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さくらの樹の下で

美 女

 

三日三晩。守之は晃正の家に居て毎晩晃正に連れられて、彦根の繁華街にある高級クラブで飲み明かした。このクラブに、金髪でスタイルが良く身長も守之より少し低い。ヨーロッパの映画スターのようなホステスに出会い。酒の勢いもあり守之は、惚れてしまった。

「ハアウァーユー」

 慣れない英語で守之は彼女に言った。

「ナイスミート―」

 笑いながら答えたホステスは、日本語で自己紹介をした。

「わたしは、今日からこの店でアルバイトをすることに成りました。リョー・ホース・グラバーです。リョーと呼んでください」

「分かりました僕は、田髙守之です。貴方のような人が好みです。どうぞ宜しく」

 店が看板に成る頃は、守之も晃正もリョーも、シャトーマルゴーを五本開けてしまい酩酊していた。酔った守之とリョーを晃正の若い者は彦根城傍の『彦根キャッスルホテル』のハートフルルームに置いて帰ってしまった。酒を飲んでいるからではない。守之は、本気でリョーに惚れてしまった。車であってもイギリスの名車で007が愛用しているアーストン・マーチンに乗る位だからヨーロッパに対する憧憬は並大抵なことではない。

 二人は、酔った儘、シャワールームに入りどちらが先に手を出したかもしれずに、抱き合いながら唇を重ね愛撫を交わしていた。

暫くして、バスタオルに身を包んだ二人は、ベッドに行きもつれ合っていた。酔っていながらもリョーの体を観察していた守之は、リョーの体の均整のとれた美しさに驚くと共に惹かれてしまった。

(美しい。まるでギリシャの神話の中の美と豊穣の女神アフロディアを見ているようだ・・・)

リョーの正式な名前はリョー・ホース・ツル・グラバーである。幕末。長崎で坂本龍馬に海援隊を作らせて協力し薩長同盟の時は龍馬と共に、裏で銃を手配して同盟にこぎつけさせた陰の功労者であるトーマス・グラバーの子孫である。グラバーが薩摩の五代友厚に紹介されたツルというグラバーの妻の子で倉場富三郞の曾孫のリョーは、日本で生まれ日本で育った。れきっとした日本人である。

そして、グラバーがスコットランドのフリーメイソンであったように、グラバー家は、代々フリーメイソンのメンバーで一般の会員の様に、階位が親方・弟子制度とは別な秘密に閉ざされているメンバーの一人である。

沙世と別れて以来、女性と関係を持ったのは初めてでワインも相当利いていた為に、守之もリョーも身体を絡み合っただけで眠ってしまった。

翌朝、シャワーを浴びて英語の曲をハミングするリョーの声で守之は眼が覚めた。バスタオルに身を包んだリョーがバスルームから出てきた。

「守之。おはよう。よく眠っているから起さないで先にバスを使ったわよ」

「久しぶりなのでよく眠ってしまったようだ」

「守之の寝顔が可愛い・・・」

「おい、おい、冷やかすのは止めてくれないか」

 守之の言葉が終わらない内に、リョーは、守之の胸の中に飛び込んで来た。熱い唇を重ねながら体を弄り守之は聞いた。

「僕は、今日彦根を出発する。今後、君との連絡は如何したら取れるの。携帯で捕れると思うが君はずっと彦根に居るの」

「リョーは、貴方の傍から離れたくはない。これから何所へ行くのか知りませんが一緒が好い」

「君の家は何処にあるの」

「わたしの家は、東京の麻布にあるわ。わたしは、お仕事をしなくても別におこずかいに、不自由はしません。だからこうして名所旧跡を訪ね古寺や神社を回っているのです。彦根のクラブでは社会経験のつもりであのクラブにアルバイトに入ったの」

「古寺や神社を見て回るという事は素晴らしい事です。名所古跡も日本の国を知るためには是非見学をするのが良い“古きを訪ね、新しきを知る“中国の言葉ですが、日本で膾炙されている言葉です。僕も歴史上で一番尊敬をしている織田信長公が関係したと思われる場所を巡っているのです」

「織田信長という人は戦国時代に、キリスト教である伴天連という人達を擁護した傑出した英雄ね」

 守之はリョーが信長公を知っているので、リョーの事が余計に好きになってしまった。

(リョーを僕の信長公の軍資金を探す相棒として一緒に探すのも楽しいだろう。一諸に連れて行こう)

 育ちが良い守之は人を疑う事を知らない。いとも簡単に、信長公の軍資金探しに同行させようと思ったリョーに、西行の歌が書かれている古文書を見せた。

「この様な物が有るのだけどこの中に信長公の軍資金の在り処が、示されている筈だが僕には、これから何所に言ってよいのか皆目見当がつかない」

リョーは、守之と同じ古文書を持っていたが、知らぬ振りをして守之に聞いた。

「この古文書の中に、信長公の軍資金の在り処が、示されているのね。素敵じゃない。一緒に探しましょうよ」

「隠されているかどうか、隠されていても金銀財宝ではないような場合があると僕は思っている」

 リョーは少し驚いた様子で聞いた。

「それならどうして、この様な古文書を信長公は遺したの?」

「どうしてもと言われても、僕には説明がつかない。天下をほぼ手握して戦利品や何だかんだの貢物を含めると想像が付かない財産を持っていたはずだから、そのような信長公が次に考えるのはどんな事だろう」

 守之のいう事が理解できない様に首を傾げた。

「難しい事は解らないですが、英雄信長公の軍資金を探すという事は魅力があるわ」

 守之は信長を尊敬していて、信長が辿った道を自分が辿るのが楽しいのである。現在、次に行く所は何処にしようか迷っていた。

 西行の歌には難波・摂津・吉野とあるが、それよりも崇福寺の信雄の墓の裏に刻まれていたマークの示す西へという意味に捉われていた。守之の頭脳はフル回転を始めた。西行―桜―吉野―・・・崇福寺から安土城址は確かに西である。安土城址からは、何処が西に成るのだろう。多分、ここから西は、京都しかも綾部か福知山方面に成るだろう。西行の歌が示す方向に行こうか、それとも信長公の次男の信雄の墓に刻まれているマークの示す方向に行こうか、守之の判断が付かずにいたら徐にリョーが言った。

「守之。ここから伊勢神宮という所は遠いの、リョーは行ってみたいわ。日本人でありな

がら、日本の皇室の先祖が祀ってある伊勢神宮に行かないって日本人として恥ずかしいと思わない」

 守之も伊勢神宮には行っていないし勿論。参拝をしていない。考えている事が、詰まって結論が出ない時は、全く違う環境下に行くことにより、頭脳がすっきりするという事を何かの本で読んだことを思い出した。

(伊勢神宮に言って見ようか・・・)

「実は、僕も伊勢神宮には行っていない。三〇六号線で四日市に出て東名阪道路で行けば、僕の車なら直ぐに着くだろう」

『キャスルホテル』の支払いを済ませホテルの駐車場に行くと駐車場の隅に、守之の車が止めてあった。リョーは車を見て感嘆の声を上げた。

「守之。アーストン・マーチンに乗っているの凄いわね。リョーは勿論。隣に乗せてもらえるのでしょうね」

「勿論だとも、リョーのような女性を、この車の助手席に乗せて飛ばすのもこの車の醍醐味だ」

リョーは曾々孫であるが、グラバーの血が強く残っているのか、青い眼をした金髪である。又、日本的で身長が一六五センチである。言葉を話さないでいたら外人に見えるのである。ヨーロッパにあこがれが強い守之は、前から一度で良いからリョーのような女性を乗せこの車を運転してみたかった。リョーとの思ってもみない邂逅に神仏の眼に見えない力を感じた。

ドアが閉まり体の芯まで響くような排気音がするとリョーはため息を吐いた。

(守之は何処の御曹司なのかしら、本当に好きになってしまいそうだわ・・・)

 無言で運転をしている守之は、アクセルを強く踏んだ。身体を背もたれに押し付けられるように感じたリョーは、ひとこと言った。

「守之もアーストン・マーチンも最高」

 守之は唇を歪めてにっこりと笑った。

 三〇六号線を四日市に出て、東名阪道路に入る前に、車を止めて伊勢湾を二人で眺めた。知多半島・渥美半島が、三河湾を抱え込むように遠望できる。二人は、いつの間にか抱き合って唇を重ねていた。周囲の眼などを気にしないで長いキッスをしていた二人は、離れて車に乗ると西の奈良辺りに、夕日が傾き始めたのを見て津市を越えて伊勢市に向ってアーストン・マーチンを驀進させていった。

 リョーは、守之の膝に手を置き素早く移りゆく周囲の景色を虚ろな眼差しで見ていた。

(幾らフリーメイソンの為に、なることと言われても、この様な素敵な守之をわたしは、騙す事が出来ないわ・・・ロスチャイルド家が、アメリカでロックフェラー家との経済戦争に負けたからと言っても信長公の軍資金ではとてもリーマンシヨックの足しにはならない。でも、わたしにはグラバー家の血が流れている。グラバーは当時、フリーメイソンの大幹部であった『ジャーデン・マセソン』の力添えが有ったからこそ、スコットランドでも日本でも歴史に名前が残せたのは事実。よく日本人が家を守るという事は、自分を犠牲にしてわたしの様に、組織と家の方針に、忠実に生きる事なのだろうか・・・)

 そのような事を考えている内に車は伊勢市に到着した。お伊勢参りの人で賑わう街中をアーストン・マーチンは、そのスタイリッシュなボデイを示すように、ゆっくりとホテルを探しながら街中を走って行った。



 伊勢神宮は、『日本書紀』に拠ると垂仁天皇二五年三月の条に「倭姫命莬田の篠幡に祀り、更に、還りて、近江の国に入り、東の美濃を廻りて、伊勢に至る」とあり。皇女倭姫命が天照大御神を鎮座する地を求め旅をしたと記されている。

 リョーを助手席に乗せた守之は、伊勢神宮近くの五十鈴公園隣りのパーキングに、車を置いて、リョーと腕を組んで伊勢神宮・内宮前のおかげ横丁の雑踏の中をゆっくり歩いていた。伊勢神宮の参拝者が、これほどいるとは、二人共想像する事が出来なかった。道の端のお土産屋を冷やかしながらおかげ横丁を抜け内宮入り口になる宇治橋を渡りながら二人は、古代にタイムスリップしてしまったような錯覚に捉われてしまった。

「ミステリアス&ワンダフル。リョーは心が洗われる様だわ」

「実は、僕も感じていたのだが、眼に見えない何かが、僕にパワーをくれているような気がする。気分も爽快で坐禅をしていた時と同じ気持ちになれるような気がする」

 内宮に着いて、神前に礼をし掌を合わせて柏手を打つと願い事は何でも叶う気がしてきた。リョーは、掌を合わせて何を祈っているのか、内宮に向って暫く俯いていたので、リョーの信仰深さに感心をした。

「お伊勢様に、何をお願いしているの、リョーはキリスト教徒ではないのか」

「大学はカトリックだったけどリョーは、チャペルに一度も行った事がないの、リョーの姿は外国人のみたいですが、ハートは日本人以上に日本人です」

 リョーのこの様な日本人としての誇りを、持っている事まで好きになってしまった。

 沙世との別離で傷ついた心は、満賛寺の和尚の指導で坐禅をやり癒すことは出来たが、沙世の自分勝手な別れの宣告は守之の心の奥深くトラウマと成り残っていた。

(リョーは人の気持ちを慮る事が出来る女性だ。沙世などは対象に出来ない。全てに素晴らしい)

 実は、リョーの心は揺れていた。フリーメイソンという組織をとろうか。心が優しくて冒険心豊かな守之をとるか。神の前でも決断はつかなかった。

 内宮の前から離れると、おかげ横丁の喧騒が無かったように森が深く静かで神々しい空気を感じ取る事が出来た。

 信長の軍資金を探すという目的で関西に来たのであるが、その事とは全く関係がない伊勢に来たことは、好かったと思った。

(このような神々しく清冽な空気に触れると信長公の軍資金探しで行き詰ってしまった考えが洗われて、新たなヒントが浮かんでくるような気がする)

 内宮内をリョーと腕を組みながら歩き深い森の木々が吐き出す新鮮な空気を胸いっぱい吸い込んだ守之は、信長の隠したとされる軍資金の在り処と信長の言う宝とは、何であるかを突き止める新たな勇気が湧いてきた。守之がふっと見ると参道の左側に小さな橋があり橋の向こうにも森が生い茂っていた。何かを祀っている様である。

「リョーこの橋を渡ってみようか。何かありそうだよ」

「そうね。ここは聖地だから、この足で歩けるだけ歩いてみましょう」

 五十鈴川から引きこんだと思われる川の橋を渡ると周囲を木々で囲まれた場所に出た。好奇心旺盛な守之は、眼を凝らして森の中を見ていた。森の中には、誰かの歌碑らしきものが川の杭を思わせるように立っていた。惹かれるようにして傍に、近づくと歌碑であった。



―なにごとのおはしますかはしらねどもかたじけなさになみだこぼれるー

 

誰の歌かと思って歌碑の裏に回ると西行と刻まれているではないか。しかも、西行と刻まれているすぐ下に、信雄の墓に刻まれていた西を示す例のマークが刻まれていた。

(何という事だろう。伊勢神宮に来ることは予定して居なかった。この場所に来るのも気の向くまま来たのである。神仏の加護という事は無い物と思っていたが、有るのかも知れない)

 肌が泡立つのを感じた。同時に、伊勢から西に当たる場所で信長公と西行に関係ある場所は何処であるのかと考えた。

 そのような考えに浸っていた守之をリョーは、じっと見つめていた。

(守之が何かを掴んだのかも知れない。何を掴んだのだろう)

「守之。何か軍資金探しのヒントになる物が有ったのね」

 守之は、最初から自分が信長公の隠したとされている軍資金を探している事を、隠すつもりは全くないのである。

「伊勢は、現在、僕が関わっている事に関係ない場所と思っていたが、大いに関係あるとこの歌碑が教えてくれたよ」

「好かったわね。そしてこれから一体どうするの」

「まずホテルでも決めて、美味し物を食べてじっくり考えよう」

「それでは、レッゴーホテルね」

 リョーが嬉しそうに燥いでいったのでリョーも大分ユーモアを解する人間であると思った。二人はホテルがありそうな方角に車に乗り込むと勢いよく走り出した。



 

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