いてくれるものと信じていた。

「谷野、六弥太一家はお前に決める、しっかりやってくれ」

「ご心配をおかけして有難うございます」

「うん。田高になんかに、負けるのじゃないぞ」

栄次は谷野に向かってにっこり笑った。

三日後、新田町の名産である大和芋をベンツのトランク一杯に積んで、紙袋には、谷野から持って来させた三千万円に内、1千万円を自分の懐に殴り、残りの二千万円が入っていた。

二時間かけて、東京都中央区にある小伝馬町の山稲会頭取の住む現在、一番気に入っている老神温泉の芸者をしていた「小伝馬町の姐サン」が住む高級マンションに着いた。

最上階にある部屋に着いて、頭取の山稲桂二に平身低頭の挨拶をして、栄次は口を切った。

「御無沙汰をして申し訳ございません。何しろ六弥太一家の跡目が、決まらず毎日忙しい日々を送っています故、申し訳ございません」

「六弥太一家の跡目は田高で決まっているのではないか?」

「それがでして、田高は家の一家から養子にやった者です。その者が兄貴の六弥太一家を継ぐという事は、養子にやった時から私が、六弥太一家を乗っ取るつもりでいたと思われるのも辛いことでして、田高は私が育てたのですから、人間的な事は良く知っています。確かにヤクザ渡世にはあのような男は、いなくてはなりませんが、果たして六弥太一家の総長として相応しいかどうか、思案してしまいます」

「他に、跡目に相応しい者はいるのか」

「古い若い者で谷野八郎というのがいます。この男は地味ですが、危ない事は慎重にやる方です故、一家を任せて良いと思います」

「谷野と言うのは忠次郎の後に付いてよく本家に来ていた背の低い奴か」

「そうです。渡世一筋真面目な男です。どうか頭取・谷野が跡目という事で承認してください」

徐に、栄次は頭取の前に二千万円入った紙袋を差し出した。

「谷野からの土産です」

 頭取はにっこり笑うと紙袋を受け取った。

「栄次、お前は北関東の我が会における重鎮だ。お前が良いと見れば好きに決めればよいぞ」

ここぞとばかりに栄次は頭取に言った。

「ご配慮、ありがとうご在います」

「田高は、二代目の直参だろう。俺が二代目に話しておく。六弥太一家は諦めろと」

「有難うございます。田高に一家を持たせたら、一家をぶち壊してしまいます。二代目によく話しておいてください頭取」

「田高は山穂会のコンペには毎月出ているから、儂もよく知っている。然し、栄次がそういうのなら、栄次の意思を重んじよう」

その後十分程、頭取と世間話をして、栄次は小伝馬町のマンションを後にした。

群馬に帰える車の中で栄次は考えた。

(これで上手くいった。田高は六弥太一家の跡目が取れず、俺に牙をむいてくるのかな・・・戦わず勝つ方法を考えておかないといけないだろう・・・)

このようにして、六弥太一家の跡目は水面下で決められてしまったのである。

 然し、栄次が懸念するほど田高は気にもせず、東京に行ったままで、山稲会二代目会長の秘書としての役職を全うしていた。

 山中班長が義貞一家の総長岡部栄治の周りに高く有刺鉄線が囲んである家に行ったのは、栄次が山稲会頭取のマンションから帰って二日後の事である。

山中が来訪を告げると門に、二つ掛かっている鍵を開けて若い者が、邸内に招き入れた。応接室に入ると、にこにこ笑っている義貞一家総長がいた。

「山中さん。して今日はどのような御用がおありですのかな」

慇懃無礼である。

(この歳になり、そんなに尊大に構えなくてもアンタの性格は全部、県警で調査済ですよ・・・)

「実は本庄市にある谷野組に、拳銃が撃ち込まれたと言う近所の通報がありました。直ぐに谷野組の事務所に入って家宅捜査をしましたが、拳銃が撃ち込まれた様子は全くなく、ほどほど我々も手を拱いている状態です」

「ほうー、谷野の所にハジキを撃ち込んだ奴がいると言うのですか。六弥太一家の跡目と決まった男の所に、ハジキを撃ち込むとは見上げたものですな」

「家宅捜査では何も出ていませんが、犯罪科学研究所に現在、応援を頼んでいます。火薬等物は厄介な物でして、空気中に会っても測定器を当てれば、反応がすぐに出て来ます」

(厄介な物が出来たな。測定器が使われたら、谷野も何も言えないだろう。この事件は田高か若しくは小鶴であると思うが、両方とも家の出身であるから、俺だって、安心して居られない・・・)

「化学反応が出れば、どうなるのかね」

「先ず、谷野を証拠隠滅罪で逮捕します」

「そんな間尺にあわね―ことをして何になる」

「先ず身柄を当方で戴いて、この事件の捜査の参考になることが有れば、拳銃を谷野組に撃ち込んだ者の姿や、後ろにいる人物の顔が浮かんできます」

栄次は厄介な刑事に調べられていると思った。目つきも油断がならない。性格も他の刑事みたいに歪んだところが見当たらない。

「たとえ話を致しますが、人間にとり情と仕事は、どちらが大事でしょうか?情けは人の為ならずと言う言葉もあります」

山中班長はきたなと思った。話の核心に触れようとすると話をはぐらかしてしまう事は、栄次の得意技でもあることを暴力団に関わった刑事は、全員知っている。この辺で切り上げた方が、時間の無駄のならないと考えた。

「失礼を申しました。その上、為になる話を聞かせていただきありがとうございました。署に戻らなくてはならない時間ですから、又後でという事でお暇致します」

栄次は自分が、如何にインテリ―であるかを解かって貰いたかったのである。

利口な人は口数が少なく利口ぼらない。馬鹿な人は口数が多く利口ぼる。四十年から、事件の捜査に当たってきた山中の人を見る眼はある。

(義貞一家の総長であってもこれ位の人間か、あきれたよ・・・)

食道の中に何かが詰まっているような気持ちの嫌悪を感じながら、利根川に架る刀水橋を渡り熊谷署に向かった。

署に帰り、愛警部に報告をしようと思って愛のデスクに行くと愛が微笑みながら、山中を慰さめるように言った。

「班長、大変だったでしょう。あの人は精神分裂症を持っている人だから、長居は無用、話を聞いているとこちらまで可笑しくなってしまうわ。とにかく大変な思いをさせて悪かったわ」

愛警部は、何でもお見通しであるのに驚いた。でも警部の理解力ある優しい言葉で慰労されると食道に詰まっていた物が、何時の間にかとれていた。

「警部、この事件は複雑で登場人物も怪奇的人物が多いですが、むやみやたらに拳銃を撃つ者は許せません。人の命の尊厳を守るためにも、事件解明に向けて、組織犯罪対策課全員で全勢力を傾注致します」

「そうよ、人の何よりも命は大切よ!」