004


































おとこ達の賦

秋風に乗り、又兵衛の豪快な笑い声は、しばらく聞えていた。

 

 父親の与五左衛門が逝って七年が経った。母親の嘉津と弟の友蔵の三人で、養寿寺にある与五左衛門の墓に、嘉津が捏ねて作った団子を供え、花立に花を差し、線香を点して冥福を祈った。

 その後、本堂に行き貞然と共に『如来寿量品(にょらいじゅりょうほん)』を唱えて、養寿寺を後にした三人は、あずま道を東に向って歩いていた。

 左を見ると赤城山が、なだらかな裾を広げて、初夏の空の下、くっきりとした姿を浮べている。

 その姿に見惚れながら、初夏の風を頬に受けながら歩いて行くと、聞き覚えのある声が聞えた。忠次郎の家の裏に住んでいる小百姓清吉の娘お光の声である。

「なんでわたしが、世良田の飯売女にならなければならないの?」

「うるせぇ。つべこべ抜かすな。清吉の借金が返せねぇのなら、お光、お前(めえ)が躰で返すしかねぇじゃねぇか」

「嫌だ!嫌だ!嫌だ!!わたしは飯売女になりたくないよ」

 お光は畑中道を走って来て、あずま道に出ると忠次郎達がいたので走り寄って忠次郎の後に隠れて、助けを求めた。

「忠次郎兄さん、助けて!」

 友蔵と同い歳で十五歳のお光は、幼い頃から、友蔵の遊び相手で、忠次郎も気心を知り、妹のように可愛がっている娘である。

 息を切らせて、お光を追い駆けて来たのは、山桜の鎌吉と手下の破落戸三人である。

「どういうことだ鎌吉つぁん」

 忠次郎が鎌吉達を睨み付けると、忠次郎の腕の立つのを知っている破落戸達は怯(ひる)んだ。

「訳はなぁー忠次郎。お光の親父の清吉がな、俺に借りがあるってことよ」

 一年前、お光の父親の清吉が、居酒屋山桜で酒を飲んでいた。徳利三本を空にして、微酔機嫌になったので帰ろうとした時、鎌吉の手下の破落戸に、言葉巧みに博奕に誘われた。店の奥に行くと、俄にしつらえてある賭場があった。張り取りするのに必要な駒札を、一両分鎌吉に借りて、瞬く間に負けてしまったのである。帰るときに、鎌吉の用意した借用証文に爪印を押した結果である。利息は十日に一割と書かれていたのであるが、清吉は字が読めないのである。

「お父つぁんが借りたのは、一両だと言っているよ」

 鎌吉は懐から、証文を出して、忠次郎とお光に示した。

「ここに利息は十日に一割てぇ書いてあるじゃねぇか」

「それは非道いや」

 忠次郎が言うと、傍にいる嘉津と友蔵が、呆れた顔をして、鎌吉を見た。鎌吉は臆面もなく、当然といった顔をしている。

「元金と利息を含めて四両だ。返してくれねぇのなら、お光を飯売女に叩き売るしかねぇだろう」

 あまりにも、阿漕な鎌吉に対して、忠次郎は躰の奥底から、湧き上るような憤りを感じた。

「そんな横車は、通させねぇぜ」

 鎌吉と破落戸達は身構えた。

 鎌吉は、証文を懐に入れると腰から、十手を取り出して、忠次郎の鼻先に向けた。

「忠次郎。腕が立つからといって、図に乗るんじゃねぇぜ。俺ぁこれを預る身だってことを、忘れちゃいけねぇぜ」

 忠次郎の躰の底から湧き上る、悪に対しての憤りが、限界に達したかのように、顔を朱に染めて、恰も、火焔を背にして立つ、不動明王の忿怒の形相に変っていた。

 嘉津は、我が子の様相を見て、忠次郎の我慢の限界を覚った。忠次郎に鎌吉のような屑を相手に、争いをさせたくないのである。鎌吉に向って、毅然とした態度で言った。

「清吉さんの借りは、わたしが返します。だから、お光さんには、絶対に手を出さないでくださいよ」

 鎌吉は意外と思ったのか、一瞬忠次郎と嘉津の顔を見比べた。

 鎌吉は己れの顔の造作が尋常でないのを知っている。女は寄り付かない。よしんば、寄ってきてもそれは、十手の威力であることも判っている。その反動であろうか。異常な位の女好きである。お光を世良田の旅籠へ飯売女として売る前に抱こうと、邪(よこしま)な気持でいたので、四両頂けるのは嬉しいが、お光を抱けなくなるのは残念である、といった自家撞着に陥った。それでも欲の皮の突張っている鎌吉である。

「それじゃ、直ぐに返してもらおうじゃねぇか」

 忠次郎の家に着いて、嘉津から四両の金を受け取ると、鎌吉は証文を差し出した。証文を受け取ると嘉津は言った。

「これでお光さんも、清吉さんも関係ないんだね」

「あたりめぇだよ!」

 鎌吉は好色そうな目で、お光をねめまわすと、破落戸達を連れて引き上げて行った。

「おばさん、忠次郎兄さん、友蔵さんありがとう。お陰さまで助かりました。改めてお父つぁんと一緒に挨拶に来ます」

 鎌吉の魔の手から、逃れた安堵の面持をして、お光は礼を言った。

「阿漕な奴だ、鎌吉は。あんな悪党がいると、この国定村の衆は、泣かされてばかりいなくてはなんねぇ。いずれ俺がきっちり結着を付けてやる」

 敢然と言い放った忠次郎に、嘉津と友蔵は魂消た。

「忠次郎!鎌吉のような屑を相手にしては駄目だよ」

 きつい口調で嘉津は、諭すように言った。

 母親の嘉津には、絶対逆らわぬと決めている忠次郎は、

「お母さん、判ったよ」

と、明るい声を出して答えた。嘉津に安心させるためである。

 しかし、忠次郎の胸の奥には、阿漕な鎌吉が村の人達に、横車を通して、虐めぬいていることに対しての、義憤が燠(おき)火のごとく燻っていた。

 

http://www.hannibal6.com/