ハンニバルのブログ

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005




















す  づ   し  ろ     の    さ  と        

清白の郷

岡部六弥太忠澄の生涯

清白

文治三年、十月二十四日、奥州を一掃した頼朝は鎌倉に凱旋をした。岡部六弥太忠澄は奥州攻めには参陣を致さなかったが。既に、畠山の館へて帰還していた重忠に戦の様子を聞いていた。

(無残なるかや、義経公。それにしても、泰衡の卑怯な振る舞い武門の風上にも置けぬ者。吾身可愛さに亡き秀衡殿の遺命を反故にしたとは、考えて見ても厭じゃ・・・)

「玉乃井。玉乃井」

「はい。ここに控えております故」

「六郞太重澄は何処の居るのじゃ」

「庭にて弓の稽古を致しおります」

 武門の子は武門の子であると思い苦笑を浮かべて、重澄の来るのを待っていた。床に大きな音を立てながら歩いて来た重澄は、忠澄の前にどっかりと坐った。

「父君。吾に何か御用でございますか」

「吾も五十五歳になった。吾の体すら思う儘に行かぬ、気持ちも萎えている様じゃ。従いこの辺りで家督をそちに譲り、残り少ない命を玉乃井と共に過ごそうと考えている。初冠は重忠公が烏帽子親と成り澄ませているのだから、気強く思い頼朝公からの御下命が下ったら、重忠公と共に鎌倉にはせ参じるのじゃ」

 この頃、父親を見ていると以前よりも覇気は感じられない。重澄も父親の年と取った事は分かっていた。

「有りがたき幸福、父上の分まで戦に出て手柄をお立てしてみせまする」

「重澄。戦いは力まず隙を見せず、的確な状況判断が大事ぞ。初冠親でもある重忠公の後を当分は付いて行けば良い。いきり立ちて早掛けするな。抜け駆けするな」

「然様心得ました」

 こうして、忠澄は十三歳の六郞太重澄に家督を相続をした。


建久元年十月三日、千余騎の御家人を引き連れて頼朝は鎌倉を出立した。先頭で源氏の白旗をなびかせているのは、畠山庄司重忠その後ろにぴたりと着き従っていたのは岡部六平太重澄である。

平治の乱で父親が討たれた尾張の野間、父兄が留まった美濃国青墓などを経て十一日入洛した。そして寡って、平清盛が六波羅館を構えた場所に立てた頼朝の新邸に入った。

 九日、後白河法皇に拝謁し余人を交えず階段をした。

「ご苦労であったなー頼朝」

「何お、これしきの事。仰せられますか」

「朕を疎かにして、驕りにも奢った平氏を良く成敗くれたものである。これで宸襟(しんきん)を脅かす輩は居なくなった。この様な世はもう嫌じゃ、頼朝。大納言と成りそちの手腕を発揮して、安寧なる世が続くように政治に精神を傾注してたもれ」

 頼朝は、既に、武士の世になり自分でもそれを望んでいるので、何としても武門の頭領である「征夷大将軍」の地位が欲しいのである。

「院の有り難いお言葉ではありますが、源氏は御承知の通り、八幡太郎義家様からの武門の頭領としても自負を以って、吾の代まで続いてきたもの、今となり、公家に成ってみたところで、権謀術数が渦巻く世界には向いておりませぬ」

「そうであったか、公家は権謀を使うのか」

 権謀術数の権化に等しい後白河法皇が言ったので、頼朝は苦笑をしてしまった。

(この御方であっても、吾の意志により何とでもできるという事を分かっていない。実に浅ましいお方である)

「吾は、征夷大将軍の院宣の他はいらぬで御座る。御上。今とは申しませぬが、好くお考えに上で、征夷大将軍の院宣をお下し願いまして候」

 平氏追討に功績があった頼朝の郎党にも任官の院宣が下りたが、一度事態をして二度目に御家人は任官させた。

 頼朝と九条兼実とは知己である。その兼実が九日夜、六波羅の館に尋ねてきた。胸襟を開いて話し合った。

「今の世は法皇が思う儘に政治を取り、天皇・皇太子とは有って無きもの、幸い頼朝殿はまだ若くて先が長い。麻呂にも運があれば法皇御万歳(崩御)の後、何時か天下の政を正しくする日がくるでしょうから、ここで、権大納言の院宣を承れたら如何じゃろか」

 暫し、上を仰いでいた頼朝は意を決した様な面持ちを兼実に向けた。

「権大納言と朝大将軍は(国の大将軍)はお受けいたします。法皇万歳の時には征夷大将軍件、兼実殿、忘れてはならぬ。約定せよ」

 頼朝が強く約定を迫ったので公家である兼実はびくついてしまった。

(おおっ怖い事じゃ、武門とは恐ろしきものである)

「後鳥羽天皇は源氏を大変有り難くお思いでおられます故、法皇万歳に成れば直ぐに征夷大将軍に任ぜられることは確かでござります」

 蛭ヵ小島で二十年雌伏に堪えた頼朝は待つことを知っているので、兼実の言葉に従い都を後にして鎌倉に引き上げた。


 六十一歳になった忠澄は毎朝弓を引き太刀を振り廻していたが、これは戦に備えての事でなく最近とみに、体の衰えを感じて成らなかったからである。

そして、弓や太刀を振り廻していると今までの戦いでの悔恨が消えて行くような気がするのである。

 昼前は玉乃井と共に、領地を駒に跨り、ゆっくりと走らせて見回っているのである。

「玉乃井。あそこに見えるのは何の祠であるか」

「あれは、島護産泰神社でこの辺りの鎮守様です」

「鎮守様があれでは領主である吾に責任がある。本郷三郞国繁と小内面太郎博継に命じて直ぐに新しく建立をするよう申付けてくれ」

「それは良い事で御座ります。この社は景行天皇の御宇・倭健様が、東征のおり祭祀され初めての征夷大将軍坂之上田村麻呂様も蝦夷討伐の際、お寄りに成って御祈願なされたという謂れ或るものです」

「そうであったか、吾は領地に会って斯様な社が有ったとは気づかないでいた。恥ずかしい事である。諄いようだが、館に帰ったら国繁と博継に良き社を作る様、申付けておいてくれ玉乃井」

「委細承知して御座います。殿は御安心めされて戴きたいものです」

「それにしても、この辺りの紅葉は良き色をしているな」

「紅葉というものは、夏暑く秋の霜に晒される程、色よくなる者で御座ります」

「そうであったか。自然というものは人間が生きて行く上での知恵を与えてくれるのう」

「玉乃井には分かりませぬが、何か?」

「人間にとって夏の暑さも厳しい霜も、生きて行く上での苦労に似てないか、苦労というものは心確かなものがすればそれは、その人間を成長させる。夏の暑さと霜の厳しさを知り、初めて紅葉はこの様な好き色に成る。人間もそうではないのか」

「この様なことまで申しましお館は、心優しき武将であります。玉乃井はお館の妻と成り幸いで御座います」

「玉乃井。親子ほどの年の違いがあるのに、無理やりといっても良い嫁入りであったが心残りはあるのか」

「御座いません」

「吾も玉乃井という武門第一と言われる重忠殿の妹を、嫁にしたことに悔いはないぞ」

 玉乃井は照れたように話題を逸らせた。

「お館様。清白の白い花があんなに咲いております。義仲公との戦の時に博嗣が駒の背に沢山積んで来た時にはびっくり致しました。それが岡部の地に合っているようで、今は何処の畑でも作りおります」

「清白(すずしろ)の花であってもこのように、群がって咲いていると見事であり、吾の今まで生きてきた武門としての落としても落しきれない心の傷が、洗われてくるようである。武士として一点の曇りがない心でいる者は絶対におるまい」

「武門とは敵の命を諦めさせるもの、斯様な時には自分の命も諦めるので御座りますか」

「若い時は、敵の命を取るという事に躊躇いはなかったが、一の谷で忠度殿の首を刎ねた時に、武門の儚さや無情を感じて成らなかった」

「よくお分かりいたします。あれからのお館様は、お変りになりましたから」

「然様であったか。玉乃井、駒を駆うぞ、付いて参れ」

 寿々影に鞭を入れると一声嘶き走り出した。玉乃井も愛駒に鞭を入れて着いて走った。二人がいた場所には何もなかったように清白の白くて小さな花が、秋の小日向で慎ましく咲いていた。



元久二年(一二〇五)源頼朝が征夷大将軍と成り、十三年目の年、岡部六弥太忠澄は瞑目した。                      完  





お わ り に

郷土に畠山重忠の他に名のある武将がいたことを友人の国松繁樹氏に聞き、岡部六弥太忠澄の事を書こうと思った。友人と共に所縁或る寺を訪ねたり、資料を精査して居る内に、忠澄という人物に殊の外、興味をかきたられてしまった。取材の為に深谷市の清心寺や岡部の普済寺を訪ねて、忠澄が建立した忠度の供養塔や忠度桜を眺め普済寺の近くにある忠澄と玉乃井の墓に行った。供養塔や墓を見ながら、忠度や忠澄に語りかけると脳裏に浮かんでくるものがあり、これは何としても、書かなくてはならないという使命感が湧いてきた。

その為に、毎日、五時間パソコンに向かいキイを叩いていたのである。それはあたかも岡部六弥太忠澄が憑依したような状態になっているのが、意識できた。

 内容は、極力歴史で周知している部分は割愛して隠された部分に明かりを灯そうと心がけたが、如何せん。平安末期の世の中が混乱した時代である。武士が台頭してきた時代である。多くの戦があったが、忠澄が参戦していないものはその流れだけを記載した。

 然し、深谷市の岡部という所に岡部六弥太忠澄という心優しき武将がいた事だけは忘れないでほしい。

 取材とアドバイスの協力してくれた国松繁樹氏。小内博二氏に心から感謝の意を表する。

平成二十五年 二月二十八日           六天 舜



 

 

 

 

 

 

 

 

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