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名も無く野に咲く花

 

 

 

はじめに

この物語は、退職後の僕が考えても居なかった縁で、デリバリーヘルスを経営する女性、颯希と従業員の娘たちとの出会いから、彼女たちの明るさ、優しさそして健気に働く姿に感動して、彼女たちは、まるで『精一杯野に咲く花』のようで、厚化粧をしてブランド品で身を飾り、それが全てと勘違いしている女性とは異なり、心を大切にして精一杯人に接して、生きる姿とデリバリーヘルスの経営者颯希への愛の苦悩を書いたノンフイクションストーリである。


この物語を、颯希とその娘たち

そして、デリバリーヘルスで働くすべての娘たちに捧げる。


二〇一一年 三月 十七日

大沼公園の畔にて      六 天  舜



        目  次

はじめに

一 悲しみよさようなら

二 楽しみよこんにちは

三 アンチバランスの魅力

四 ドリフト娘その名は愛美

五 ピエロの琴子さん

六 不動のかおり

七 深まる颯希への関心

八 悠子の憂愁

九 泣き虫京子

一〇 愛美がマナーモードになった

一一 デリバリーヘルス嬢たちの忘年会

一二 カプリチョーザ

一三 そしてかおりは

一四 心の闇現る

一五 ヤクザの娘さやか

一六 憔悴した颯希

一七 子宮筋腫だった愛美

一八 嫉妬するさやか

一九 白血病

二〇 花の下にて

おわりに


  悲しみよさようなら


 吸い込まれるような秋の深くて高い青空に、午後の日を浴びて、黒く輝いているカラスが一匹、群れから離れてゆったりと飛んでいる。

 大手ゼネコン『大鹿建設』のドバイ支社長を、二期十二年務め退職した僕の六十五歳のバースデーである。

 近くのホテルからケータリングサービスでフランス料理をダイニングテーブルに並べた。

テーブルには、ボルドーのムートン・ロートシルト九八年が五本置かれていた。

 既に退職した仲間六人と熊谷市から呼んだデリバリーヘルス嬢の悠子・愛美と、ママの颯希が西沢を中心にして囲んでいた。

 悠子は二十歳でアキバ系と言うのか、アダルト漫画のロリータ主人公そのもので、バストは大きくウェストはしまっていて、程々に丸いお尻をしている。

動物に例えたらひまわりの種を食べている可愛いハムスターのようである。

 愛美は、悠子より少し太めで肉感的な健康美を感じさせる二十五歳、メイクはしていなく素直さが顔に表れている。僕の好みの女の子である。

 ママの颯希は、五十歳は過ぎているが二十年前は『冬のソナタ』でヨンさまの相手役の、愛一筋に生きた役をしたチェ・ジウを彷彿させるこじんまりした顔立ちの年のいった人で、無口ではあるがその気配りは過剰すぎる位であり、僕が観察していると颯希は心やさしすぎ、良く見ているとデリバリーヘルスの職に、何がそうさせるのか異常なくらいの情熱と誇りをもってやっているかのようだ。

 ドバイ支社長をしていて、仕事のために愛する妻に死なれ葬儀に駆けつけられなかった僕。いや、ドバイの高層ビルが、完成間近になりアラビア大使館の大使と会ったり、サウジ・ビンラディン・グループの総帥と会ったりして、妻の葬儀にだけでも参列したいと会社に願い出ても許されず、企業の冷酷さを身を持って感じていたのである。

 だが、今はセカンドライフを楽しみ単身赴任十二年の束縛から解放されて、すべての拘りから解き放されて身も心も軽くなっている。

僕は愛美に、「私の隣りにおいで。良い娘だね。名前は?年齢は幾つなの?」

 愛美は、はにかむように、下を向き上目を使いで僕を見た。

 僕は、ムートン・ロートシルトを何杯か飲んで酔ってしまい愛美の素直さとくったくのない喋り方に、感じたことのない愛おしさが老境の胸をゆすった。

 僕は、ゼネコンのドバイ支社長を十二年、単身赴任で務め、アメリカの建設会社ベクテル主催の高層ビルディングのオープニングレセプションで出会ったシャロン・ストーンタイプの金髪女性と三年間、砂漠の町ドバイで熱く燃える交際を続けたが、彼女が、本国のフランス大使館の辞令により帰国したことで二人の愛は終わった。

 それにしても、ママの颯希の微笑の中に潜む人の心の深淵を覗くような眸が怖い。今日会ったばかりで、人の悲しみや寂しさを理解できる女性であることがわかり、ただの人生を歩いてきたのではないことだけは分った。

 どれくらい時間が経過したのだろうか、僕はベッドの中にいた。

隣では愛美が仰向けに寝ていて、僕が起きたのに気づいて毛布を唇の下までたくし上げて、愛らしい眸を西沢に向けてくるりと動かした。

「今、何時だろう。すこし酔ったようだ。君は、起きていたのか?」

 サイドテーブルの上のオニキスの時計を愛美が見た。

「十二時過ぎです。気持ちよさそうに眠っていました」

「そうか、そんなに寝ていたのか、愛美とバスに入りそのあとサウナで汗を流した、そして、君の若い体を弄んでしまったのか」

 指で押せば押しかえす弾力ある体を思い出して、年甲斐もなくはにかみをおぼえた。

 愛美は、体を横にすると手を僕の胸に置き横から顔を見つめて、ねだるような眼差しをした。

 はち切れそうな乳房を弄び乳首を舌で転がすと、愛美は可愛い声を出して、体をよじった。

「何もしてなかったのか、随分飲んだからな。こんなに良い娘を一人で寝かせるとは、僕はけしからん男だ、愛美ごめんね。さあおいで」

 僕と愛美は、お互いの体を弄りはじめ、たまゆらの愛に身をゆだねた。

 裏の湖の鴨が、いっせいに飛び立つ羽音のきしむ音が耳に付いた。

ショートカットの前髪を、指で上げ額を出した愛美が、日本人形のような顔をしていたので思わず言った。

「君は額を出したほうが良いよ、今度もし会えることが出来たら額を出しておいで今でも可愛いけど、額を出したらもっと綺麗に見えるだろう」

「そうかしら、次に会う時は、きっと額を出した髪型にしてきます」

 こんな、老いらくのつかの間の愛があって、颯希ママとその娘たちとの心と心との繋がりができるとは僕は、想像ができなかった。

 大鹿建設ドバイ支社長というくびきから離れて、昼間、秋の青空に羽ばたく午後の日に、輝くカラスのように、一人で大空を限りなく羽ばたける気持ちになり、退職前の企業の冷酷さから味わった後悔と寂しさ、苦しみ、悲しみから、さようならをすることができる気がした。


   楽しみよこんにちは


 僕の家は、大きい沼の畔にあり、和風で一〇〇坪以上ある部屋数の多い屋敷である。

建設関係の仕事に携わっていた時に、仲間の業者が念入りに造ってくれた。

 ドバイに単身赴任していたときは、アラブ風のブルーとホワイトのモザイクで造られた二七〇平米のハウスで会社がメイドを二人雇ってくれていた。

家事については、雇っていたメイド達に任せていた為、退職した現在、さっぱり分からずこの家の掃除・洗濯・食事の支度その他、諸々の支払いなどは、どうしたら良いのか全く判断できない。

お手伝いさんを頼むとしても、その方法さえ理解できないのである。

(そうだ、颯希にお願いしてみよう。彼女は、デリバリーヘルスのママという職業をしているが、平均的主婦よりしっかりしている)

 愛美を抱いたのだから颯希に対して、遠慮があってもよいのだけれども、僕は躊躇わずに颯希に電話をかけ様と思った。

颯希携帯番号である「090-16XX-XXXX……に掛けた。

「颯希ですが、どなた様ですか?」

「西沢です。実は家の中が滅茶苦茶で、汚れかえっています。一人でいるので何処から手をつけて良いのか…家事のことお願いできますか?」

 疇賭いもなく颯希は、柔らかな声で承知してくれた。

「今日は、都合がありまして行けないですが、明日なら何時でも良いです。何時頃が、ご都合は良いのですか?」

「来ていただけるなら、何時でも結構、僕は年寄だから朝はいくら早くても良いですよ」

「分かりました。それでは、朝八時頃まいります。悠子とかおりを連れてゆきます」

「ありがとう。それでは、宜しく頼みます」

(これで助かった。余りにも家が汚いので驚くのではないかな…)

 僕は、ドバイに十二年居たときの記録を、毎晩書いているのだが、その日の分を書いて眠りにつくとき、ベッドの中で颯希の整った玉子のような面持ちを思い浮かべ、安堵感に満ちて眠りについた。

 誰か来ているような音がして、僕は眠りから覚めた。

(そうか、颯希が来ているのか…)

急いでベッドルームから出てキッチンに行くと颯希と悠子・かおりの三人が、キッチンで忙しそうに動いていた。

「お早う。ありがとう。早くから大変でしょうキッチンも御覧のとおり汚れている。汚いと思いますが、宜しくお願いします」

 かおりは、話に聞いていただけで初対面であったが、うわさ通りスーパーグラマラスな女性である。その迫力は、イングリッド・バーグマン並で、古き良き時代を思い出させてくれた。

 僕は、かおりのナイスボディに、圧倒されて目のやり場に困り、颯希に話しかけた。

「夜寝てないのだろう。余り無理しないである程度綺麗になれば良いから、とにかく、家にある掃除道具や洗剤を存分に使って綺麗にしてください。颯希君は、疲れているのではないのか?」

「大丈夫です。お勝手は、女の仕事場ですから任せてください」

 健気な面持ちをして、颯希は応えた。

 お昼頃となり、颯希たちの仕事は終わったが、彼女たちは、僕に、ご飯を作ってくれた。

ダイニングテーブルには、和風の料理が並び颯希・悠子・かおりの三人に囲まれて食べる食事は、格別な味であり国内の本社勤務をしていた頃、妻の多美が作ってくれた心のこもった料理と、今は結婚した娘の燿子との団欒を思い出させるものがあった。

「こうしていると、一昔前が思い出されて、切実なものがわいてくる。家族って良いな、颯希、時々来てくれないか?君たちに家を綺麗にしてもらった上に、美味しいご飯までご馳走になり、ぼくは幸福だね」

 颯希は、控えめに微笑みながら僕の眼を見つめて頷き、悠子とかおりを交互に見て再び頷いた。

「また来ます。何時でも連絡を頂ければ、直ぐに来て、料理でもお掃除でも致します」

「何か、こうしていると颯希と僕は、夫婦みたいですね。悠子は娘。かおりも体は大きくバストも大変あるがどれ位あるの?」

「これ以上大きくなったらブラジャーは、外人専門店でなければ売ってないので困っています」

「きっと、マザーコンプレックスのひとは、かおりのような女性を好きに成るのであろう」

「君は、子供はいるの?」

「中学二年生でワンパクで困っています」

「難しい年頃だね、きっと家族の愛に、僕と同じに飢えているのだろう。仕事が忙しいからとしても、一緒にいる時間をなるべく作ってやれば良いのではないか?」

「色々ありますから、私も考えているのです。転校するとか、信頼出来る人に預かって頂くとか、悩んでいます。何か良い方法はありませんか?」

「難しい問題だな…この年の子供は、大人になる転換期だから何事にも興味を持つもので、興味の対象が問題でありスポーツや読書、それに女性を好きに成ることも良いことだと思うが、不良の仲間になり喧嘩は仕方ないとしても、恐喝をしたり、弱い者を苛めたりしているのなら、叱りつけることも必要ではないかな?」

 かおりは、首を傾げながら大きくため息をついた。

「子供を、育てるのは大変でしょう。私には経験がないから分かりきれないですが、かおりさん、西沢さんにお願いしたらどうかしら?」

 颯希が言ったので僕が答えた。

「僕は、男ですから、かおりの子供と同じ青春期を過ごしたから、この時期の子供の気持ちは良くわかる。僕は、恥ずかしがり屋でしたから好きになった子もいましたが、告白することもできずに、ひたすらスポーツに没頭していました」

 颯希は興味深い様子で、僕を正視しながら眼をそらさずに訊ねた。

「そこまで没頭したスポーツとは何だったのですか?」

「剣道です。僕は勉強もあまり好きでなく恋人もいませんでしたから、剣道一筋に、青春時代を過ごしました」

「剣道をなさって居たのですか。道理で姿勢が良く、年齢よりずっと、若く見えます」

「ありがとう。何時までも若くいられるよう、それなりの努力はしています。だから僕の体にはぜい肉ひとつ無い」

 かおりの、子供のことから僕のことに、話が移行してしまったので、話をもとに戻した。

「どうだろうか、僕が預かっても良いが、名前は何と言うの?」

「あまり勇気がありませんが、『勇気』と申します」

「僕は、子供を預かった経験は無いが、子供には絶対に嘘を言ってはいけないし、ハート・トゥ・ハートしかないよ」

 悠子が、尤も、という顔をして、大きく頷いた。

「私は、子供は持ったことが無いので、実際の親の気持ちにはなれないけれども、若い悠子や愛美の他、何人も本当の子供と思って使っているので、若い娘の気持ちは理解できますが、大人でも人間として、嘘を付いてはいけないのでしよう。私は、嘘をついて人を騙す人は、大嫌いです」

 過去に人に騙されたことがあり言える言葉で、僕は颯希の過去を垣問見た気がした。

果たして、僕は、人生において嘘を付いたことが有っただろうか、大鹿というゼネコンのドバイ支社長時代に、施工主やドバイの建築許可申請のために、世辞を言ったりパーティーに招待したりして、女性を紹介はしたが嘘を付いた記憶はない。

 人間過去をたどれば、誰にでも人に話したくないことは幾らでもある。

 悲しいこと悔しいこと後悔してもし切れぬこと、人それぞれで、お釈迦様ではないが、四苦八苦。すなわち、生・老・病・死、四つの苦しみに愛別離苦〈あいべつりく)怨憎会苦(おんぞうえく)求不得苦(ぐふとっく)五陰盛苦(ごおんじょうく)の八つの苦しみが在るという。

 愛別離苦など親・妻・兄弟・妻子や愛する人との生別、死別を表しているのだが当然のことで人は悲しみ嘆く。僕は男だから人前で泣いたことはない。唯、ドバイにいて、妻が急死して、会社に帰国を申請したが、三回却下されたときは、悲しみと悔しさから憤りを感じたし、今でも忘れられない思いでいる。

 ご飯を食べて、どれ位時間が経過しただろうか、颯希の携帯電話が鳴った。

「はい、承知しました。それでは、直に向かわせます」

 デリバリーヘルスを経営しているママの電話応対ではない。

 このような人たちが、家に来てくれるそれだけで、とても楽しい気持ちになった。颯希たちは、仕事があるのに暫く僕の家にいて、和やかなムードを漂わせて帰っていった。