011



















 

やくざの掟

『混迷の時代を生きるために』

絶縁解除

 

処が、その後、間もなくして高田はプロゴルファーの尾崎将司東京事務所へ若い者に命じて拳銃を打ち込ませたという容疑で警視庁に逮捕された。

高田は若い者即ち、松本と内島に命令をしたとされ共同共謀正犯であるとされて十二年の判決を言い渡された。高田は冤罪であるとして最高裁まで上告して戦ったが最高裁は、上告を認めなかった。その間、四年高田は弁護士以外のものとは面会や手紙などの通信が禁止された『接見禁止』である。身柄が東京拘置所内にあるのに「証拠隠滅の虞がある為」と言う理由である。

因みに、四年間朝夕の点呼(称呼番号を言うこと)以外、誰とも話しをすることができず弁護士のみ交通権があり、高田は言語障害に陥り自己を保つ為に、毎日一首ずつ短歌を詠んで自己の精神の正常を諮っていた。四年間も独房で暮らし、第三者と話す事が出来ない事が、どの様なものであるか際限もなく『接見禁止』を決めた裁判官に同じ事を体験して貰いたい。

高田はこの時、既に五十歳を過ぎていた。持病のC型肝炎は、規則正しい生活をしていても数値は上がり『願箋』(願い事を申出る用紙)に医務診察願いを出した。

明治時代に建てられた小菅の東京拘置所は、夏はうだるほど暑く、冬は凍るほど寒い医務課の呼び出しが来て医務課に連行され診察室の前の壁に向って汗をだらだら垂らしている時である。

規則では壁を向いていて、横や後ろを向いてはならないのであるが、皆が、知り合いが医務課に来ていないか、眼だけを周囲に向けて注意をしている。高田も既に、三年も独房で『接見禁止』処分でいたので医務に行くときに知り合いや若い者が、通らないか医務課に来ないか壁に向って三十センチの場所で立っているのであるが、眼だけは隙なく動かしていた。

すると見たような体躯をしたものが、医務課の看守に連行されてきた。高田が壁に向かい立っているのを確認すると連行の看守を無視して高田の近くに寄ってきた。

(小田切ではないか、奴も東京拘置所にいたのか・・・)

よく見ると小田切は悲しそうな眼をしている。何かを訴えているような仕草をしている。きっと、絶縁を解いてもらいたいのだろうと高田は思った。絶縁は解く事はできないが、励ましてやる事はできる。

高田は声を出さずに小田切に話しかけた。

「頑張って、辛抱してやれよ・・・」

小田切は頷くと眼に涙を一杯溜めた。

(俺の刑期も最低でも後十年はある。それまで辛抱していれば、何とかしてやろう・・・)

*尾崎将司の事務所へ拳銃を打ち込んで来いと若い者に命令をしていないのに、逮捕をされ四年間独房でたった一人第三者とでと話をすることも許されず、裁判で闘うと共に自己の正気を保つために短歌を一日一首詠んで後は、坐禅をして自己の内部を徹底して見つめ自分が何者であるか答えを出すために、自分の精神の地獄まで突き止めていたが、最高裁は『憲法に違反していない』と言う理由から上告を却下した。

最終的な服役は八年しか残っていなかったが『銃砲刀剣類所持等違反』の判決は十二年であり、東京拘置所で過ごした四年間は未決通算されてた。

これから何処の刑務所に高田を服役させるかの審査の為に雑居房に移された。雑居房は五人ばかり入っていて稲川会の者の二人ばかりいた。四年間週刊誌すら読む事が許されずいたので同じ稲川会の者から聞かされる稲川会関係の話は驚く事ばかりであった。

法務省矯正局では刑期の長さと履歴により懲役を分類していた。

八年以下・短気刑、八年以上・長期刑、三十年以上・無期刑更に、初犯・再犯に分類をして服役する刑務所を決めるのである。

通常通りであれば高田は、旭川・宮城・岐阜の再犯長期刑務所である。分類の結果高田は仙台にある『宮城刑務所』へ押送されることになった。

分類をされている本人には押送されるその日の朝まで行く先は知らせないが、押送房の担当は高田が入っている部屋の窓に来て謎をかけて教えてくれた。

「高田、明日からは寒い所だから風邪などひかない様にしてくれ」

「寒い所は旭川か宮城しかないぞ」

「北海道は行かない」

「判った。ありがとうよ」

宮城刑務所の担当は九十パーセント心根の悪い人間であるが、東京拘置所の担当は九十パーセント善良な人たちである。

(いよいよ。宮城に行くか後八年だ。気合を入れて務めよう・・・)

七月の中旬、高田と現在『財団法人日本易学研究会』理事長である岸本龍雄氏とたった二人で法務省が用意した大型バス(受刑者押送専用車)に乗せられて小菅の拘置所前の綾瀬川に朝靄が立つ頃、仙台にある『宮城刑務所』へ押送された。

受刑者が押送されるときは拘置所側から一人五百円の弁当とジュース代が支給されるのであるが、東京拘置所の看守が二人分の押送支給金を私して二人には、福島の安達山サービスエリヤに着いてもジュース一本飲ませず小便もさせなかった。気骨漢である岸本氏は、看守に当正した。

「ジュースか缶コーヒー位、飲ませるのが、当然だがどうして経費が出ているのに飲ませないのだ。第一小便をさせないとは私達の人権を無視している」

「押送の途中でも話をすれば『交談罪』で宮城刑務所に着いたら懲罰にする」

その言葉を聞き岸本は眉間に皺を寄せた。

これ以上、看守と話しをすると岸本が、頭に来て何をするか判らないので高田は岸本を眼で制した。

(こいつ等には、社会の常識は通用しない。岸本さん我慢をしてくれ・・・)

こうして、この世の地獄としか形容の仕方が無い宮城刑務所に八年の残刑を残して高田は服役する事になった。

高田は宮城刑務所で様々な思いをした。中でも忘れる事が出来ないのは、小野進と言う副警備隊長が起こした無差別暴力事件である。

小野進が傍を通ったのを見たという理由だけで、殴る蹴るの暴行を受刑者に振るうのである。

今日は三工場・明日は四工場・明後日は五工場とサデストである小野進によって起こされた。社会で親分であると言われている者の多くいたが、小野進の病的な受刑者暴力を止めさせるための行動を起こしたものはいなかった。

高田も馬鹿は相手にしても仕様が無いと思い小野進の暴力を止めさせるべき行動を控えていた。

*処が、忘れもしない平成一七年七月七日昼間の作業が終わり、自分の部屋である独房に還って来た時の事である。

部屋に入ると隣で取り調べ中の関西の極道が作業の材料を部屋からですために看守に扉を開けられて材料を持って部屋の前に出た。部屋の前に出るのは毎日であるので別に何も考えずに材料を持って部屋を出た。

「おいっ、なにを勝手な事をしているのだ!」

既に何監房の扉を開けて十メートルくらい先にいた。小野進警備副隊長が大声を出した。

関西の極道は大声を張り上げ自分を叱ったというより怒鳴りつけた小野進の方を向いた。

「ワシは、何もしておりまへんで?」

「何ー、抗弁するのか。俺を誰だと思っている」

同時に小野進は安全靴の音を廊下にバタバタ立て助走をつけて関西の極道に飛び掛った。

「なにするねん」

小野進は飛びけりをして関西の極道の胸元に安全靴で蹴り上げた。安全靴が安全ではなくなった。寧ろ、凶器と貸した。次に小野進は倒れた』極道を胸元を持って立ち上がらせ右腕を首に巻きつけた。ヘットロックである。その儘、今度は腰を払い極道を投げつけた。

「痛いわー、止めて下さい。わし何もしておまへんがな」

「懲役の癖に何をほざいているのだ」

その時に、独居の担当台からその日の担当である看守が走ってきてその儘、極道に蹴りを入れた。

「助けてくださいー、助けてくださいー、」

小野進は倒れた』極道へのヘットロックを外さない。極道は泣きを入れてしまった。

高田は自分の部屋の隣前で起こっている事を一部始終目撃した。助けてやりたいがドアは鍵をかけられている。仕方が無いので格子窓から小野進に言った。

「止めろ!泣きを入れているではないか」

ヘットロックをしたまま、小野進は高田の反則を告げた。

「無断交談だ。取り調べ室に連行だ。部長非常ベルを鳴らせ」

三分もしない内に三十人からの看守が飛んできた。周りの部屋は何事が起きたと思い皆、ドアの陰に隠れながら様子を窺がっていた。

*その時、配食夫をしていた。無期刑の左翼元黒ヘル軍団のリーダーで、新宿追分交番・クリスマスツリー爆弾犯人の鎌田俊彦氏が食事の為のお茶を高田の房に配りに来た。

「如何したの、高田さん」

「この警備副隊長が隣の房にいる人を理由も無いのに焼きを入れたから、止めたのですよ。非道者ですよ」

「理由も無いのに受刑者に暴行を加えるとは、ドンでもないことです」

素早く小声で話しをしたつもりであるが、小野進は耳聡く二人の会話を耳にした。

「鎌田、お前も交談罪だ」

「それは酷いのじゃないか」

「はいっ、これも看守に対する不穏な言動だ」

高田が房の鍵を開けられる前に鎌田氏は十五人程の看守に取り調べの為に連行された。

高田も連行されて管区の取り調べ室に入れられた。壁から三十センチ離れた場所に立たされた。

(小野進の野郎。俺に触れてきたのが間違いだ。宣戦布告と同じだ。況して、親友の鎌田さんまで連行しやがって勘弁しないぞ・・・)

壁に向って十五分もすると背が低く丸々太った制服の腕に金線の太いのを三本位巻いた刑務所では偉そうな豚のような男が高田の工場の主任をしている小崎を連れて取り調べ室に入ってきた。

「回れ右、警備隊長に礼!」

豚のような警備隊長は鼻でフウフウ息をしていた。

「二一八〇番高田宰夫、何をしたのだ」

高田は自分で見た事を一応警備隊長らしいから話しておこうと思った。

「お宅の副隊長は可笑しいのではないか、理由も無いのに受刑者に 暴力を振るった。こんな事が許されているのか、宮城刑務所は」

退庁時間が来ていたのであろう、警備隊長は面倒くさそうに言った。

「それが如何した」

「理由も無いのに警備副隊長が受刑者の暴力を振るってよいのか」

「関係ない。それよりお前は何をしたのだ」

話が通じないと思った高田はこれから刑務所を相手にしてこの件で闘う事を宣言した。

「警備副隊長が理由も無いのに受刑者に暴力を奮って『関係が無い』というなら告訴するぞ」

細い眼を一瞬吊り上げて見開いた警備隊長は言葉を選んでいた。

「高田、お前が起こした『交談罪』は就業取調べだ。他の事は俺には関係がない。告訴するというならしてみろ」

告訴すればどうなるか判っているだろうと暗に警備隊長は高田を恫喝してきた。

「気を付け!警備隊長に礼」

小崎主任はこれ以上、高田に話しをさせると何を言い出すか心配をして、取調べを終わらせた。

就業取調べと言うのは工場で作業をやりながら調べられるのである。高田は鎌田氏の事が心配なので小崎主任に聞いた。

「蒲田さんは、どうなるのだろう」

「鎌田は、部屋に変えることは出来ない。取調べ独居だ」

「えっ、独居ですか。それは可笑しいじゃないか」

小崎主任は困ったような顔をした。

「上の人が決めることだから、我々には如何することもできない」

「主任、俺は警備副退庁の件は看過しないつもりだ。体を張ってこれ以上、この刑務所で警備副隊長が理由も無いのに受刑者に暴力を振るわないように、闘いますよ」

「高田、無理をしないでくれ、鎌田の事も早く取調べが解除になるように統括に話しておくから」

*「頼むよ。主任、俺と蒲田さんは切っても切れない友人だから、判っているだろう」

主任と話をしながら夜間独居の舎房に着いて高田の部屋である三房の鍵を開けられた。

「高田、警備隊長に今ここで起こっている事を告訴するといったが、考えてみてくれないか、告訴をすれば宮城刑務所全体と喧嘩をする事になる。俺は高田の事を心配して言っているだからな」

「主任、俺の工場での生活態度は知っているだろう。俺は相手が大きくても偉くても人間として筋を通さない事をする奴は、例えこの身が朽ちても闘うのさ」

「高田、刑務所側が悪くても悪いといえない立場を判ってくれないか」

「主任、大丈夫だ。俺は所長の平川の首を獲ればそれで良いのだから、その為には命も辞さない」

「警備副隊長も服役者のサンクチアリに踏み込んでしまったな。今後何も出来ないが悪く思わないでくれ」

「良いてことよ」

このして高田と鎌田氏で共闘して宮城刑務所の警備副隊長の理由なき暴力を阻止すべく戦いが始まるのである。

稲川会の直参の高田とバリバリの左翼の共闘に刑務所側は戸惑ってしまった。如何せん新宿四谷追分交番をクリスマスツリーに模して爆弾を仕掛けて爆破した犯人と右翼といっても可笑しくない稲川会の直参高田の共闘である。

この事件は『サンデー毎日』や他の週刊誌が取り上げるように鎌田氏の今は亡き弟克己氏が、動き明治大学の教授である菊田幸一氏・仙台在住の正義派舟木弁護士とライターの亀井洋二氏達多くに人が見方をしてくれた。

この事件の顛末は又、述べるとして、高田はこの事件を機に昼夜独居に入れられてしまった。

その独房は担当台の前にあって、鉄格子の上に金網が張ってありテレビモニター付きの特別室である。

日中は買い物紙袋を製作して夜は読書の日々が続いたが、天井からテレビモニターのカメラアイが覗いていると思うと気持ちの良いものではなかった。

毎日の生活に様々な支障が生じた。

だが、地獄に仏とはこの事であろう。高田の入っている独房の担当部長が青森は弘前の出身で言葉は訛りがあり理解することが難しかったが、人間が純朴で高田が規律違反をしたのではないのに昼夜独居に入れられていることに対して、刑務所側に疑問を持ち怒りを感じていた。

だから高田が出所近くまで自分の家の犬小屋以下の部屋でモニターされながら生活をしたが、不満を感じた事はなかった。それはこの担当部長が様々な点に気を使ってくれたからである。

受けた恩義は忘れない。高田の身情である。

警備副隊長の事件は菊田幸一教授らが尽力して民事裁判で勝訴した。刑務所と受刑者が闘って勝つと言う事は前代未聞のことである。

そして、高田も十二年の刑が終わろうとしていた。

ある日、作業用の材料が足りなくなったので報知器を上げて担当を呼んだ。

「糊がなくなってしまった。入れてくれないか、所で俺も後数日で出所だ。刺し使いなければ名前を教えてくれないか」

「受刑者に名前を」教える事は禁じられている。だが高田にそういわれて教えられないとは言えない」

「担当さんには一方なら無い恩義を感じている。恩人の名前だけでも覚えておきたい」

「生まれは青森の弘前姓名は、小田切仁司だよ」

小田切りと聞いて高田は一瞬にして自分の若い者で絶縁にした。小田切忠仁の事が思い浮かんできた。特に東京拘置所で見た悲しそうな眼が高田の脳裏に焼きついていた。

(小田切を関東所払いにしてもう十年以上たっている。この担当も青森出身で小田切だ。きっと縁者なのであろう。この担当に良くして貰った事は恩義に感じている。この際だから小田切の所払いを解除してやろう・・・)

高田は親分の伝家の宝刀を抜いて関東所払い付き絶縁を解除してやろうと考えた。

前例が無いことである。だが、高田は手紙で代行である高田嘉人に小田切の絶縁を解除してやるように指示をした。

前例が無い事を命令された代行は、高田の心を慮る事が出来る人間だから、何も言わず小田切の関東所払い付き絶縁の解除通知をだした。

*十二年の刑期を終わり高田が宮城刑務所を出所した時は、刑務所から仙台駅へ行く車を運転していたが、小田切の後部(背中と頭)が道のカーブを切る時、嬉しそうに傾いていたのを思いだす。

高田一家事務所に帰り改めて小田切が挨拶に来た。

「長い間親不孝をして申し訳ございません。今後は気持ちを新たにして一家のため親分の為に頑張りますのでご指導を宜しくい願いいたします」

(中々、しっかりした挨拶が出来るじゃないか。代行が教えたな・・・)

「小田切、過ちを改むるに憚ることなし、過ちを改めざるこれ過ちと言う」

小田切は、首を捻ったので理解してないと思った高田は意味がわからなければ代行に聞け」

「はいっ、判りました代行に聞きます」

こうして小田切の長い長い関東所払い付きの絶縁は解除された。

 

 

終わりに

毎日と言って良い程、眼を覆いたくなる悲惨な事件が発生している。

一、若い人妻が産まれて間もない赤ちゃんを殺した事件。

二、中学・高校の生徒が同級生を殺した事件。

三、物事の是非の判断がついても可笑しくない年齢の者が自分の父母を介護に疲れたと言う理由から殺した事件。

四、性格破綻者が小学生を憎しみ殺した事件。

五、中学や高校生の女の子を自分の性的欲望を満足させるために殺した事件。

このような事件が起きる度にテレビにコメンテーターとか言う知識人だかなんだかわからないが出演して、もっともらしい事を述べている。

このような現状を見てどうしてもっと根本的な問題を探り出しその答えを出さないか疑問に思ってしまう。

僕に言わせれば家庭・学校が悪いのは当然であるが、それを追求してゆけばこのような人間が多く増えたのは政治が悪いことになってしまう。

それより何より家庭の仕組みが変わってしまったこと例えば、昔は結婚しても両親同居であり、子供が出来れば両親は孫を毎日の生活の中で孫のもって生まれた善性を引き出し育成させるのである。

それが『桃太郎』であり『一寸帽子』『金太郎』『かぐや姫』などの昔話である。幼い頃に、人間の人格構成は出来てしまうのである。だから家庭は大切である。処が、現在の家庭はおじいちゃん。おばあちゃんが同居してなく若い人生の何者であるかがわからない若い母親が自分で見て育った漫画的考えで結論を出す。例えば、子供が学校で苛められたとすると直ぐに、第三者に公開をして是非の判断を仰ぐ、第三者は自分の事で無いから思い付きの回答を出して学校や教育委員会を揺さぶる。学校や教育委員会は「不徳の致す所」「再発防止に尽力する」とか行って意味不明なことでごまかす。マスコミは同じ事を何度も視聴者を暗示にかけるようにニュースとして流す。

こんな事で、親が子を子が親を兄が弟を姉が妹を殺すと言うとても正気の沙汰ではない事は終わりを告げない。僕は五十年以上やくざをやってきた。然し、現状の世相を憂い無いわけには行かない。

と言ってその方法がわからない。ただ、僕が五十年やくざをやってきたやくざの世界のも厳しい掟があり、掟を破れば厳しい世界が待っている。やくざさえ厳しい掟の上に生きているそのことを少しでも知ってもらい。テレビから眼を背ける事が無いような日本の社会が出来る事を願ってやまない。

 

 

 

六天 舜