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餓狼の挽歌
【埼玉県愛犬家殺人事件の真実】

ヒットマンは内藤

関根が帰った後、高田組緊急会議が開かれた。権ザ衛門が来た時に傍にいた高田嘉人がその時の状況を組長連中に説明をした。

事務所の中の隣の部屋には埼玉県警の捜査一課の関口刑事がいる。いる場所は道場だから絶対に聞こえない。

「こうなったら、早番にケンネルを殺やってしまいましょう。誰か一人長い懲役へ行くことになるが、これは代行の敵討ちであるという大義名分がある立派な懲役だ」

千葉が渋い顔をして金子・石山・石井・達組長の他、幹部である本部長・事務所責任者に言い渡した。

「問題は殺し方だ。ケンネルのように判らない方法が良いのか、判るようにして世間に知らしめるのか、代貸如何するのですか」

東映の成田三喜男に似た顔の額に、皺を寄せ千葉言った。

「懲役へ行く奴は仕方が無いが、ケンネルを殺すことは、派手にやらなくてはならない」

「見せつけの意味はあるのですか」

「金子、オメーは読みが良いな。これから実際にケンネルを殺るとなれば、難しい問題が多くある先ず、:毎日張り付いている警察だ。次には煩くて仕様が無いマスコミだ。この二つの眼を掻い潜って、ケンネルを殺る事は至難の業だ」

数日して代貸の千葉が、自宅のリビングにいる私の所に来た。

「親分、ケンネルを殺らせるのは、桐生の内藤にしました。何度も懲役へ行っているし口が堅い」

「治ったのか。ポン中は、ポンを打って、訳が判らない事を言い出したら拙いぞ」

千葉としては、寧ろ、ポン中の方が関根をやるのに適当であると考えていた。それは、何の為に関根を殺るか理解が出来ない方が良い。内藤は組に対しての忠誠心は強いものがある。関根が代行を殺したといえば、怒りを感じて訳は聞かずに報復に行くやくざである。

「千葉お前の人選なら間違いが無い。只、四・六時中、高田組の動静を監視している県警とマスコミを如何する」

「それが、私の頭痛の種です。マスコミだけなら如何でもなりますが、県警が監視をしている前で関根を拳銃(はじき)で弾いても、至近距離からなら一発で撃ち取れますが、至近距離に近づく前に監視をしている警察に取り抑えられてしまうでしょう」

「千葉、『断じて行えば鬼人も是を避く』と中国の古人も言っている。警察がいようが、マスコミがいようが、関根の命(タマ)は必ず取るという固い意志が大事だろう」

「関根の行動範囲は、熊谷市内のペットショップ『アフリカケンネル』万吉の『犬舎』『自宅』の三ヵ所ですから、移動中に殺ってしまえば簡単です」

「判った。これ以上、口は出さない。後は内藤の健闘を祈るだけだ」

千葉と話しをして、三日経過した。決断をしてから結果が出るのが余りにも遅いので私はやきもきしていた。

リビングで『碧巖録』を読み、首を捻り記されている問答の意味はなんであろうかと考えていた。

「失礼を致します」

ドアの方を見るとそこには荒木健司がいた。荒木は高田組本家の総班長である。事務所責任者をしている高田嘉人と兄弟分で、この二人は私の秘蔵子でもあり、周りからも、将来を嘱望されている若い衆である。

「如何した。何かあったのか」

私は内藤が関根を仕留めたのかと思った。

「県警の関口さんが、至急、どうしても親分に会いたいといってきましたので、自分で判断をして応接間に通しておきました」

(関根の事で、何かの動きがあったのだろう・・・)

直ぐに応接間に入っていった。

そこには私と会うときは、何時も微笑を忘れない関口さんではなく、きりっと口を結んで鋭い眼をした刑事がいた。

「何かありましたかな」

「親分。高田組は今一歩も、動いては成りません。関根に対して報復をするという事は既に、県警の想定している事で、織り込み済みです。だから高田組が関根に対して、報復行動に出た時は、如何するかの行動規準も決まっています。現在、内藤がケンネルの関根の周囲をうろついています。これは報復の機会を狙っているものと警察では断定しています。関根に対する捜査も親分から戴いた録音テープの一部のでもボディは透明だからの部分はどれ位、関根の捜査が、暗中模索であった我々に勇気を与えてくれ、やる気を起こさせてくれたか、その捜査も山場を迎えています。この様な時に、内藤が関根を殺ることになれば、親分にヒントを頂き地道に聞き取り、証拠収集を重ねてきた埼玉県警捜査一課『愛犬家殺人事件捜査班』の苦労が水の泡に成ります。結果、アフリカケンネルの関根に向いていた力は、高田組に向けざるを得ません。そこの所、親分よーく理解くださりまして、直ちに、内藤を引き上げさせてください」

私は腕を組み座った儘、唇を噛んで言葉が出なかった。

「親分、この関口、警察官としての立場でなくて、個人的に親分に関根の報復はやめて貰いたいのです。お願いいたします」

関口刑事は深々と頭を下げた。

「良く判ったが、高田組は代行を殺られている。まして、大事な若い者だ。関口さん。例えば貴方が私の立場で代行を関根に殺されている事が判ったら、如何しますか」

今度は関口さんが頭を抱えてしまった。

「親分の気持ちが良く判ります。私だって法の番人である警察官でなければ、一個の人間です。辛さ・悲しさ・悔しさは、人間である限り誰でも、持っているものです。それを我慢してくれと言うのは、親分に取り酷なことです。私及び埼玉県警捜査一課【埼玉県愛犬家殺人事件】を担当している班長始め私たちは、親分に成り代わり必ず関根元を逮捕し、死刑台に上げる事を約束いたします。親分、判って下さい」

この儘、関根を殺す為に、内藤に狙わせておくと想定内のこととして、県警は高田組壊滅に動き出すと思った。

その事がはっきりいえない関口刑事も、大変であるが、自分の可愛い若い者が殺されて、殺した相手を黙って見ていることも悔しい。

関口刑事の言いたい事は、全部理解できたので私は応えた。

「一応関口さんの言う通り、内藤は引き上げさせましょう。その上で関根に対して如何するか千葉を始め幹部達に諮って、決めたいと思います」

「理解をして頂きありがとうございます。親分、耐えがたきを耐え忍び難きを忍ぶ。これが男の道ではないでしょうか」

「関口さんに、男の道を説かれるとは思いも因りませんでした。貴方は本を大分読んでいるのでしょう」

「そんな事はありませんよ。親分」

この様な話しをして関口刑事は帰っていった。

その日の内に、代貸の千葉・本部長の松本・事務所責任者の高田始め各組長を事務所に呼んだ。

高田組幹部が勢ぞろいした道場で、私は関口さんが来て話しをした内容を全員に告げた。

「それじゃー、ケンネルを殺る事はできないのですか。ここ儘では、代行が成仏できません。一体如何しろというのですか県警は」

四十歳そこそこで、脳天が禿げている金子組長が、勢い付いて口を開いた。興奮しやすいタイプである。

千葉がギロリと金子に眼を向け応えた。

「代行が関根に殺られ悔しくない組員は一人もいない。寧ろ、報復の機会を今か今かと待っている者ばかりだろう。だが、ケンネルの事件は、第一に警察が関根の家や店はおろか行く先々まで尾行をして、関根が尻尾を出すのを窺がっている。第二にはあの煩いテレビ局や新聞社が警察官より、表面に出て正義面をして報道合戦をしている。マスコミは高田組が関根に報復をすれば、書きたい事を書くし、報道をする。だが、警察は態々、関口さんを親分の家によこして、どうして、内藤を引き上げさせなければ、ならないかを、話してくれたじゃねーか」

普段、寡黙で通っている本部長の松本が、重い口を開いた。

「ここは、警察がそこまで内情を明けてくれ関根を殺ることに待ったをかけたのは、普通のことじゃねぇーぞ。所謂、捜査中の事を外部に伝える事は警察法で違法とされているだろう。違法を覚悟して知らせてくれたことだ。今。焦って関根を殺さなくても、何れ関根は東京拘置所に行く、偽名で面会に行き弾いても良いし、うちの者で東京拘置所に入っている者に命令したって良いじゃーねぇーかよ」

普段、寡黙である松本の話は説得力があった。その後に意見を言う者は一人もいなかった。

代貸の千葉も得心したようである。

「意見がなければ、今日はこれで終わりにする」

こうして、関根の命を狙いに出した内藤を引き上げさせた。

だが、高田組の関根に対する調査は続いた。

 遠藤が関根に殺されたのが判り、報復する事も出来ない内に、一年が経過した。

この儘では遠藤が浮かばれないと考えた私は、遠藤の葬儀をして、この事件に対して一つのケジメをつけようとした。

光陰矢の如しという言葉があるが、夢中に成り遠藤の行方の探索と殺人者に対しての報復を如何にするか、あの手この手を考えて実行してきたが、アフリカケンネルの関根にヒットマン内藤を送り出したが、警察から中止するような意向が伝えられ関根に報復する事は出来ないことになり、高田組幹部会で原状では関根を殺る事は無理であると結論付けヒットマンの内藤を引き上げさせた。

だが、現実は陰で、虎視眈々と関根に報復する機会を狙っていた。

遠藤の葬儀を執り行うことにより、埼玉県警愛犬家殺人事件捜査班は、安心をした。

葬儀には北関東の錚々たる親分衆と稲川会の私の会長秘書の同僚や本部長の岸本卓也氏が、故人の遠藤の威徳を偲んでくれ、懇ろな御焼香をしてくれた。

本葬儀の役員は現在稲川会二代目高田一家高田嘉人総長が務め私は、施主をした。

遠藤が関根に殺されたのを出席者全員が知っていて、会う親分衆がそれぞれ口にした。

「遠藤の敵を取りたいと思っているだろうが、相手を警察がガードしていたのではどうしょうも無い。辛いだろうが組長我慢をして下さいよ」

やくざの総長や親分と呼ばれる人は皆、人の心の痛みが判る。

本当にあの頃は、声をかけてくれた人、葬儀に参加してくれた人、皆さんに心からお礼が述べたい。

私は埼玉互助会の祭壇に祀られた遠藤の遺影に向かって呟いた。

「遠藤、ご苦労さん。関根の命(タマ)は今だ、殺っていないが、時間をかけても絶対に命は殺る。それまで勘弁してくれ・・・」

微笑んでいる遠藤の遺影を観ていると、私の涙腺が緩んできた。

直ぐに、踵を返して最前列の自分の席へ戻った。

隣に座っていた高田嘉人が、スーット白いハンカチを差し出した。

その頃、私は心労が祟って、肝臓を悪くし、深谷市の『むさしの病院』に入院していて点滴を下げての葬儀であった事を思い出した。

来る日も来る日も関根を如何にしたら殺れるか、どの様に殺されたか何処に埋められているか、考えても、考えてもアフリカケンネル関根の犯罪の闇は深く私のやくざとしての常識的判断の外に、私を嘲笑うかの様に関根はいた。

やくざをやっていると悔しい事は多くあるが、大概な事は顔で笑って我慢をしてきたが、遠藤の死体が見つからないことは、関根に対しての怒りと悔しさが、私の心を支配した。

やくざは殺し合いをするが、私は半世紀やくざをやって来て、一人のやくざを殺した事も無いし若い者に殺させたことも無い。

やくざは、やくざをやっているから、人を傷つけたり殺したりするのである。だが、個人に戻りやくざではないなら、どうして人を殺したり、傷つけたりしなければならないのか。人を殺す事は人間として一番の罪悪である事は大概のやくざは自覚している。ならばどうして罪悪である事を自ら進んでやる事が美化されるのか、それは任侠道というやくざにとり、崇高な精神世界に生きているからで判り易く言えば組織・一家・親分・兄弟分・舎弟分の為と言う自己犠牲が、あって組織が成り立っているからである。

だが任侠道を煎じ詰めれば人間としての道である。長くやくざをやっていると究極の道として、人間として如何に生きるかである事が判る。

幸いにして私と高田一家は随分、荒い事をしてきたが、人を一人も殺していない。私が教えたのでもなく若い者は、一部の例外を除いて抗争は何度も経験したが、人だけは殺していない。

その私が代行の遠藤を殺され、調査をして行く内に、アフリカケンネルの関根元という男の生き方に触れ『この男は殺さなければ成らない』と思う程、人間の衣を被った狼であった。