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組織犯罪対策課・警部「鷹司愛」


売人逮捕

青嵐の吹く頃は人の心がせっかちになるのは山中班長一人ではなかった。組織犯罪対策課全員が、心はやり樹木と大原逮捕に日曜日を返上して、警察官という任務に邁進した。覚醒剤を大量に注射で無理やり打ち殺しておいて、利根大堰に投げ込んでしまったことまでは解かっているが、未だ杳として被害者の住所・氏名・年齢・すらも、割り出すことが出来なかった。

頼りになるのは明智の先進科学捜査班だけで、山中としては何としても、被害者の人となりを捜査して、事件の動機を知りたかった。焦れば焦る程、捜査は難航するだけであった。

何としても、この犯人を上げたいが、現状では八方塞がりの状態である。気分転換をしようと思って署の屋上に上がり両腕を天に向けて背伸びをした。目前には今まさに落ち様としている夕陽が、秩父連山を赤く染め児玉あたりの秩父連山の稜線が終わる辺りが、真紅に燃えていた。まるでこの捜査に行き詰まってしまった山中の怒りを象徴しているようであった。

(好、遣るぞ・・・世のため人の為だ・・・)

と思い気分転換をした時に、白沢が屋上に上がってきた。

「班長。樹木組の売人が、熊谷まで来てシャブを売り、囮で使っている者に売りつけましたことが、今わかりました。直ちに逮捕をします」

山中は思いがけないところから、樹木の襤褸が出て来るのではないかと期待をした。

「容疑者を逮捕をしてきたら、先ず俺に会せるように、生活安全課に話を通しておいてくれ」

「了解いたしました」

白沢と共に屋上から降りると自分のデスクに行き肘を立てて頭をフル回転させた。

(囮に繋った者を覚醒剤の密売は無かったことにしてやることにして、樹木組の内部事情と樹木本人の最近の動性を聞きだしてやろう。愛警部も承知してくれるだろう。悪を退治するに詭計を憚ることなしか・・・)

五時になり退庁の時間が来た。この事件が起きてから五時に家に帰ったことはない。三日に一度ずつ捜査の合間を見て下着やスーツを市内にある家で着かえて直ぐに家を出てきてしまうのである。

「樹木組のシャブの売人を逮捕してきたと生活安全課から連絡が有りました」

 白沢からの連絡を聞くと山中はすくっと、立ち上がり急ぎ足で取り調べ室に向かった。取り調べ室には自分自身も覚醒剤を常用しているような、痩せ衰えている五〇代と思える男が、目をきょろきょろとして落ち着かない様子で、手錠の縄を椅子に縛られていた。

「俺は、アンタの取り調べをするために来たのではねーぞ。生活安全課ではねーからな、組織犯罪対課の班長をしている山中だ。宜しくな」

弁解録調書を取る為に、生活安全課の取調官が来たと思っていた樹木組の売人は、自分たちヤクザと少しも変わらない口調の山中に戸惑いを覚えた。

「オメーの名前は聞いているぜ。俺の事は知っているだろう」

「知らねーな。オメーみてなーシャブの売人を俺の課では付き合いがねーよ」

「オメーよ、俺が樹木組で、上から何番目に偉いか解かっちゃいねーな。後で恥を掻くことになっても知らねーぞ」

「そんなに樹木組で偉れーのか、ところで組長の樹木さんは最近あまりはみねーが何をしているのだい」

「俺が知っている訳はねーじゃねーか」

「何だ、それじゃオメーはちっとも樹木組じゃー偉くねーのだな」

 逮捕された売人の名前は、島内権蔵という五〇代には見えない程、年寄りに見える男である。山中は権蔵が一目で因業な男であることを見抜いたので、追い被せる様に煽った。

「いい歳をしてオメーはチンビラじゃーねーか。樹木組の幹部だとだ言っても自分の親分の事や、組の事を知らないのじゃー大したことねーじゃねーか」

その言葉を聞いた途端に権蔵の顔色が変わった。長い顎を突き出して角口をして山中に食って掛かった。

「オメーは俺を舐めているのじゃねーか。俺は親分の事や組織の事は何でも知っているが、そんなに口は軽くねーのだよ」

「それはヤクザとして立派なものだ。でもよー時と場合が有るのじゃねーか島内よ」

権蔵は首を大きく傾げて考えているような、考えていないような顔をして、しばらく間を置いて口を開いた。

「オメーは俺に何が聴きてーのだ」

「何も聞くことはねーよ」

クエションマークのようにまた首を傾げて権蔵は考え込んでしまった。

(島内の頭の中もだいぶ混乱してきているようだ。もうひと押しで何とか、喋り出すのではないか・・・)

暫くして権蔵は意を決したように喋り始めた。

「この間、利根大堰から若い女の水死人が、上がったことは、俺は知らねーが、樹木組はスケールがその辺のシャブ屋とは違うぜ。何しろ北朝鮮から直に、仕入れるのだから、組長の器量というものが、ほかの組織より勝っているのだぜ」

「解かった島内、オメーは樹木組では五本指に入るのじゃねーか。俺は何も利根大堰から上がった若い女の水死人の事を聞きてーのっじゃねーよ。それを聞けば島内の今回の事件をパイにしてやらなければならねーからよ」

山中が、その言葉を吐いた途端に、権蔵の眼はきらりと光った。

「今回の事件をパイにしてくれると言うのは本当だろう」

「何も教えてくれる気が無い者に、事件を無い者として釈放してやる馬鹿はいねーよ」

「オメーよ、約束できるのかよー。それ次第では、この権蔵さんの重い口も開くぜ」

「公務員が約束を破ったら、国民に信用台無しになり、相手にして貰えないよ」

権蔵は他人の腹を探るような眼をして、山中をじっと見つめていた。そして不気味にニタリと微笑むと水が流れるように喋り出した。

「利根大堰から上がった死体は、韓国の女で親分の女だ。つい最近までシャブの取引の時に前もって北朝鮮から取引量と金額の交渉をする為に、北朝鮮の国のシャブ係が来て交渉をするときに、ハングルが出来るから、全ての交渉に立ち合わせたのさ。それがよーあの女は毎月百万ずつ戴いている手当をこれからは、五百万円にしてくれと言ってきたという事だ。親分が駄目だと言ったら、国のオモニ―が癌で死にそうだからどうしても、お金が必要だから何とかしてくれないか、若し駄目なら警察に今までの事を全部話すと親分を脅かしたという事だ。ふざけたアマだぜ」

「そうかい。権蔵さんよありがとう。あんたがこれほどまでに話が解かる兄ィだとは、解からずご無礼の段、お許しください」

山中は、権蔵との会話を全て録音していた。

「ところで、俺はいつ出られるのだよー」

「勾留期間の二十日間プラス警察の持ち時間の四十八時間即ち、二十二日間は我慢してくれないか」

「何度も逮捕されている権蔵は、逮捕から起訴までの日にちが解かるので、大きく頷いてにやりと笑った。

(これで何とか、樹木逮捕に持ち込める。それにしても権蔵という男は口が軽いし自分の事しか考えていない男だ。あんな男がいるくらいだから、。樹木組壊滅も思ったより楽ではないだろうか・・・)

組織犯罪対策課に帰るとそこには愛が、ほほえみを浮かべて山中が部屋に入ってくるのを待っていた。愛としては群馬県警の大原が懲戒免職になり、殺人・覚醒剤の証拠隠滅及び収賄罪で逮捕されることが、決まったことをいち早く教えてやりたかった。