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やくざの掟

『混迷の時代を生きるために』

的屋長谷部の指

上州田中一家の総長が跡目を自分の倅である佐野日大高校に通っている大澤利一にやろうとして当時、総長代行をしていた高田宰生を自分の娘が通っている伊勢崎高校の文化際に暴走族が乱入するからそれを阻止するように命じ高田が群馬県警に逮捕された事を奇禍(きか)として柄のない所に柄をつけて上州田中一家をおいだし、高田を八木田一家の養子にした時の事である。

高田は傷害事件の被告人として保釈中であった。

上州田中一家では総長代行であり、群馬県の大泉と埼玉県の熊谷市に事務所を持っていた身分であり。八木田一家に養子に来たからといって無役・縄張りなしの身にはしておく訳には八木田一家の大澤三金吾総長もしておく訳には行かなかった。ただ、三年十カ月の懲役を控えていた身であるからして、その時に住んでいた埼玉県の江南村の縄張りを受けて江南の組長という身を与えられた。

当事、』稲川会の常任理事であったが日本全国探しても村と名が付く』場所に事務所を持っているやくざは高田しかいなかった。

大澤三金吾総長は保釈中であるから出所したら高崎にでも事務所を出させてやると約束をしてくれた。

江南村には山口組の関口と言う男が十人ばかり若いものを連れてやくざ渡世を執っていた。高田は家に関口を呼んで江南村は俺の縄張りだから出てゆくように話したが。枡屋二十八代目の身内の新井一家の新井八郎は江南村で生まれその儘、的屋になり家も江南村にあったので、高田も猶予を呉れ江南村から出て行くように話したが、家を作ったばかりで中々返事はするが江南村から出て行かなかった。

業を煮やした高田は新井八郎を家に呼びつけた。

「おいっ、八郎何度言わせるのだ。江南村は俺に縄張りだ。他所の組織の者がいては目障りでしょうがない。俺が前に行った通りに早く江南から出て行けよ」

新井は高田が不良の時から荒っぽいのを知っているので震えながら応えた。

「家を作ったばかりで直ぐにここから出て行けといわれても組長参ってしまいます。高田組のためにならない事は絶対にやりませんから、ここに置いてください」

最も話であるので高田は了解をした。

「判った新井、おめぇーは江南では渡世に絡んだ事はするのじゃねぇーぞ」

「判りました。組長の言う通りにやりますので、江南に置いてください」

このような話を新井として一月程、経過した頃である。

内島権造が事務所に車を無免許で運転をして慌ててきた。

「親父さん。新井のところの若い者で長谷部鳥一が、内で面倒を見ているスナック『京子』へ行き因縁をつけたということです」

「新井の若い衆がなにを『京子』でしたのだ。

「それがですね。昨日の夜長谷部鳥一が『京子』へ行き事もあろうに四十婆のママに俺の女になれとしつこく迫ったということです。ママは自分に惚れていますからはっきりと高田組の内島権造さんの私は彼女よと言って断ったら、ビール瓶をカウンターに投げつけたとのことです。あの野郎勘弁はしねーぞ」

あの野郎勘弁はしねーぞというなら事務所に来るより先に長谷部の家に行くのが本当であるが、内島は自分の手には負えないと見て事務所に駆け込んだのである。

内島からの報告を聞いた金子竹春は、内島の魂胆、即ち事務所の手を借り新井一家の長谷部を痛めつけるのに慌て者の金子がまんまと引っかかり内島が乗ってきた車に乗り込むと熊谷市村岡のある長谷部の家に向った。

五分しない内に長谷部の住んでいるアパートに着いた。長谷部の部屋は二階の一番端にある二百九室で内島と金子は部屋の前に立つと内島が右足を上げると薄いコンパネが張ってあるだけのドアを蹴り上げた。一回・二回・三回ドアは音を立てて蹴破られた。

「この野郎誰が、俺様の家に殴りこみを駆ける野郎は!」

「ご存知、高田組の内島と金子だ!お前―に言って聞かせてー事があるから、これから事務所まで一諸に来てもらいテー」

高田組と聞いて長谷部は観念をした。必ず攫われると自覚した。それでも最後の抵抗をしてみた。

「俺は高田組に対して何も悪い事をしてねーぞ」

「馬鹿野郎。板井の『京子』の事だ。身に覚えがあるだろう」

「女に惚れては高田組が怒るのかい」

直ぐに来ないで口先で抵抗をする長谷部の態度に業を煮やした内島と金子は土足のままで部屋の中に入り長谷部の傍に行くと二人で同時に蹴り上げた。

「あっ,痛てーよ。止めてくれ」

「口ほどにもねー奴だな。これから事務所に連れて行くから付いて来い」

長谷部は高田組事務所へ行けば締められることが判っているので、内島・金子と一諸に事務所に行く気が無い。

「京子の事は諦めるから勘弁してくれよ。内島」

「この権造さんが、面倒を見ている「京子」を岡惚れしやがって勘弁してくれでは収らねーぞ」

「長谷部お前―が投げたビール瓶でカウンターの後ろの棚にある高い洋酒やワインが何本もわれてしまっている。これを弁償して貰わないと高田組の面子が潰れる」

計算高い金子は既に、割れた洋酒やワインの本数と金額を算出していた。金子の心算ではプラス面子代がある。

五十顔下げて独身の長谷部は悪いくせがある。それは泥棒くせである。的屋だから泥棒をしても良いわけではない。最も的屋は『俺たちノギスの仲間だ』と昭和初期まで言っていたのだから現在でもノギス(どろぼう)は悪くないと思っているのだろう。

「長谷部、この権造さんが、さっきから一諸に事務所に来いといっているのにいう事が聞けないのか」

いきなり権造の左パンチが長谷部の右頬に飛んだ。二発目を飛ばそうとして権造がボクサーのようにフアイテングポーズをとり上目三白眼にして、両足を跳躍させていた。

「権造さん。本当に悪かった二度と「京子」でやったような事は絶対にしません。だから勘弁して下さい」

長谷部の都合の良い言い訳を聞き計算高い金子は原が立ってきた。

(この野郎、何も弁償をしないで勘弁をして貰おうと思っているのか。ず太い野郎だ。俺を舐めているのだろう・・・)

そう思ったら金子は思い切り長谷部を蹴り上げた。

「うっ、うっ、うー」

うずくまり呻き声を出している背後に内島は廻るとパンツのポケットから、渋谷の三益坂にあるモデルガン店から、東京で稲川会長の警備をしていた時に買っておいた手錠をでした。

「長谷部、両手を後ろに廻せ、早くしろ」

「はいっ」

長谷部は蚊の鳴くような声を出して両手を後に廻した。

内島は警察官になった様な気持ちで、長谷部の両手に手錠を嵌めた。

「長谷部、引っ立てー」

こうして長谷部が住むアパートから金子の自慢の十年前のモデルのベンツの』後部座席に内島と長谷部を乗せて江南村小江川にある稲川会高田組事務所に攫ってきた。

長谷部は』車の中に乗せられると覚悟をしたような態度をした。

「金子さん「京子」の店のものを壊した弁償はどれ位になるのでしょう」

「そうだな。最低でも五十万円程、戴こうか」

金子は既に、計算をしていた金子の計算では十万もあれば十分足りる。だが、それでは自分の取る分がなくなる。

金子が五十万円位弁償に掛るといったので、金子の腹の中を読んだ内島は、薄い唇を歪めながらせせら笑った。

「長谷部、お前―も大変な事をやってしまったな」

内島が慰めるような声をして長谷部に行った。

「内島さん。五十万円なんか俺の器量では到底出来ません。何とかもう少し安くなるように金子さんに言ってください」

その様な話をしている内に高田組事務所に金子自慢のベンツは到着した。

ベンツが止まると長谷部は真剣な顔をして二人に懇願した。

ベンツから降りれば必ず締められる事が判っているからである。勿論、内島・金子の二人も事務所の道場に』連れて行き木刀架けから木刀を取って』長谷部を締める心算である。

「長谷部、降りろ」

「金子さん。言う事を聞くから勘弁してくださいよ」

金子は長谷部が自分の計算した通りになってきたので言い気分になった。

「内島よ。長谷部を事務所に下ろさなくても良いだろう」

「金子さんが、言った事をこの野郎が実行すれば事務所に下ろさなくても良いですよ。正し「京子」は俺が面倒を見ていると思うことだよ」

「それじゃー車を引き返すぜ」

金子は自慢のベンツを駐車場にまわして高田組事務を後にした。ベンツを高田組事務所の裏にある大沼の畔に止めて金子が運転席から顎の張った顔を後ろに乗っている内島と長谷部に向けた。

「長谷部。五十万作るのには日にちをやる。こんな情をかけてやるのだから、裏切るなよ」

「何時までに五十万円を作れば良いのでしょうか」

「そうだな。今日から十日間日にちをやる。十日の間に作れ」

「十日間では作れません。もう少し時間をください」

長谷部は腹を決めていた。十日の間にどこかの家に空き巣に入れば五十万円位できると、だが空き巣をして金を作るとは内島と金子には言えない。

「判った十五日やろう。それまでに必ず作れよ」

「了解しました。それではこの手錠を外してください」

内島はポケットから手錠の鍵を出すと長谷部の手錠を外した。

*手錠を外された長谷部は、今日はこれ以上締められないと思い安心した。

「これから長谷部をアパートへ帰すから約束は守れよ」

「自分も的屋ですが男を売り物にしている家業人です。約束を破ったら親分の新井八郎に恥をかかせることに成りますから、信用して下さい」

お人良しの内島と計算高い金子は、親分の新井八郎の名が出たのと長谷部の家業人だからという言葉を信じた。

「今日から十五日後は四月一日になる。熊谷の荒川堤の桜見物の人目当ての店をだすのだろう。長谷部お前―は金魚すくいでもやるのか」

「俺は金魚なんかしないよ。綿飴の店が一番儲かるのさ」

「兎に角、約束は守れよ」

十年前の金子自慢のベンツは長谷部の住むアパートに着いた。

顎の長い内島と計算高い金子は、鶴のように首を長くして四月一日になるのを待った。そうでなくても春である。心が浮き浮きする頃である。荒川土手の桜が三部咲きになった四月一日内島と金子は『カフエドリッチ』の駐車場に金子の】十年物のベンツを止めて長谷部が綿飴の店を出している荒川土手に向った。

長谷部に店の前に行くと長谷部は捻り鉢巻をしながら割り箸に綿飴を絡ませていた。

「長谷部、金は用意できているのだろう」

「金の事は心配しないでくれ。今は仕事が見た通り忙しいからもう少し手が空いたら用事を済ませてしまおう」

「そうだな。こんな話は早番に済ませたほうが、後腐りがねーよ」

三人が話しをしているとそこへ枡屋新井一家当代である新井八郎がやってきた。

的屋であっても親分であるので内島と金子は人を立てる事を知っている。

「ご苦労さまです。親方」

「おっ、高田組の若い衆じゃーねーか。長谷部に何か用事でもあるのか」

「特別に長谷部に用事がある訳じゃーねーですが昔から長谷部と俺は大里村生まれで仲が良いのですよ」

「仲良い事は良い事だ」

内島はどこかで聞いた言葉であると思い足りない頭をめぐらせた。

(なんだ。武者小路実篤先生の色紙に良く書いてある言葉だ。新井の親方も的屋だからノギスの仲間で人の言葉まで盗んでしまうのか・・・)

新井の親方が行ってしまうと金子が心配そうな顔をして長谷部に言った。

「店が終わるのは何時だ。この調子では夜桜見物の人で賑わい何時終わるかわからない」

「七時までには堤下の『カフェド・リッチ』に金を持って行きますよ。店の前に目つきが悪く顎が長い内島さんと顎が張って目が小さい金子さんが、居たのじゃーお客が来ないよ」

本来ならこれ程の事を言われて黙っている内島と金子ではない。少し辛抱すれば五十万円の金が入ると思うからで五十万円の為に些細なことに』拘らない大きな人間になっていた。

「内島『カフェド・リッチ』へ行こうか」

「そうしましょう。金子さん長谷部の商売の邪魔をしてもしょうがない」

自分達のベンツが止めてある『カフェド・リッチ』の駐車場がある入り口から二人は店に入った。

*歳をとったウエートレスがきたので、内島は気取って自分の親分の高田が愛飲しているブルーマンテンを注文して、金子はもう直ぐ五十万円の金が入るにも拘らず一番安いアメリカンコーヒーを注文した。

それぞれのコーヒーが運ばれてくると内島は一口飲んで感嘆した。

「ブルーマンテンは、やっぱりうめーよ」

「俺はアメリカンが安いから旨く感じるぜ」

二人で禄でもない話しをしていたら何時の間にか七時になった。

然し、長谷部は来なかった。最初からここへは来る気持ちがなかったのである。

「内島よ。長谷部の野郎騙しやがったな。これから徹底して長谷部を探し片輪にして五十万円の金をとらなければやくざがやってゆけない」

金子がそういうと内島の細い眼がきらりと光った。

(もう、銭金の問題じゃーねー、長谷部の野郎この権造様の面子を潰しやがった。必ず片輪にしてやる・・・)

荒川の土手の長谷部が店を出していた場所に行ったが店は仕舞われていた。当然、長谷部の姿は見えない。

「長谷部のアパートへ行って見よう」

アパートについて急いで部屋の行くと部屋の扉は開いていて中には家具の一つもなかった。

「完全に逃げやがったな。この際は親分である新井さんの所にケツを持って行こうじゃないか」

「子分のしでかした半端は親分が尻を拭くのが、この渡世だ」

二人はベンツに乗ると荒川の土手下の道を押切橋の近くまで飛ばしていった。直ぐに新井一家当代新井八郎の家に着いた。

「高田組の内島と金子ですが、親方に話があるのですが」

「なんだい。話と言うのは」

「実は長谷部の事でして」

「長谷部が如何したのだ」

*「実は高田組で面倒を見ている板井の『京子』を長谷部がガタクリビール瓶を投げて洋酒を何本も割ってしまったのです。一応長谷部と話しをして落とし前はつける訳だったのですがあの野郎。トンズラしてしまったのです」

「そうかい。それで俺にケツを持ってきたわけか」

「そうですよ。子分の不始末は親方の不始末ですから、長谷部が臆した事のケツは拭いてくださいよ」

金子の言葉に新井は答えた。

「博徒は子分のケツを親分が見るかも知れないが的屋は一本でやっている者のケツは親分でも見ない」

内島が細い眼を吊り上げながら新井を脅かせた。

「判った。それじゃー長谷部の命(たま)は戴きますぜ。新井の親分」

内島は実際に拳銃を振り回して弾き逮捕をされ刑務所に何度も入れられている。

その内島の言葉を聞いた新井八郎親分は、内島なら本当にやるからヤバイと思った。

「内島長谷部を殺れば長い懲役に行かなくてはならない。俺も長谷部を探してみるから長谷部を殺るのは考え直してみては如何だ」

新井が慌てて何時様子が感じられた金子はここぞと思っていった。

「問題は長谷部が作るわけだった五十万円の金だ。親方が五十万円を作ればそれで物事は済んでしまう。親方腹を括っては如何ですか」

新井八郎は両腕を組んで考えてしまった。

(しょーがねぇー花見で上ったショバ代が百万ほどあるから、そこから出しておこう・・・)

「判った。五十万円の金は俺が作るからこの件は無い事にしてくれ」

「良いでしょう。でっ、金は何時もらえるのですか」

「こんな事は早く解決をした方が良い。今直ぐ五十万円やるから、この件については今後、異存が無い事を約束してくれ」

「男と男の約束をしましょう。やっぱり親方になると人物が違うな」

こうして枡屋」新井一家当代から五十万円をせしめた内島と金子は『京子』へ十万円くれただけで後の四十万円は二人で山分けした。

その年の七月は熊谷市の『うちわ祭り』である。市内の星川沿いに並んでいる的屋の店に長谷部の綿飴の店があり、左手小指が無い長谷部が三カ月前に何もなかったように割り箸を持って綿飴をからませていた。

近くのお祭り広場に山車が集まり始めたようである。喧しいはずの太鼓や鐘の音が熊谷市の暑い風に乗り、心許なく聞こえてきた。



関東所払い

殆ど東京にいて稲川会々長秘書の業務に従事していた高田は一カ月に三日程、自宅に帰り高田組本部事務所に顔を出すのである。

高田が『尾崎将司東京事務所』を高田組本部長と内島権造に襲撃させたとして警視庁に逮捕される前であるから二十年以上、前の事である。

久しぶりに事務所の組長のデスクに座り高田は当事ヤクザとしては先進とも言えるパソコンのマウスを手にして、自分のブログやフェイスブックを開いてみた。自分のブログを開くと現在自分が座っている椅子に小田切忠仁が座り反っくり返っていた。画面の下に『江南の親分』と紹介してあった。

(何だ?これは可笑しい。江南の親分は俺であるわけだが・・・)

直ぐに小田切が事務所当番の時に事もあろうか高田のデスクに座りパアソコンを弄りこのような真似をしたのであると想像できた。

(シャブでも大分やって目が廻っているのだろう。とり合えず事務所に呼んで厳重注意をしなければならない・・・)

小田切の兄貴分である小池弘章に高田は電話をした。

「小池、小田きりはシャブで目が廻っているのか」

「小田切が何か半端な事をしましたか」

「薬で目が廻っているのだろう。そのような者を事務所当番に出すな」

「すいません。良く言って聞かせますが、なにをやらかしたのです」

小池にパソコンの事を説明してもわからないと考えていたので、説明の仕様が無い。高田は言った。

「何でも良いから小田切を連れて本部事務所に来い」

「了解致しました」

だが。小池は小田切を連れて事務所には来なかった。

(小田切の奴、何を勘違いしているのだろう。事務所に来れば叱責だけで済むものを・・・)

パソコンに自分が江南の親分であると小田切が公開した件については、二十年程、前の事であるからこの事実が如何に重大事であるか判らなかった。高田は判っていたが、自分の子分たちに教えても理解できないと思っていた。

如何せん平成九年の事である。パソコンが現在ほど普及していなかった。

パソコンの事を理解していたのは、現在稲川会直参二代目高田一家総長で、この頃は、高田一家総長代行だけである。

小田切が、パソコンをこの頃、操作できたのだから、活目しても良い事であったが、何しろ江南の親分即ち、自分の兄貴分小池弘章の親分である高田一家総長を騙ったのだから、前代未聞である。覚醒剤で狂っていたとしても許されえるものではない。

小池に小田切を事務所に連れてくるように命令してあるが、どうして小田切を事務所に連れて来なくてはならないか、高田は小池に話さなかった。

処が、一カ月経過しても小池は小田切を事務所に連れてきなかった。

(これでは叱責できない。事務所に来ないことも良くないことである。仕方が無い。この件は総長代行に話しておこう・・・)

事務所の組長室で小田切がパソコンでとんでもない悪戯をしたと代行の高田嘉人に話した。

高田から話を聞いた代行は彫像の様に彫の深い顔の眉間に皺を寄せた。

「小田切の野郎とんでもない野郎です。直ぐに破門にしますから親分辛抱をして下さい」

「代行、シャブでテンパッテやった事だ。捕まえてシャブを抜き親分を騙る事がどれくらい悪いことか教えてやってくれれば良い」

「親分、そういう訳には行きません。小池組長に良く言って聞かせ捕まえさせましょう。一罰百戒の意味もありますし、小田切の処分は捕まえてから決めます」

「代行、俺は基本的には破門は承認しないぞ」

*「親父さん。親父を舐めるような事をした野郎を私は許しません。たとえ親父さんが破門にするなといっても一家の代行として親父に成り代わるというような騙りを許すわけには行きません。兎に角、小池にも事情を話した上、今月の一家の幹部会に小田切の件は諮ってみます。パソコン上、親分に成り代わるという事は、前代未聞でしょうし、パソコン上、親分に成り代わり騙るという事がヤクザにとって如何に悪いことである事が判らない組長達もいると思いますが、今度の幹部会ではきっちり教えてやります」

「代行、ポンでテンパッテやった事だ。だからといって何も処分をしないで勘弁するわけには行かないが、破門だけには、するのじゃないぞ」

「判りました。小田切も幸福な奴ですね。親父さんを虚仮にしていながら、親父さんに破門はしてはならないまで言われて」

「人間、色々な者がいてこの世の中は廻っている小田切を時計に例えるなら、取るに足りない小さいネジかも知れないが、時計はネジ一つなくなっても動かない。代行、何れお前は俺の後を継いで高田一家二代目になる人間だ。使い物にならない者でも活かす事を考えてくれ」

代行は厳しくしていた顔を緩めて頷いた。

「親父さん。よーく判りました。もう少し考え方に柔軟を持たせ渡世を執るようにいたします」

代行が高田の行った事を理解したので高田は部屋住みから、育ててきた代行が成長したのが嬉しかった。

小田切の件はその月の幹部会で話題となったが、小田切は依然として姿を現さなかった。

三カ月が経過した。

代行の高田嘉人が、新聞を片手に自宅の高田の部屋に入ってきた。

「親父さん。小田切の奴やってくれましたよ。この新聞を読んでください」

代行から受け取った新聞を高田が眼を通すと次のような記事が読売新聞の社会面に掲載されていた。

暴力団幹部覚醒剤三キロを隠し持っていた。

「親父さん。小田切の馬鹿やろうが、稲川会では禁止されている覚醒剤を大量に扱っていたのです。しかも三キロと大量です。稲川会ではご法度ですし、家でもシャブの売買は禁止している事項です。先日の親分を舐めて親分を騙った件も』ありますから、これは永久破門にしなければ成りませんし、会に対しても申し訳が立ちません。厳重な処分にしますからご承知ください」

「仕様が無いな。新聞に載ったのでは庇いようが無いな。代行、至急破門状を作成して東日本中に撒いてくれ」

「承知いたしました。小田切の馬鹿野郎親父さんが、庇っていたのを知らないでシャブ等三キロも扱いやがって、とんでもない野郎だ」

代行が御用達の印刷屋で刷らせたのが関東所払付き『絶縁状』である。

絶縁状が出るとやくざとしては何をすることもできない。やくざとしての人格を否定されるのである。関東所払いで関東の外に出てもやくざの事務所や個人に面会も出来ない。

こうして、小田切は関東所払い付き『絶縁』になったのである。

小田切の出身は青森県弘前である。高田は小田切が刑務所を出たなら、故郷の弘前にでも帰りシャブと縁を切り堅気で正業を持って生きてくれる事を祈っていた。