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蝉 が 哭 く


熊谷市が、日本で一番暑い所とされてもう何年たったのだろうか。その熊谷市に隣接した山間部に、東武東上線寄居町がある。駅からタクシーで約五,六分の場所に、剛史が会社務めをしていた頃。ツーサムで、何度もプレーをした平政俱楽部・寄居コースがあり、クラブハウスに向って、静代は車を走らせていた。

賠償金を被害者人の妻と橋石に請求されて、剛史の退職金三千万円で払ってしまったので、働かなくてはならない。

平政俱楽部・寄居コースのキャデーをしている友人でもある宮崎富美江に、相談したところ、ゴルフ歴のある経験豊富なキャデー希望者を募集していると言われ就職の為に、面接に行くのである。

小高い丘の上に造られたコースのクラブハウスは、緑青を吹いたような色をした屋根の豪壮な建物である。

ハウス内にある一室で支配人の菱海銀二は、静代が、キャディをやると言うので

驚いた顔をした。

「キャディは、肉体的にも精神的にもきつい仕事です。大沼さん。私は、お客様として数えきれない程、いらしてくれた人に、キャディを奨めたくはありません」

「有難うございます。でも主人が癌で入院しているものですから、働かないわけには参りません。ゴルフについては、何とか少しは知っている積りです。どうかと宜しくお願いします」

菱海支配人は、鷹揚に頷きながら静代に、はっきり返事をした。

「難しい事は言いません。宮崎さんからもお話を承っています。取り敢えずは、知っている事と思いますが、キャディ教育を受けて貰います」

静代は、支配人が、就職を了解してくれたのでほっとした。

「一生懸命に働きますので、宜しくご指導をお頼み申します」

平政俱楽部・寄居コースとしても剛史と静代は、第一に良いお客であった事と宮崎富美江からの推薦もあったので、雇わないわけにはいかなかった。

宮崎は、このコースのキャディの中のリーダー的存在でもあり、顔を潰した結果になるとコース運営上困るのである。三日後の、水曜日にキャディ教育に、出てくることを言われて熊谷市の家に帰った。


キャディ教育日に、平政俱楽部・寄居コースに行くと教育係りは宮崎であった。

「静代さん。ゴルフの事は、わたし以上に知っているわよね。今さらと思いますので、この俱楽部のキャディ教育心得をコピーしておきましたから、家に帰ってからでも読んでみて、一時間位、時間が有るから久しぶりに、お話でもしましょうよ」

「宮崎さん。お手数掛けるわね。助かりますわ」

「大変な時こそ心配をして、友達と言えるのでしょう」

「貴女にそこまで言われて嬉しいわ」

宮崎に剛史が、刑務所の入っている事を話しておいた。宮崎は、新聞を読んで事件を知っていたのであるが、今まで電話で話す事はあっても事件には触れずにいたのである。

宮崎も苦労をした人間であり人の心の痛みが解る女性である。

宮崎がコピーして渡してくれたキャディ心得にはこの様に印刷されていた。

キャディ心得 一

・準備 ・挨拶 ・球探し ・スロープレー ・危険防止

球の門題

・自然に動いた球 ・動かした球 ・同伴球技者に動かされる ・局外者に動かされる ・リプレースできない時

   キャディ心得 二

・四バックのときの門題 ・アドバイスについて キャディ心得 二には、細かく説明されていた。

   『キャディはゴルフ場の顔である』


一、     サービスの品質向上に努めているか?

二、     サービスの技術向上に努めているか?

三、     キャディの重要性を認識しているか?

四、     チームワークは良好か?

五、     モチベーションは高められているか?

 宮崎にキャディ心得を渡されてから二人は、世間話に終始していた。少ない友人の中でも宮崎には心を許せていた。

 良い友達をもって良かったと思った。

 二人の友の気持ちを慮る会話は、弾んで直ぐに一時間は経ってしまった。

 帰りがけに宮崎は、二日後にキャディの実施教育があるが、宮崎が随伴すると言った。

実施教育に来る時間を聞いて平政俱楽部・寄居コースのクラブハウスを出たら近くの山々に木魂するばかりに蝉が哭いていた。

(蝉しぐれだわ・・・)


 家に帰り静代は、好きなブルーマウンテンを挽いて、自分で寛ぎの時間を味わった。仄かに匂うブルーマウンテンの香りは、静代の脳裏を擽り精神は、剛史が定年退職をした時に、連れて行ってくれたメキシコ市やカンクンの何処までも蒼く深い群青の空と海を漂っていた。

(素晴しい旅をあなたありがとう。わたしは、この思い出だけで強く生きて行けるわ。静代のことは心配をしないでね・・・)